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維心はその日目覚めて、やっと地上の気が穏やかに薙いでいるのを知った。

その気は何やら清々しく、前より良くなったようにも感じる。

維心は、維月はどうしているだろうと起き出して居間の窓へと歩み寄り、空を見上げた。

そして、言った。

「…十六夜?そちらはどうか。碧黎は落ち着いたようだの。何やらあの磁場逆転の後のような、洗い流されたような清々しい気ぞ。」

十六夜の声が答えた。

《え?あー、まあ、そうだな。》と、言葉を選ぶように続けた。《えーっと、そうだ!蒼は目覚めて元気にやってる。翠明とかお前らに騒がせたから謝りたいと言ってるが、どうする?》

維心は、何やら十六夜の様子がおかしいなと思いながらも、答えた。

「…別に今更謝ってもらおうとは思うておらぬ。分かっておるゆえな。それどころでない状況になって、忘れておったほどよ。翠明とてそうであろう。まあ、気が済むなら翠明に、書状でも送っておいたら良いのではないか?」

十六夜は、頷いたようだった。

《そう伝える。》

しばし、沈黙。

放って置いても話している十六夜が、何やら黙り込むのに維心は怪訝な顔をした。

「…なんぞ?主、何か隠しておるのか。いつもなら放って置いても話しておるくせに。維月はどうしておる?」

十六夜は、答えた。

《維月は元気。親父のことも、維月がいなかったらどうなってたかと思うほどヤバかったしな。まあ、あいつは陰の月だし…そっち方向で気を紛らわせてたら、治ったって感じ?》

維心は、それでピンと来た。

碧黎と維月は、この三日ずっと共に過ごしていたのだろう…寝台で。

…だから奥歯に物が挟まったような言い方だったのか。

維心は、ため息をついた。

「…そうではないかとどこかで思うておったわ。まあ、碧黎とは取り決めとてかなり昔に一度、したきりであったし、それから離縁して離れておったゆえ、反故になったと我も思う。ゆえに深くは追求せぬよ。そもそもそれしかなかったのだろうし…早う終息して我らも助かったゆえ。」

案外に落ち着いて受け入れている維心に、十六夜は拍子抜けしたような声で言った。

《まじか。お前ほんとにオレらと同じ意識になったんだな。前のお前だったら、怒ってすぐにこっちに来ただろうが。》と、息をついた。《まあ…だったら話は早い。それでな、親父と維月は命も体も繋いでたわけで、めっちゃ意識が重なって、天黎バリの力を発してたみてぇで。煽と観があっちの後片付けしてる時に、なんかの欠片みたいな残骸を集めて積み上げてたら、それが二人の気に触れて赤子になった。で、天黎達が煽の妃に育てさせて様子見てから、また地上に下ろすとか言ってる。親父も維月も、お袋が最期に生きて来た記憶を走馬灯のように見て、すまなかった、って言葉を残したのを知ってるから、可哀想に思ってたみてぇで。そのせいだってよ。》

維心は、え、と慌てて言った。

「待て、ならばそれは椿なのではないのか?そんなものを残しておいて良いのか。」

十六夜は、言った。

《それはオレも訊いた。でも、新しく生まれた命は、真っ白で何の記憶も穢れもない別物らしくて。お袋は原料だけど、だから大丈夫なんだってさ。まあ、人からだろ、転生しても。できたばっかの命だし。》

維心は、怪訝な顔をしながらも頷いた。

「ならば良いが…ようよう見ておるように天黎には申しておいて欲しい。こちらももう、面倒は懲りておる。」

十六夜は、言った。

《わーってらぁ。オレだって同じだよ。》と、一旦口をつぐんだ。《…維月が親父の対から出て来た。ちょっと話して来る。お前、いつも里帰りについて来てたが、今回はどうするんでぇ。来るのか?》

維心は、首を振った。

「あいにく気の乱れでそれどころではない。そちらの対応で政務が滞っておって、収まったとてしばらくは参れぬのだ。まあ、戻った蒼に挨拶はしたいし、最後の週には参ると思う。それも政務次第よ。」

十六夜は、答えた。

《そうか。だったらそう言っとくよ。じゃあな。》

十六夜の意識が、あちらへ行ったのが分かる。

…碧黎と維月に、嫉妬の心地がないかと言われたら嘘になる。

維心は、そう思ってため息をついた。

が、維月は必要であるからそうしているのであって、維心を愛していないわけではないし、むしろ維心を一番愛していると自負している。

常に龍の宮に住んでいることでも分かるのだ。

おかしな嫉妬心で、またいろいろ関係が拗れて共に居る時間が削られる方が、余程無駄だ。

なので、それはそれとして考えないようにし、維心は政務に向かったのだった。


維月は、碧黎がもう問題ないと言って、少し地に戻って来ると言うので、自分も十六夜と維月の対へと戻って来た。

十六夜は居ないが、常に居るわけではないのを知っているので、気にしていない。

が、維月がそこに到着して椅子に座ると、十六夜が降りて来て実体化した。

「維月!よくやったな、親父は落ち着いたよ。天黎は、片割れを亡くしたら数年は影響があるとか言っててさ、まさか三日で収まるなんざ、あいつらも驚いてたよ。愛ってのを、天黎は知らねぇだろ?だからその力を侮っておったとか、難しい顔をしてたよ。」

維月は、だからか、と頷いた。

「やっぱり。なんかね、おかしな感じだったのよ。話に来られたんだけどね。お父様と、聡子様はいったい何を天黎様に教えてるんだろうって、ちょっと案じていたところ。じゃあ、やっぱり学びが進まないって焦っていらしたのね。」

十六夜は、維月の隣りに座って、頷いた。

「そう。天媛のが落ち着いてて、教えてやるのは無理だから、経験するしかないからそのうちにって諭してたけど、天黎はそうは思ってねぇみてぇだ。天媛は困ってたよ。」

口で語って分かるものではないのに。

維月は、息をついた。

「ほんとにね。とはいえ天黎様には対等なお相手が天媛様しかいないし、仕方がないんじゃないかな。天黎様が相手を愛せないんでしょうから。」

十六夜は、息をついた。

「今回のことでも思ったよ、やっぱ好きになるなら相方が一番問題がねぇ。オレはお前を愛してるから、特に困ったりしねぇし。まあ、親父が止めるから命も繋げねぇ片割れだけどよ。」

維月は、あ、という顔をすると、十六夜の手を握った。

「それなのよ。」

十六夜は、その手を握り返して首を傾げた。

「それ?」

維月は、頷いた。

「命を繋ぐこと。あのね、私の片割れってあくまでも十六夜なのよ。一緒に生まれて一緒に育って、同じ体を共有してる陰陽でしょ?」

十六夜は、顔をしかめた。

「まあそうだけど、今はお前、親父の相方でもあるんだろ。」

維月は、首を振った。

「覚えてない?天媛が言ってたでしょう。私の相方は十六夜でお父様じゃないって。多分、一緒に生まれてるのが鍵じゃないかな。対なのよ。だから二人だけ。お父様にはお母様だけだったわけ。後付けできるわけじゃないのよ。」

十六夜は、頷いた。

「そうか。だったらそうなんだろうな。まあ、オレはお前と対ならなんでもいい。」

相変わらず、こだわりがない。

それが十六夜の良いところでもあった。

自分だけでないと嫌だとか、ごねたりしないからだ。

維月は、続けた。

「それで、お父様は仰ったの。対である十六夜を差し置いて、己だけがと執着するのは間違いだった、と。十六夜がそんな感じなのを良いことに、これまで我慢させたがもうそんなことは言わぬ、主らもそうなるのならなれば良いし、だからといって我の心地が変わるわけではない、って。なんか、悟ったような…我慢されてるわけでもないし、無理していらっしゃるわけでもなかった。本心から、スッキリしたようなお顔だったわ。」

まじか。

十六夜は、驚いた。

碧黎は、維月と深く繋がることで、心の安定が完全に取れたのだろう。

何に縛られることも無く、命も体も繋がることで、何かが変わったのかも知れない。

十六夜は、狼狽えた顔をした。

「え、ちょっと待て、オレそんなこといきなり言われても、命の繋ぎ方なんか忘れた。天媛のことも瀬利のことも、むしろ忘れようと思って考えないようにしてたからさ…今からか?」

維月は、頷いた。

「うん、今から。だって私達、対なんだもの。大丈夫、目を閉じてるだけで良いわよ。私慣れてるから。」

十六夜は、慌てて椅子を見回した。

「ここで?奥行った方が良いんじゃないのか。」

維月は、顔をしかめた。

「別に着物脱ぐわけじゃないんだし。平気よ?ほら、背もたれにもたれて。」と、維月もしっかりと背もたれに背を預けた。「はい。目を閉じて。」

こんなムードもへったくれもない状況でいいのかよ。

十六夜は思ったが、維月に誘導されるままに、二人の命は一つになって、そうしてやっと、対の命とはこういうものなのだと、自覚した。

対であるからこそ、その一体感はやっと一つに戻った、そう元々一つだったのが、分かれて二つになっていたのだ、と、二人に知らしめる、深い時間だったのだ。

十六夜も維月も、他と繋がった時には感じたことのない感情に、気が付けばそのまま、夕方まで過ごしていたのだった。

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