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悟り

碧黎は、その時瀬利の屋敷で月を眺めて、大氣と瀬利と向かい合って話していた。

大氣は、息をついた。

「…そうか。」と、袖口で口を押さえて下を向く、瀬利を横に続けた。「消滅の。」

碧黎は、頷いた。

「それで我は悟ったのだ。一概に対というて、ただ一緒に生まれたわけではなかったのだと。元々が一つで、二つに分かれておっただけなのだ。つまりは主と瀬利も、同じというわけよ。十六夜と維月もな。そこに、他の対などあり得ない。何故なら、同じ命を分けているのは、その相手しか居らぬから。」

大氣は、頷いた。

「意味もなく側に置いていたわけではなかったわけよな。二つに分離して個々に意識を持っていただけで、一つのままでもおかしくはなかった。が…主は己の半分を失ったのだの。」

碧黎は、息をついて頷いた。

「あの瞬間、我は何故に陽蘭の悪い部分に必要以上に嫌悪感を持つのか分かった。己の嫌なところを見せつけられているように思うたからなのだ。あやつは愛に貪欲だったが、よう考えたら我とて維月に対して独占欲のようなものを持って、その命を十六夜に触れさせないようにしていたなと思い当たった。たまたま陽蘭が多くそのような性質を持って行ってくれておったゆえ、我はこの程度で済んでおったのだ。そう俯瞰して己を見た時、そもそもあやつらが対であり、一つに戻るだけなのだと悟った。それを悟ってもう、それにはこだわらぬと維月に伝えたゆえ、あやつらは命を繋いでおったが、我らのような情感などなく、淡々としておった。なんと申すか、完全体として落ち着いておるような。つまりは、そういうことなのだと、やっと分かったのよ。対にとっての命を繋ぐ意味は、愛情云々ではない。それが元の姿であり、そうなるだけなのだと。嫉妬などするような様ではないのよ。」

大氣は、ため息をついた。

「そうか。我らとて、何かを教えてもろうて生きておったわけではないゆえ、こうして学んで行くよりないものの。あれは愛情表現だと思うておったが、こと片割れととなると、それは違う意味を持つ。分かって良かったではないか。変な嫉妬もこれでない。」

碧黎は、頷いた。

「その通りよ。何を妬んでおったのかと思うわ。陽蘭の様を見て、あれも己だと思うた時に、客観的に己を省みた。我も同じだったと悟った瞬間、あれの最期は我にもあり得た未来だと思うた。そう思うと、助けてやれなかったと後悔しての…全ては後の祭りではあるが。」

瀬利は、言った。

「ですが、その欠片から赤子が。それが陽蘭の残したものだと思うたら、少しは心地も楽になるのではないでしょうか。」

碧黎は、苦笑した。

「まあ、それはそうやもしれぬが、結局あれは我の対ではないからの。陽蘭に似てはおっても陽蘭ではない。我は、そんなものを心の拠り所にはせぬよ。」

大氣は、瀬利を見た。

「瀬利、主は陽蘭にいろいろあったやも知れぬが、案じておったよの。こんな結果になって、残念であるな。」

瀬利は、頷いた。

「そうだの。誠にそのように。覚えておらぬでも、今一度話しておきたかったものよ。我はもうあやつを恨んではおらぬと、伝えておきたかったと思う。」

大氣は、頷いた。

「そうだの、主はそういう命ぞ。」と、碧黎を見た。「碧黎、主も片割れを失ってつらかろうが、我も、瀬利も居るしな。もっとこちらへ参って話そうぞ。瀬利とて、待っておるのだから。」

碧黎は、その意味を気取った。

瀬利は、ずっと碧黎を愛して来て、つい最近にやっとそれが碧黎に伝わった。

が、碧黎は維月を愛していて、瀬利が受け入れられることはなかった。

陽蘭のせいで大きく破綻して壊滅的に碧黎から避けられていたが、それでも瀬利は、未だに碧黎を愛しているのだ。

大氣の言葉からそれを知った碧黎は、小さくため息をつくと、言った。

「…我のような命を、何があろうと想うてくれる、その心根には感謝する。が、我は維月を愛していて、これはこの命が尽きるまで恐らく変わることはあるまい。此度も、その愛情ゆえに長く苦しまずに済んだ。我はどうあっても、あやつを思い切ることができぬし、思い切ろうとは思わぬのだ。主に応えることができぬで、すまないと思う。ゆえ、どうしてもこちらに足が遠のいてしまうのよ。もっと苦しませてしまうと思うとな。」

瀬利は、頷いた。

「これは我が勝手に想うておるだけであるので。むしろ愛そうなどと無理をせずでも良いのです。主が維月を愛していることは、身に沁みて分かっておるゆえに。」

碧黎は頷いて、立ち上がった。

「…もう戻るわ。」

大氣は、急いで立ち上がった。

「もう?今来たばかりではないか。」

碧黎は、庭へと足を踏み出した。

「報告に参っただけよ。」と、浮き上がって空高く舞い上がった。「ではの。主らも引き籠っておらず、また月の宮にでも参るが良いわ。」

そうして、碧黎は瀬利の屋敷から飛び立って行った。

それを見送りながら、大氣は案じるように瀬利を見て、瀬利はいつまでも、碧黎の姿が消えて行った空を見上げていたのだった。


碧黎が、月の宮上空に浮かんで、空に浮かぶ、今は誰も居ない月を見上げていると、フッと目の前に、天黎が現れた。

碧黎は、驚く様子もなく、言った。

「…見ておるなと思うておった。」碧黎は、言った。「何ぞ。また愛がどうの言うのではあるまいの。あれは口で説明して、どうにかなるものではないぞ。」

天黎は、言った。

「分かっておる。が、主らの底力を目の当たりにして、それを無視して学びなど進まぬのだと思うた。主は維月のみに意識を集中させて、己の片割れの喪失の衝撃から心を守ったばかりではなく、あのように片割れでもない命と限りなく一つに近い状態になって、大きな力を放って命を一つ作り出すことまでやってのけた。我は…どうしても、その愛という概念を知らねばならぬのよ。」

碧黎は、チラと天黎を見た。

相変わらず美しい金髪に、今は赤い瞳が陰の月の時の維月を思わせる。

碧黎は、言った。

「…瞳が赤い。主の瞳は青かったのに。なぜにそうなるのだ。」

天黎は、面倒そうに答えた。

「瞳の色?知らぬ、恐らく我の心情が目に出ておるだけであろうて。我らには、これと決まった型などない。この形で出現したら勝手にそうなっておる。いちいち色や型まで考えておらぬわ。それより、話を逸らすでないわ。どうにかならぬか、天媛は高瑞とその愛というものを育んでおるのだと幸福そうに申すが、我にはそれがない。聡子とはそういうふりをしようと思うたが、あやつも我も、お互いに愛してはおらぬ。」

碧黎は、眉を上げた。

「そこに愛情がないことは分かるのか?」

天黎は、頷いた。

「それぐらいは判断できるようになった。なぜなら、主らを観察していて、愛情がある状態を知っておるからぞ。あやつの言葉も仕草一つを取っても、維月と主が過ごしておる時と同じような様はありはせぬ。我も、あやつに他の命と違うところを見つけよと言われても、全く見つけることができておらぬゆえ、愛などない。そう思うと、まだ維月と共に居た時の方が、より愛を感じておったような気がしてならぬのよ。あれは、我がそれを学ぶ間だけでも、我と共に居ってはくれぬかの。主とて、維月と共に居って愛情を知ったのだろう?我も長く共に居たら、それを感じることができるような気がしておるのだ。」

碧黎は、それを聞いて目を見開くと、首を振った。

「ならぬ!維月は確かに慕わしいが、これ以上あれに負担をかけとうない。それに、主があれを愛したとしても、あれが主を愛してはおらぬではないか。主は知らぬから安易にそんなことを申すのよ。片恋と申すものは、つらいものなのだぞ。愛したら、愛されたいと願い、それが叶わぬ時には煉獄の苦しみを味わう事になる。それは、片割れを失うよりも孤独やもしれぬ。天媛を見て知ったのではないのか。いや…真実、まだ知らぬからそんなことを言えるのだの。」と、ふいと横を向いた。「…やめておけ。そのように不自然な事をしても始まらぬわ。我とて、突然に己が維月を愛しているのだと自覚した時には、己の心地に茫然としたものよ。主に、他の命を愛せるとは思えぬしな。」

天黎は、碧黎の前へと移動して、その目をじっと見つめて、言った。

「…愛せるようにならねばならぬ。なぜなら、それが学びだからぞ。苦しむというのも、試練だと思うておる。ついぞ、我には試練などなかった。むしろ、それを望んでおるぐらいよ。」と、碧黎からスッと離れた。「分かった。主では相手にならぬわ。維月に直接申す。もう主には言わぬ。」

碧黎は、眉を寄せて天黎を止めようと前へ出た。

「待て、あれに面倒を掛けるでない!」天黎は、スッとその場から消えた。「天黎!」

維月はどこだ。

碧黎は居所を探り、今は龍の宮へ戻っているのを感じ取った。

維心に会っているのか。

碧黎は、少しホッとした。

維心なら上手く天黎を言いくるめてくれるやもしれぬ、と、それに期待したのだった。

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