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維月は、突然に現れた聡子に、美しく会釈した。

「聡子様。」

あくまでも、神世の龍王妃としての礼儀を表に出して接しようと思ったのだ。

何しろ、突然にこうやって割り込んで来るのは無粋となるのに、聡子はそれを分かっていてやっている。

とはいえ維月も、聡子の夫である天黎と共に居間に居るのに、聡子に挨拶もしていないのでそれを咎めることはできなかった。

聡子は、冷静に会釈を返した。

「維月様。」

と、こちらへ寄って来る。

天黎は、眉を寄せた。

「我に興味はないのではないのか。常に側に居てはと申して、離れておるように望んだではないか。何故に己から出て参る。」

天黎の目が、また薄っすらと赤くなろうとした。

聡子は、言った。

「無駄なお時間を、維月様に使わせるのは心苦しいから出て参ったのです。あなたも我が、本来黄泉に参っておるはずの幽鬼のようなものだと申しておりましたのに。」

何やら険悪だ。

維月は、言った。

「無駄とは…?聡子様も、励まれたのに、天黎様が感情を分かっておられぬからでございますか。」

聡子は、維月を見て首を振った。

「いいえ。我には見えておるからです。詠み人であって、天黎様が結局感情を理解できぬままに、天媛様を置いて一人、あちらへ帰られるのを知っております。確かに最近では、我が知る未来とは違った様子にもなりましたが、それでもやはり、流れは同じくそちらへ向かう。天黎様の件、知っておりながら我とて最初は努めましたが、やはり全く変わりませんでした。こうしろと言えば、そのようになさいますが、心底分かっておられない。段々に天黎様もこれでは駄目だと焦られて、我の役目はと我を責められるようになられました。流れがそうなのに、逆らうことはただの神である我には無理です。お役目のお陰で生きていると申されるのなら、我は流れの通りに黄泉へ向かうので良いと考えておりまする。本来、我はとっくに死んでおったのですから。」

維月は、聡子の気持ちも分かった。

天黎の学びのためにと生かされて、それができぬと責められては、堪らぬというのだろう。

そう、聡子はあの時、黄泉へ行っているはずの命なのだ。

天黎は、答えた。

「…分かっておる。主の不満はな。ゆえに、望み通り主のことに関しては、もう干渉しておらぬ。もし、主が黄泉へ行く運命だったと申すなら、恐らく数年のうちにその流れに乗って命を落とす。ゆえに案じることはない。が、主は我を諦めておるが、我は我を諦めてはおらぬ。流れがそれだと申すなら、それに抗ってみせようと維月に頼んだのだ。何しろ、今流れは主が知っておる形とは離れて参っておろうが。主はなんと申しておった?陽蘭を失った碧黎は、苦しんだ後に維月を囲い込み十六夜や維心にも会わせず騒動を起こす、と。だが実際はどうだった。碧黎は維月の愛情で復活し、黄泉では陽蘭の欠片から赤子ができた。他もそうだった。志心の子の志幡は主が生んで死ぬはずだった。本来後妻である多香子が入っても上手くは行かないと申したが、あれらはかなり上手くやっておる。維心がルシウスに妬いて面倒が起こることもなく、維月と十六夜は結局碧黎のために命を繋ぐことはないと申したが命を繋いで完全体になっておったぞ。もう、流れは変わった。あの折からな。」

そんなにいろいろ起こるはずだったの。

維月は、口を押さえた。

最後のこと以外は全部、本当にあったらかなりめんどくさい事になったはずだ。

となると、聡子が詠んだ未来とは、方向が変わっているのだ。

「そんな…我が知る未来は…。」

聡子が震えながら話そうとしたが、天黎は畳み掛けるように続けた。

「…詠み人は、一人ではない。」え、と維月が天黎を見ると、天黎は続けた。「この世界を見ておる詠み人は、何人も居て変わった未来はまた、違う詠み人がそうと知らずに記している。主が生き残り、こうして過ごす未来。何しろ、完全に決められた未来などないのだ。主はもう、詠み人としての役割を終えた。ここから先は、別の詠み人が記したものに綴られて行くのだろう。主の見た未来は、変わらぬで進めばあり得た未来でしかない。主を留めたのは間違いだと思うてはおらぬ。こうして未来が別の方向へ向き、その御蔭で我がまたあの空間に単独で浮かんでこちらを眺めている未来に向かわずに済むやも知れぬ。我にとりこれが希望。主は主の生を好きに過ごして終えるが良い。里へ帰りたいと申すのなら、その詠んだ記憶を消してやろうぞ。我にはそれができるゆえ。主は解放されるのだ。」

聡子は、震えながら言った。

「…この記憶と共に生きて参りましたゆえ…なくなると己が己でなくなる心地であります…。」

天黎は、容赦なく言った。

「紡は華鈴としての記憶を捨てたぞ。」天黎は、じっと聡子を見た。「主は、詠み人としての己を憐れみながらも、そうでありたいと願う。が、最近はもう、新たな世界の詠み人ではなくなっていると感じておったはず。憐れな己に酔うのが好きなら、このまま許されるだけ生きれば良いが、それは主の、その聡子のためにならぬのは、分かっておるはずよ。何しろ、聡子は塔矢に大切に育てられて幸福だった。そして幸福のまま逝くはずだったのだからな。それを違えて最初に未来を変えたのは、他ならぬ主よ。」

とても辛辣だったが、恐らくそれが正解かも知れない。

聡子は、こんな記憶があるばかりにと己を憐れんでいたが、それをどこかで楽しんでもいたのかも知れない。

この世の皆を自分だけが理解していると…。

「違うわ!」聡子は叫んだ。「こんな記憶、なければといつも思っていたわ!」

しかし、一度暴露し始めた天黎は、止まらないようだった。

「分かっておったのに黙っておったのだ。それも主という命の選択であり、それで生を楽しんでおるのなら良いだろうと思うておった。が、我の妨害をするとなれば話は別ぞ。結局は、この地上は我の学びのために回っておる。眺めて学ぶためにこの箱庭を作った。それを阻害しようとするならば、主の了承など要らぬ。さっさと処分する。」

処分、と聞いて、維月は身を固くした。

…天黎ならやる…何しろ感情がない。

あったとしても、今このときに浮かんでいる感情は、良くない方向のものだろう。

何しろ、今の天黎の目は真っ赤なのだ。

「…お持ちくださいませ。」維月が、割り込んだ。「何であれ最終的にここに留められたのは、天黎様ではありませぬか。それを、用済みとばかりに処分とか仰るのは間違いです。天黎様、あなた様のただいまの感情は憤り。イライラとなさっておいでで、極端な決断を安易になさってもおかしくはない状態です。ご自覚くださいませ。」

天黎は、ハッとしたように維月を見た。

途端に、その瞳は青に戻った。

「…そうかこれが。そうだの、思い通りにならぬとこのような感情が。よう分かった、これが怒りであるな。」

維月は、頷いた。

「はい。何も感じていらっしゃらないわけではありませぬ。」と、聡子を見た。「聡子様、最近では華鈴様といい、記憶を持って黄泉より戻り、面倒な事になった命が多うございます。こちらに戻られる時にご存知のように、天黎様は黄泉での法を作られました。本来、余程のことがない限りは記憶を持って来ることはできない。まして、一度転生なされた聡子様は、その前の記憶を持っていることは許されませぬ。それを取り去ると天黎様が仰るのなら、あなた様に選択肢はありませぬ。もしもう一度黄泉へ行かれるのなら、聡子として参られねばならないのです。前世の詠み人としての、記憶は存在するべきではありませぬ。」

聡子は、首を振った。

「思い出しておらぬ時の我は、ただの皇女でそこにある幸福だけを楽しんで生きていた、小さな皇女でした。神世で何があり、どうなってこの世になっているのかも知らず…今は、全てを知っておるのです。また何も知らぬ己には、戻りたくありませぬ。紡も華鈴も大層な記憶などなかったゆえ、軽く捨てられたのでしょう。我は違います。」

何やら、他を下に見ているような物言いだ。

天黎は、そんなところも見透かしていたのだろう。

「…いいえ。」維月は、言った。「そも、詠み人であった時は人。今は塔矢様の皇女です。むしろ前世は最上位の炎嘉様の皇女であり、今生二番目筆頭である翠明様の皇女であられる紡様の方が、余程優れて育った命の持ち主であられましょう。だからこそ、状況を把握なさって黄泉の法則に従う決意をされた。正しく生きておられ、良い判断をなさいました。あなたは皆を下に見て、己が全てを知ると優越感に浸るのを楽しむために、記憶を消したくないという、まだ未熟な命ですわ。履き違えられぬよう。」

聡子は、維月を睨んだ。

「…元は人だと申すなら、あなたとて同じ。あなたはただの人でありながら十六夜に愛されたというだけで、その運命に足を踏み入れた未熟な命だわ!そもそも降って湧いただけの月の命であるでしょう!」

確かにその通り。

維月は思いながら、聡子を睨みつけた。

不穏な空気が流れていた。

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