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その夜

上位の宴の席は、いつもより遅くまで続いた。

それと言うのも箔炎が、戻るのを渋っていたからだ。

だからといって、焔のように強引に皆に飲め飲めと勧める事もない箔炎だったが、それ故に何やら不憫に思えて、自然遅くまで付き合う事になったのだ。

とはいえ、維月達もいくらなんでも茶会の席から戻っているはずだ。

翠明は綾が待っているだろうとソワソワし出しており、維心もそろそろ維月に会いたかった。

なので、言った。

「…我は、そろそろ戻る。主らは飲みたければ残るが良い。まだ若い王達は騒いでおるしな。」

炎嘉は、盃を置いた。

「いや、我もそろそろ。」と、箔炎を見た。「箔炎、我の控えに参るか。そこで飲むのもよし、何ならもう一つの寝室は空であるから、そこで休んでも良いぞ。」

焔も、頷く。

「そうだぞ箔炎、我の所でも良い。どうせ妃も居らぬし無駄に広い控えなのだ。有効利用ぞ。」

箔炎は、立ち上がった。

「…そうだの、泊めてもらうか。帰ったらまた椿がうるそう申す気がするし、奥へ押しかけられたら面倒この上ないしな。」

炎嘉は、頷いた。

「ならば我の控えに。焔の所だと隣りであるから、気取って押し掛けて来るやも知れぬ。うちは一番端だしの。」

箔炎は、頷いて己の侍女に言った。

「…明日の朝、控えから着物を炎嘉の控えに持って参れ。炎嘉達と飲むのだと椿には伝えよ。」

侍女は、頭を下げた。

「はい。」

箔炎は、重い腰を上げた。

「皆、遅くまで付き合わせてすまなんだの。」

志心が、言った。

「良いのよ。こんな時のための友ではないか。」

翠明は、頷いた。

「我が娘のせいでと思うとの。とにかく、綾には話しておくゆえ。今少しの辛抱ぞ。」

箔炎は頷いて、そうして炎嘉と共に控えの間へと戻って行った。

維心は、一人奥宮へと、それを見送ってから戻って行ったのだった。


どうせもう寝ているだろうと思った維月は、維心が居間へと入ると窓辺で座って起きていた。

そして、こちらを振り返った。

「維心様。」と、立ち上がった。「おかえりなさいませ。」

維心は、なんと珍しいと維月に手を差し出した。

「帰った。珍しいの、起きておったのか。」

ならば急いで戻ったのに。

維心が思っていると、維月は維心の手を取りながら、答えた。

「十六夜と話しておりましたの。あの…母のことで。」

椿か。

維心は、息をついた。

「…何か申しておったのか。」

維月は頷いて、言った。

「先にお着替えを。」と、侍女が捧げ持つ着物を見て言った。「それからお話します。」

維心は、頷いて維月の手を離した。

維月は、サクサクと維心の装備を解いて着物を脱がして行く。

十六夜の声が言った。

《さすがに箔炎が気の毒になって来てな。親父も同じ気持ちで見てるみてぇだ。》

碧黎も、陽蘭には困らせられたクチだ。

片割れとはそんなものと思っていたらしいが、愛する事を強要されることに我慢がならぬようになり、追い出した過去があるからだ。

その当時、碧黎は己自身でも気付かなかったが陽蘭を愛しておらず、それでも穏便にと言う事を聞いていたのだが、強要されることに疲れて突き放したのだ。

箔炎は、そんな陽蘭を癒して愛して穏やかな日々を与えたが、今思うと箔炎は陽蘭に、手に入らない維月を見ていた気がする。

何しろ、陽蘭と維月の人型は、あの当時よく似ていたのだ。

箔炎も、維月を想った前世があった。

しかし維月は、絶対に誰かに追い縋ったりはしなかった。

そういう性質ではないからだ。

最後の最後にそんな維月とは違う側面を見て、箔炎は陽蘭に見切りをつけたのだ。

「終わりましてございます。」

着替えが終わり、維月が頭を下げる。

侍女達が去って行き、維心は維月の手を取っていつもの定位置に腰掛けた。

「…陽蘭は、今試練の場に立たされておるのだろう。前世無理矢理に繋いで来た縁が切れ、ここからは真に命と命の向き合いとなる。前世と同じく、強権的な姿勢を崩さぬでいたら、箔炎の気持ちは戻らぬだろう。が、ここで相手を慮って退く事ができたら、椿は次の段階へと進む事になり、それにより箔炎の心も戻る可能性も出て参る。ここが正念場であろう。我はそう思うがの。」

維月は、口に手を置いた。

なぜなら、維心は天黎が言った、陽蘭という命に課せられた事を知らないはずで、それでも状況からそんな風に考えたのだ。

それが正解なのは、十六夜にも維月にも分かっていた。

「…維心様にはお分かりになるのですね。これが、お母様の前世からの因縁であるのだと。」

維心は、苦笑した。

「分かるというか、これが正解であるのかは分からぬ。が、何やら覚えのある状況であるからの。碧黎や箔炎に見切りをつけられておるのに、しつこくなんとかしようと追い縋り、強引に己が思うがままに状況を変えようとする。それが、あれが黄泉へと向かったきっかけになったであろう。また同じぞ。ここで同じ事をしておったら、何をしていたとまた黄泉へ向かう事になろう。再び同じ学びを得るために、今度こそ間違えぬためにの。」

《やはり主は賢いの。》碧黎の声が割り込んだ。《その通りぞ。何度生まれ変わっても、あやつは同じことに直面し、同じ選択を迫られる。そして、間違えぬようになれば、その次は良い生となろう。だが見ておるに、また同じことになりそうだがの。》

維月は、今の碧黎の言葉に引っ掛かった。

間違えぬようになれば、次は、と…?

「…お父様、次は、と?椿様は今回間違えぬでも、次まで幸福にはなれぬのですか。」

碧黎は、答えた。

《…今生、もうあやつに多くの時は残っておらぬ。今回の選択がどうなろうとも、あれの寿命はここ数年で天黎より切られると決まっておる。なのでどちらにしろ次となるのだ。あれは、今は神ぞ。同じ時間を与えられ、その間に学ぶ。人などもっと短い中でやり遂げる。あれだけ特別扱いはできぬのよ。ここまでがそれでなくとも長過ぎたわ。》

確かに普通の神なら、老いて亡くなっている歳だけど…。

維心は、息をついた。

「…箔炎とて苦しんでおる。神威から聞かねば良かったのかと思うたが、我はこうも思うのだ。何事にも、偶然というものはない。恐らくあれは決められた事であり、椿に同じ状況を突きつけるための必要な事であったのではとな。我らに出来ることは何も無い。維月、椿が何を言うておったのか知らぬが、静観することぞ。なるようになる。椿の選択を待ち、その後の未来を眺めていよう。この世の生は、全て何かを学ぶためにあるのだ。椿にとり、今がその時なのだ。」

維月は頷いたが、気になって仕方がなかった。

…巻き込まれる人や神が、出なければ良いけれど。

維月は、そう思っていた。

すると、十六夜が言った。

《…オレが思うに、今回もおふくろは自分を優先することをやめられねぇと思う。》維心と維月が空を見上げると、十六夜は続けた。《つまり、箔炎をもう一回振り向かせようと大騒ぎするだろう。それが、何をやるのか分からねぇが、翠明と綾の子だから、前世とは比べ物にはならねぇし大層な事にはならねぇとは思いたい。が、それでもそこそこ力があるだろう。あいつが闇に憑かれたり、そうでなくても暴走したりしたら、回りの神が犠牲にならねぇか心配でな。親父だって、瀬利だっておふくろに巻き込まれて大変なことになっただろうが。あの時親父が激怒して、みんな大変だった。同じような事が起こるんじゃねぇかって、そこだけ心配してるんだけど。》

やっぱり、私達対の命なのね。

維月は、十六夜が全く同じ事を考えていたのを知って、そう思った。

それには、碧黎が答えた。

《また我が巻き込まれることはまずない。あの時は、片割れであったから難儀して跳ね返すのに力が要ったゆえ、あんなことにもなったが、此度は一捻りよ。なので、我の手に負えぬような事にはならぬと思うておるので、案じてはおらぬ。》

維月は、言った。

「ですがお父様、お父様は本当に神世に必要な神しか、しかも土壇場にならぬと助けてはくださらないのではないですか。」

碧黎は、答えた。

《まあ、基本的に我は表立って助けることはできぬし、結局のところそれが世の流れを阻害するかしないかで介入できるかできぬかが決まるゆえ、確かに誰も犠牲にならぬとは約すことはできぬな。どうしても守りたいものがあるのなら、それを守る方向で考えて、主ら自身が動くよりない。》

維心は、ハッとした。

「…待て、だが箔炎は?真側におって、あれがもし命を落とすような事があったら何とする。そも、数年で寿命を切るとは申しておるが、それはいきなりに老いて、我らのように短い間に黄泉へ向かうのか。それとも、数年かけて老いて参るのか。数年となると…時があるゆえ、まさか箔炎を道連れにしようなどとは考えぬだろうの。箔炎はやっと転生して参って、ああして生きておるというのに。箔炎が危ないとなれば主は助けるのか。」

碧黎は、答えた。

《…箔炎にはもう箔蓮が居る。後に続いておるゆえ、もしそんなことになったら主らが箔炎を守るよりなかろうの。我は手出しができぬと思うた方が良い。もちろん、できるのならやる。箔炎の心地が一番に分かるのは、恐らく我であろうからな。しかし、我には柵があるのよ。》

まずい。

維月は、維心が言ったことが確かに起こり得ることだと悟って、冷や汗が出る心地だった。

箔炎様を、守らねば。

維月は、そう思って維心の手をグッと握ったのだった。


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