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来訪

維心は、その言葉の通り次の日には月の宮へとやって来た。

天黎の様子はどうかと案じていたが、案外に無理なく感情の学びが進んでいるようで安心していた。

が、維月と共に過ごしている時でも、突然に繫がっている意識の一部から語り掛けて来るようで、維月はその度に天黎に向けて、それはこう、と感情の種類を教えていた。

なので、維心は共に居ながら落ち着けなかったが、そもそも月の宮へ里帰り中のことなので文句は言えない。

里帰りについて来ているのは、維心の我がままであるからだ。

仕方なくそうやって七日過ごし、維心はまた龍の宮へと帰って行った。


天黎は、維心が帰ったのは認識していたが、大氣と瀬利を訪ねて瀬利の屋敷に居た。

突然に結界内に出現するのであちらは驚いていたが、天黎は最近覚えた感情の一つ、嬉しいというものを感じて、そういう時には微笑むのだと、二人に微笑み掛けた。

「久しいの、大氣、瀬利よ。対面できて嬉しく思う。」

口に出すことで、さらにこの感情を己に刷り込んで行く。

大氣は、言った。

「いつなり来てくれたら良いが、いきなりにどうしたのよ。維月に感情を教わっておるのだと聞いておったぞ。」

天黎は、答えた。

「それはまた続けて参るが、此度は新しい感情を探してこちらへ参った。月の宮に籠もって同じ者たちと接しても、同じ感情しか湧かぬしな。」

瀬利が、言った。

「そのような所に浮いておらず、どうぞこちらへ。茶でも淹れましょう。」

天黎は、頷いて降りて来て、座敷へと庭から入った。

「ではそのように。」

瀬利は、せっせと来客のための座布団やらを準備して、茶器を引き寄せて茶を淹れに掛かる。

大氣が、言った。

「よう来たの、天黎。我らこちらに籠もっておるのが楽で、碧黎になかなか会いに行かぬので、此度の事を知らせにあやつはわざわざ来てくれておった。」

天黎は、頷いた。

「知っておる。陽蘭があのようなことになって、あやつには負担を掛けてしもうた。が、思うたより早う復活して安堵しておる。」と、二人を見つめた。「…こうして対面すると、我は主らのことも等しく愛しておるようぞ。碧黎の補佐をと作った命、あれを何より大切に思うておるが、主らのこともやはり大切に思うておるようだ。この感情は、碧黎に対するものと同じであるゆえ。」

瀬利が、茶を天黎の前へと置く。

大氣が、言った。

「それは、誠に?碧黎は何より大切にしておるのではないのか。あやつの側にいつも居るではないか。恐らく、愛情と申しても、碧黎に対するよりは劣るのやも知れぬ。」

少し、すねているような口調だ。

天黎は、答えた。

「それは、あやつの事は誰より先に生み出して、長らく見守って参ったゆえな。しかも、あれは我の期待にしっかり応えて参った。大氣、主は少々の我が儘は許されたはずよ。が、碧黎にはなかなか厳しくしておったゆえな。少しぐらい差が出るのは仕方がないと思うが良い。が、主らのことも大切なのは確かぞ。」

瀬利が、言った。

「我が儘を申すでないぞ、大氣。そもそも主は碧黎に丸投げして面倒からは逃げられたではないか?何でも頼っておったのだから、それはあやつの方が大切に思われても仕方がないものよ。こちらも励んで育たねば。」

天黎は、瀬利を見た。

「主は良い命ぞ。善良で皆に対して平等に見る懐の深さを持っておる。主があやつの側近くで補佐をできたらと思うておったが、何事も上手くは行かぬもの。碧黎の心まで、我にはどうすることもできぬからな。」

瀬利は、天黎は何もかも知っているのだと、下を向いた。

「…側近くでなくとも、これからも補佐して参るつもりです。」

天黎は、息をついた。

「…それが、片恋というものか。」と、瀬利を見つめた。「主からは…最近に知ったこの胸を締め付けられるような物悲しさという感覚と、しかし歓喜のような甘い感覚がする。苦しいのに、何故に歓喜か。」

瀬利は、驚いて天黎を見返した。

天黎は、真面目な顔で答えを待っている。

瀬利は、答えた。

「…我の心地を読みましたか。」と、息をついた。「我は長年碧黎を想うて来て、碧黎のことを思い浮かべると自然歓喜の感情が湧き上がって参ります。が、相手は我が思うておることに対しては負担のようで…何故なら、碧黎は我を愛してはおらぬので、応えることができぬから。それを思うと苦しくなりまする。一方通行で…受け入れられぬのですから。」

天黎は、じっと聞いていたが、言った。

「…我が思うに、愛するということ自体が、大変に喜ばしい事であるように思う。」え、と瀬利と大氣が驚くのに、天黎は続けた。「知らぬ我が言うのもおこがましいやも知れぬが、己でも片割れでもない何かを愛するということが、できるのは大変に羨ましい稀有なことぞ。誠に大切に想うことができる何か、誰かを持てるのだろう?これよりの事はないではないか。相手が己を求めてくれたら、それはこれよりのことはないやも知れぬが、それは次のことよ。それは満たされたいという己の欲との付き合いであろう?我にはまだよく分かっておらぬが、それでも碧黎や主らが存在してくれておる今を、大変に嬉しく思うぞ。主らが我を求めておらぬでも、我は主らが存在してくれるだけで良い。そしてその幸福を願う。それは愛ではないのか?」

天黎は、普通の命ではない。

僅かに学んだだけで、愛が何たるかを理解しようとしている。

が、天黎はまだ、異性を愛するという、感情のことは知らない。

大氣が瀬利を見ると、瀬利は答えた。

「…天黎、我は…また違った形の愛情を、碧黎に持っておるからではないかと思う。主が我らに持ってくれているのは、恐らく人や神が肉親に感じるそれではないか。我は…そうだの、維月が維心に向けるような、そんな愛情を碧黎に持っておるので…。」

天黎は、言った。

「それでもぞ。」天黎は、微笑んだ。「それでも同じよ。愛とは同じ。相手の幸福を望むのだ。我はそう思うたのだがの。まあ、我はまだ何も分かっておらぬから、こんな事を申すのやも知れぬがな。誠に愛しておるのなら、相手が嫌がるのなら傍には行かぬし、己の心地も表に出さぬ。己を押し付けたりせぬで、ただ相手が幸福であることを願う。我なら、だがな。」

瀬利は、痛い所を突かれたのか、袖で口元を押えて、言葉に詰まった。

「それは…、」

「待て、天黎。」大氣が、庇って言った。「瀬利を責めるでない。誠に違う命を陰陽として愛したこともないのに、ようそんなことを。瀬利は押しつけがましくないし、普段は黙ってこちらで見ておるだけぞ。己を己をと前に出ておるわけではない。」

天黎は、眉を上げた。

「ならば主が悪いのか?」大氣が、う、と天黎を見ると、天黎は続けた。「主は常、碧黎がこちらを訪ねたりしたら瀬利の側へといざなうよの。こちらへもっと来いと申したり、碧黎に瀬利の事を意識させようと匂わせたりする。それは、碧黎にとり幸福だと思うか?碧黎が愛しておるのは、維月なのに?」

大氣は、言葉に詰まった。

「それは…。」

瀬利が、大氣を庇って言った。

「大氣が悪いのではない!我が、常大氣相手に愚痴るゆえ、知っておるから何とか碧黎の側にと思うてくれて申しておるだけなのだ。我のせいぞ。」

天黎は、頷いた。

「その通りよ。」瀬利は、驚いた顔をする。天黎は続けた。「それにより、碧黎がどう思うかと分かっておるのに、己を見て欲しいという欲を抑えられておらぬ。もしかしてと碧黎が主に同情し、居た堪れない心地になるのが分かっていながら大氣を止めもせず、それなのに愛して欲しいとは思わぬと申す。瀬利よ、それは狡猾…いやこれでは言葉が強いか。ずるいと申すのではないか?誠に愛しておったなら、相手が嫌な思いをせぬようにと最初から大氣にも釘を刺しておくだろうて。我は、そう思うて見ておった。もちろん、我はそういう感情に対して初心者であるから、間違っておるやもしれぬ。が、我ならそう思うと申しておこう。己を捨ててまでという心地こそが、誠に愛ではないのかのう。」

大氣は、返す言葉もなく瀬利を見た。

瀬利は、ブルブルと震えて涙を浮かべている。

天黎は、立ち上がって、言った。

「…言い過ぎたか。我は去ぬ。」と、縁側へと歩いた。「愛する主らの事であるから、少しでも学びが進んで幸福になって欲しいとつい申してしもうたわ。ではの、風の命達よ。」

天黎は、言うだけ言って、消えて行った。

瀬利と大氣は、まだ言葉が見つからずに、二人で黙って考え込んでいたのだった。

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