方法
維月は、言った。
「…聡子様はどのように?何もご助言なさらぬのですか。」
天黎は、答えた。
「あやつは最初こそそうではないこうせよ、とか、いろいろ申しておったが、今では何も。恐らく何を言うても、我自身が心の底からそう感じて行動しないことには、解決しないと悟ったのだろう。遂には、あやつが詠んだ先には、我のその後などなかったと申して…つまりは、結局こちらに居る事が学びにならぬと、我があちらへ帰った未来を見ておるゆえ、覆すのは難しいとあやつは考えておるようよ。とはいえ我が皆に馴染むためにどう演じたら良いのか、あやつから学んだのは確か。だが、それでは根本的な解決にはならぬ。どうやっても我が何も感じないので、あやつは未来を変えるのは無理だと判断して見捨てておるのだ。それが分かるゆえ、我も最近ではあやつとは接しておらぬ。本来、あやつはもう黄泉に居るはずの命だった。あの折死んでおったはずだからの。我のせいで無駄な時をこちらに囚われておると思うておるようだし、そろそろ解放してやらねばならぬと思うておるところ。あやつもそれを望んでおるしな。」
そこに、何の感情も感じない。
天黎にとって、やはり地上は俯瞰して見ている箱庭でしかなく、黄泉もまた見えていてそちらへ向かうことにも何の感情も湧かないのだ。
維心は、息をついた。
「…聡子と上手くやっておるのだと思うておったのに。結局はそれも無駄であったということか。全てが演技であるのなら、主は上手くやっておる。が、それでは己を騙しておるのだから辛かろう。どうしたものか…とはいえ維月に何を望むのよ。そもそも感情がないのに、愛など敷居の高いことよ。まずは当然に皆が感じる感情から学んで参るべきではないのか。」
天黎は、またスッと目を赤くした。
とうやら、何かの心境の変化で色が変わっているようだ。
「…我が唯一自覚している感情の変化は、維月があちらで我に陰の月の力を使っておったときぞ。」と、身を乗り出した。「あの時、心底命が動いているような感覚があった。あれからあれを渇望して励んでおるが、同じ感覚は一度も経験しておらぬ。もちろん、陰の月の力を遮断する事は容易にできる。が、それをしたくないと思わせる経験だったのだ。あれを今一度経験したいと思うのよ。加えて毎日接しておれば、我は他の感情も知る事が出来るのではないかと思うておる。我は他の命を求めた事など一度もなかった。が、あの時は心底維月と一つにと思うた。もちろん、そんなものは一時的な感覚で、過ぎたらそこまで激しい心地はなかったが…あれが愛でなくとも、それに近いとすれば学べるように思う。」
だから、あの後からも、時々に維月、維月と言うのか。
維月は、思った。
天黎は他の命にあまりこだわらないが、維月が危ないとなると、渋りながらも力を貸したりする。
それは、あの出来事のせいだったのだ。
「…天黎様。」天黎は、維月を見る。維月は続けた。「ただいま、目の色が赤に。先程、聡子様のことをお話になるときには青に戻っておりましたのに、今また赤になりました。私が思うに、天黎様には間違いなく感情があり、それに反応して瞳の色が変わっておるのですわ。感情的になっておられる時には、瞳が赤になるのです。あの時ほど劇的なものではないので、感じ取れぬだけで…それなら分かりやすいやも。私にも、何とかできそうな気がして参りました。」
え、と維心も天黎も維月を見る。
維心は、言った。
「維月、天黎に感情を教えるのか?一から。」
維月は、維心を見上げた。
「維心様、どちらにせよこのままでは、天黎様はますます孤独になられます。天黎様のご不調は、そのままこの世界の不調に繋がり面倒なことになるやも知れませぬ。維黎を育てておっても感情が動いておられぬのに、ここはいちいちそれは何の感情と、お教えする者が必要です。とはいえ…」と、天黎を見た。「天黎様、私は維心様の妃であり、里帰りの時以外にこちらを離れることはありませぬ。これからは、里帰りの時にあなた様について、感情をお教えして参りましょう。」
天黎は、頷いた。
「維心に迷惑は掛けぬ。そのように迷惑にならぬ方向で振る舞うことにする。」
維心は、息をついた。
「ならばそもそも、夫婦の寝室に押しかけて来ぬようにして欲しいがの。」と、立ち上がった。「まだ宵ぞ。我らは休む。明日維月が月の宮へ戻るのを待つが良い。我は、維月が決めたのなら文句は言わぬ。そもそもこれが愛しておるのは、我であるしな。」
維月は、頷いた。
「それは変わることはありませぬ。私の夫は維心様だけでございますゆえ。」
維心は、維月の肩を抱いた。
「分かっておる。」
天黎は、スッと浮き上がった。 「では、明日を待つ。月の宮での。」
天黎は、消えて行った。
維心と維月は、ため息をついて顔を見合わせ、奥の間へと戻って行ったのだった。
どこの宮でも、三日三晩の気の嵐のせいで、しばらく立て直すのに時間が掛かっていて、龍の宮にもいろいろな問合せなどが来て、かなり忙しかった。
維心自身は、鵬、祥加、公沙、そして洪のお蔭で案件処理はまとまった状態で目の前に揃えられるので、それをサクサク処理して行けばいいので、いつもとあまり変わらなかったが、臣下達はそのせいで、それは忙しい毎日を過ごしていた。
気の嵐が収まって二日目の朝、夜だけ帰って来ていた維月は月の宮へと帰って行き、維心は宮に残ってまた、案件処理を続けていた。
…早う済ませて、あちらの様子を見て来なければ。
維心は、焦る気持ちになって、鵬に言った。
「…鵬。」鵬は、顔を上げる。維心は続けた。「月の宮へ行って参りたいと思うておるのだが。」
鵬は、え、と慌てた顔をした。
「お、王、ご存知の通り、只今は多くの案件を抱えており、王がいらっしゃらぬと終わらぬことばかりでございます。維明様にお頼みできることは、全て維明様にお渡ししておる状況で…しばしお待ち頂けませぬでしょうか。」
分かっておるというに。
「…洪を呼べ。」
洪の時代、こんなことはしょっちゅうだった。
あの頃、臣下の都合など考えたこともなかったので、行くと言えば行くので、洪達は大変だったはずだ。
声を聞き付けた、誠が息を上げながらやって来て、膝をついた。
「王。お呼びでございましょうか。」
維心は、頷いた。
「洪、我は月の宮へ参る。」
誠は、少し驚いた顔をしたが、頭を下げて淡々と答えた。
「王、ならば申し訳ございませぬが、三日、ご辛抱くださいませ。その三日の間に、全ての案件をこちらに揃えて下知を賜り、その後七日はご不在であっても何とか我らが務めて参ります。すぐにでもあちらへ出て頂きたいのは山々でございますが、只今はあの気の嵐の後処理で政務が混んでおりまして、どうしても三日はご辛抱頂きたいのです。」
そう、そういうハッキリした結果が欲しいのよ。
維心は思いながら、頷いた。
「分かった。では三日後に月の宮へ行く。」
洪は、頭を深々と下げた。
「は!王に於かれましては、こちらの事情を汲んでくださり、ありがとうございまする。」
そうして、誠は困惑する鵬と共に、スススと下がって居間を出て行った。
回廊へ出てしばらく歩いてから、鵬は言った。
「父上。」誠が、鵬を見る。「三日となると、それまでに資料を揃えてしまわねばなりませぬ。」
誠は、答えた。
「揃えれば良いのよ。鵬、王は丸くなられた。昔の王は、月の宮へ参ると仰ったなら、すぐにこちらの話も聞かずに飛び立って行ってしまわれたのだ。我らはそれを追って、案件を手に月の宮へ参らねばならなんだほどよ。それを、今の王はこちらの事情を聞いて、三日遅らせることを飲んでくださる。これほどに恵まれた事はないぞ。我が指示する。資料は頭にあるゆえ、書き出すわ。十日間の業務を三日に詰め込む準備をするぞ。公李と兆加を呼べ。皆でやれば終わるはずよ。」
鵬は、頭を下げた。
「は。では急いで執務室に。」
誠は頷いて、サッと執務室の方へと歩いて行った。
鵬は、父が戻って来てやりにくいと思っていたが、こんな時には頼りになると、息をついて皆を集めに走って行ったのだった。




