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気遣いとは

天黎は月の宮の上空に出現すると、しばらくそこに浮いて、空に浮かぶ月を眺めていた。

すると、それを気取った碧黎が、スッと目の前に現れた。

「…なぜにあのような事を?」

天黎は、チラと碧黎を見た。

「…主が敢えて申さぬからぞ。代わりに我が申した。」

碧黎は、フッと息を吐いて、言った。

「わざわざ言わぬでおったことを。確かに我は、主が言うたように、瀬利の(ずる)さには気付いておった。が、陽蘭ほどに面倒なことはないゆえ、その場を去ることで凌いでおったのよ。大氣は分かっておらぬ…あやつは案外に率直で、見たまま聞いたままを受け取っておるゆえ、瀬利を哀れに思うのだろう。が、我にはそれは通用せぬからな。今、もしかしてと思うたのか、大氣も黙ってしもうておるわ。我は瀬利のためと申すより、大氣のために黙っておったのに。」

天黎は、言った。

「ハッキリ言わぬと分からぬ事もある。甘やかせてまた、陽蘭のようにおかしな方向へ歪んでしもうたらなんとする。今の内に、方向を変えてやるのが良いのだ。何しろ、本来が善良な命であるのに。愛ゆえにおかしくなるなど、あってはならぬ。それに、主は何より大事な我の最高傑作なのだ。主が煩わされるのは我慢がならぬ。」

碧黎は、またため息をついた。

「主が我を大切に思うてくれておるのは分かっておる。が、ならば放って置いてくれたら良いのよ。助けて欲しい時はこちらから申す。今になってこうも過保護になっては、こちらも戸惑うわ。」

天黎は、頷いた。

「ならば、そのように。だが、瀬利の事は先回りしておいて、良かったと思うておるぞ。あれも長年の鬱積が溜まっておるからな。そろそろ、己をしっかり省みておくべきであると我は思うゆえ。」

碧黎は、じっと天黎を探るように見た。

「…そうか。」

何か起こる前兆か。

碧黎は思ったが、天黎が何も言わないので黙っていた。

天黎は、足元の月の宮を見下ろした。

「さて、維心は帰ったようだの。維月と会って参るか。それとも、主が維月と過ごしたいか?」

碧黎は、天黎を見た。

「…有無を言わさず主の番とか言い出すかと思うたのに。」

天黎は、苦笑した。

「そんな事は言わぬ。我は…」と、一旦言葉を切った。そして、碧黎を見て、続けた。「のう碧黎よ。我はの、もう分かったような気がしておるのだ。」

碧黎は、え、と眉を上げた。

「分かった?何がぞ。」

天黎は、頷いた。

「維月とずっと一部を繋いでもらっておったゆえ、あれが主や維心とどのように過ごしておるのか、そうして何を感じてどう返しておるのか、ずっと意識の端で見ておった。ゆえに、我には愛とは何ぞと言われた時に、何とのう答えが出て参ったような気がする。」

それほど急にか。

碧黎は驚いたが、言った。

「それは…良かったが、しかし正解などないのやもしれぬぞ。それぞれの愛というものがあるゆえ。主は瀬利にあのように申しておったし、確かに我からしたら迷惑というて良いような想いではあるので、主の考え方は根本的には間違っておらぬと思うたが…人や神、命によって愛し方など変わるもの。感じ方もの。ゆえ、こうであるとは決め付けぬ方が良いとは思う。」

天黎は、頷いた。

「分かっておる。が、我なりの答えは出た。そして、我はもし瀬利のように愛する対象が出来たとして、それを相手に告げることはせぬな。我という命が居る事実は知って欲しいと思うが、それ以外は全てその相手に任せる。もし、相手が我を求めるのならそれに応じるし、そうでないなら見守るだけぞ。これまで、主を何万年と見守って参ったようにな。我は、主らのように愛して欲しいとは思わぬようぞ。相手を愛してさえいたら、それで幸福であると思う。」

碧黎は、天黎らしい、と思ったが、しかしそれは、まだ陰陽として愛したことが無いからだ、と思った。

が、天黎がそう言い出しているのだから、それを挫いてはならないと、言った。

「…主がそのように申すのなら。だが、実際にその時になってみねば分からぬ事もある。我とて、己がこれほどに愛し求めるものがあるなど思うたこともなかったゆえな。主もまだ、想像もついておらぬのだろうて。」

天黎は、フッと笑った。

「そうだの。」と、月の宮へと降りて行った。「維月が我を待っておるようぞ。無理にとは思うておったが、案じてくれておるようなので、行って参るわ。ではの、碧黎。もう、維月にしつこく絡むのではないかと案じることはないぞ。我は、ようやく分かったのでな。」

何が分かったというのよ。

碧黎は思ったが、もう維月に強引に絡むことがないのならそれに越したことはないと思ったので、頷いた。

天黎は、月の宮へと降りて行ったのだった。


維月は、月の宮の上空に、天黎と碧黎が浮いているのを気取って、見上げていた。

どうやら、二人で話しているらしい。

が、月から見下ろせば何を話しているのかまで分かったのだが、それをあえて聞くのはやめにして、ただ二人が降りて来るのを、じっと待った。

すると、碧黎はその場から動かなかったが、天黎の方がこちらへ降りて来るのが見えた。

…何やら清々しい心地を感じる。

維月は思いながら、じっと自分の対で天黎が降りて来るを見つめていた。

すると、天黎は相変わらずの美しい姿で、目の前の芝の上へと降り立った。

そして、そこからサクサクと歩いてこちらへ歩いて来た。

「維月。待たせたの。」

維月は、頭を下げた。

「お待たせしてしまいました。維心様が夕刻に龍の宮へと帰られたので、天黎様との学びのお時間を取らなければとお待ちしておりましたの。」

天黎は、窓から部屋へと入って来て、頷いた。

「我のためにすまぬな。が、主はずっと意識の一部を繋いだままにしておってくれたゆえ、我なりに考えることができたのだ。維心と過ごしておっても、我の問いにいちいち答えてくれたであろう。それに、維心と主が過ごしておる様や、碧黎と過ごしておる様を見て、主の対応も見ておるうちに、何やら悟った気がしてな。我は、もう大丈夫ぞ。」

え、と維月は驚いて天黎を見上げた。

「え、ですがまだ…ほんの10日ほどしか学んでおりませぬのに。」

天黎は、微笑んで維月の頭を撫でた。

「主のお蔭ぞ。意識の一部を繋いでおると、思うておった以上に主と我の意識を重ねることができたゆえ、主が知らぬうちに主の反応を読んで、我は学んでおった。そして、我にも同じ感覚があることに、いちいち歓喜しておってな。いろいろと考えることができたゆえ、誠に有意義だった。これよりは、己で励む番ぞ。」

そう言ったかと思うと、ずっと意識の端に感じていた天黎の気配が、維月の頭の中からスッと消えた。

維月は、天黎を見て目を丸くした。

「え、誠にもうよろしいのですか?」

天黎は、頷いた。

「良い。主に負担をかけとうないしな。主の好きにすれば良いのよ。もし、こちらに居る間にまだ我に付き合ってやろうと思うのなら、我の対へ参れ。そうしたら、我も出て参って主の鍛錬を受けようぞ。それでどうか?」

維月は、あれだけ焦って龍の宮まで押し掛けて来て、必死に感情を知りたいと訴えていた、天黎とは別神のようだと驚いていた。

「それは…あの、では、まだ。」維月は、戸惑いながら答えた。「大丈夫だと思うまで、お傍に居てしっかりお教え致します。まだ、里帰りの時間は三週間ありますの。その間は、しっかり己が言うたことには責任を持ちますわ。いくら天黎様でも…このような短期間で、誠に理解しておるとは、思えませぬので。」

すると、天黎はそれは嬉し気に、美しく微笑んだ。

「そうか。」え、と思わずその顔に見とれて顔を赤くした維月の手を、天黎は気付かず取って続けた。「ならば、共に語り合おう。主が聞きたいことを訊くのでも良い。そうしたら、また思わぬ感情が湧いて参るやもしれぬだろうし、聞きたいことが聞けて主にも有意義であろう?」

維月は、急に何やらこちらを気遣うような事を言う天黎に、翻弄されながら頷いた。

「は、はい。ありがとうございます。」

本当に、もしかしたら感情をもう粗方理解しようとしているのかもしれない。

維月はそう思いながら、天黎と共に天黎の対へと、向かって歩いて行ったのだった。

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