本心
天媛は、言った。
「聞いておりました。主とあの二人の会話。」
天黎は、頷いた。
「そうだろうの。気配は感じておった。」
天媛は、側の椅子へと腰掛けた。
「天黎、我とて主を大切に思うております。」天黎が眉を上げると、天媛は続けた。「主は我。腹が立つと嫌な己を見ておる心地になるのは同じで、そんな己は消し去り無かったことにしたいとまで思うのは、主と同じでありますが、結局折り合ってしまう。何故ならやはり、大切だからなのですわ。解決せねばならない己の課題なのだと思います。」
天黎は、頷いた。
「我もそのように。我があの時、主を消し去ろうとしたのは本心であるが、維月に留められたからではなく、それが無くとも結局その瞬間に手を控えただろうと思う。維月が留めてくれたことで、己の中で言い訳ができたのだの。なのであれには感謝しておる。」
天媛は、頷いた。
「はい。ところで天黎、我は主の対であるし、主にも分かっておるのでしょう。何しろ主には、我の学びの度合いが伝わっておるゆえ、焦っておったのは分かっておりました。今は穏やかに…愛しておる者たちを、遠くに愛して行こうとしておる。我には、全て伝わりますゆえ。」
天黎は、天媛をじっと見つめたが、息をついた。
「…そうか、主には分かるか。我は理解したのよ。愛というものをの。我にもあった。そして、それが誰にどのように向けられておるのかもの。そもそも主にも分かっておろう。我らは命の全てを愛しておった。それを愛とは認識しておらなんだ、」
天媛は、頷いた。
「天黎…それはそうですが、種類が違うことは主も分かっておるはずです。我には主のようには無理です。あなたの愛はとても深い。その思慮深い様は、対でありながら賞賛に値します。我にはできぬのに。あなたは、つらくはないのですか。我は…我なら、特別に想う相手に思われたいと願うもの。そうでなくとも、己の気持ちは伝えておこうと思います。が、あなたはただ待って、そして見守るだけで良いのですか?相手は主の愛を知らぬのに?」
天黎は、苦笑した。
「対でありながらそこは違うか。天媛よ、我は良いのだ。誰かを愛することができると分かっただけでも幸福よ。そこには何の欲もない。ただあれの幸福だけを祈っておる。煩わせようなど思わぬし、その心に負担はかけとうない。ゆえ、主も本人に申すでないぞ。我が、誠に陰陽として、愛しているのだという事実を。それを自覚しているのだという事実もの。」
天媛は、頷いたが複雑な表情をした。
「…分かりました。主がそう申すのなら。ですが、つらくなるのではと案じられます。」
天黎は、微笑んだ。
「それはない。」え、と天媛が顔を上げると、天黎は続けた。「どこに居ようと何をしていようと見ることができるのに。何を苦しい事などあるものか。我は愛情というものを、持つことができて嬉しく思う。それこそが幸福ぞ。それで良いのだ。もしかしてそういう個を愛して欲しいという部分は、主が全て持って参ってくれたのやも知れぬの。我は恵まれておるのやもな。」
そうではない。
天媛は、思った。
単に天黎は、大きく育った命であるので、愛を理解した後の意識は誰より高いのだ。
恐らく、愛の究極が、相手の幸福が己の幸福という形なのだろう。
…我には到達できぬ領域…。
天媛は、羨ましく天黎を見た。
そう悟ったらそう行動できる、天黎の大きさを感じたのだ。
「…主はやはり我より余程優れた命。同じと申して分かれてから気の遠くなる年月離れていて、とても追い付けぬ心地です。羨ましいこと…。」
天黎は、笑った。
「何を申す。我らは対。主にも同じ学びができるはず。共に励もう。地上へ参って、良かったの。」
心から嬉しげな天黎を見て、天媛も自然微笑み返した。
「誠にそのように。」
二人は、久方ぶりに共に月を見上げた。
そしてここまで生きて来た、過去をしみじみと思い出していたのだった。
蒼は、もう寝ようとしていたところだったのだが、そこにいきなり維月と十六夜がやって来て、寝るどころではなくなった。
突然に来るのはしょっちゅうだったが、二人揃ってこんな時間に来るのは滅多にない。
蒼は、もう襦袢姿で二人を迎えた。
「なんだよ、いきなり二人で。もう寝るんだけど。明日じゃだめか?」
十六夜は、言った。
「別に明日でも良いけどよ、オレ達も自分の対に戻ろうとして、よく考えたら先にお前に知らせといてやらにゃと思ったわけだ。」
維月もうんうんと頷いた。
「あなた、自分の対を知りたくない?知りたいでしょ?」
否、とは言えない勢いだ。
蒼は、顔をしかめた。
「え、オレの?だってオレ、対なんか居ないじゃないか。だって維月って、十六夜との間には一個ずつしか命を産んでないし。」
十六夜は、頷いた。
「それよ。」
蒼は、眉を寄せた。
「どれだ?」
「だから一個ずつ。オレ達って滅多に子供ができねぇだろ?それはまあ、天黎達が調整してるからなんだけど、お前の命の時はお前用に作った命を下ろしてたわけ。で、その時二つできてたんだってよ。」
蒼は、びっくりした顔をした。
「え、オレってじゃあ半分に分かれた命の一つってこと?!」
維月は、頷いた。
「そうなのよ。天黎様が仰るには、あなた用に命を作って、それを下ろしたけど残りの半分はあちらに置いてたんですって。で、落ち着いた頃にもう一個をまた下ろしたの。つまり、あなたの対は維織なのよ。」
「え、維織?!」
蒼は、仰天した。
全っ然、知らなかった。
十六夜は、言った。
「あいつも驚くだろうが、そういうこった。お前ら兄妹なんだし、あり得るのに全く気づかなかったんだよな。でも、よく考えたらそうだもんよ。お前が陽、維織が陰ってこと。」
マジかよー。
蒼は、長く生きてきて自分の対を今知ることになるとは思ってもいなかった。
「それって…維織には?」
十六夜は、首を振った。
「まだ言ってねぇ。先にお前んとこに来た。維織は燐と上手くやってるし、夜に訪ねるのは野暮だろ。だからお前んとこに来たってわけ。」
蒼は、顔をしかめた。
「まあ、オレは夜は一人で寝たい派だけどさあ…。」
十六夜は、言ってしまってスッキリしたのか、立ち上がった。
「じゃ、まあそういうことで。黙ってるのも気になるしよー維月と二人、気になって眠れねぇなあって話してさ。来て良かった。これでゆっくり寝れる。」
維月も、頷いた。
「そうよね。もやもやしちゃってこのままじゃ気になって仕方ないよねって思ってたのよね。話したらスッキリした。」
そのスッキリに付き合わされて、すっかり目が冴えたオレはどうしたら良いんだよ。
蒼は思った。
「…オレ、逆に目が冴えたじゃないか。こんな寝る前に突然自分の命の秘密なんか知っちゃったら、眠れるものも眠れないよ。」
十六夜は、あくびをした。
「別に良いんじゃね?明日日曜だから月の宮は休みじゃねぇか。他の宮は曜日なんか無いから、七日で刻んでるだけで休みなんか関係ないけどよ。」
維月は、頷いた。
「そうよ?あなた明日休みじゃないの。今日は土曜だし、政務が午前中だけだったの知ってるのよ?」
蒼は、むっつりと維月を見た。
「だからってさあ…維心様とご挨拶したりいろいろあったじゃないか。夕刻に帰られるからって。だから、オレやっと維心様をお見送りして、風呂行って来てゆっくりしてさあ寝るかって時に、押しかけて来てさあ…。」
十六夜は、さっさと維月の手を握ると、言った。
「まあ、これからゆっくりしろや。オレ達も寝る。じゃあな。」
「え、十六夜!」
蒼は、せめて眠気が来るまで話し相手にと言おうとしたが、十六夜と維月は、その前にパッとその場から消えて行った。
「もう〜いつも勝手なんだから!」
蒼は、一人で地団駄を踏んだのだった。




