欠片
「…それは、陽蘭ではない。」碧黎が、天媛の腕に眠る、赤子を見て言った。「主らにも分かっておろう。似ては居るが、それはあやつではない。」
天媛は、天黎を見る。
天黎は、頷いた。
「その通りよ。これは、椿でも陽蘭でもない。あの瞬間、我があやつを消滅させたゆえな。」と、その赤子に手を翳した。赤子は、その場から消えた。「…あれは、煽と観が後片づけをしておる時に、発見した小さな命の欠片を集めて積み上げておいた場所から、自然に生まれた命ぞ。あやつらもなぜに赤子がと驚いて、我らに知らせて参ったのよ。調べてみたら、消失させた時に弾け跳んだ欠片が残っておったようで、それが何かの思念に反応して、再び命として形を構成させたのが分かったのだ。その思念が、主と維月のあれを惜しむ心地ぞ。」
維月と碧黎は、顔を見合わせた。
「…我らの思念と?そんなものを、放った覚えはないが。」
天媛が、言葉を選んで行った。
「その、あなた達は、これまでにないほど深く心を通わせてお互いの心地を知り、一つになっておったでしょう。その二人の思念が、あれを惜しんだ思念として、形を成す力を与えた事になったのです。赤子であるゆえ、黄泉では誰かに世話をさせねばなりませぬが、それは煽の黄泉での妃達にさせることに致しました。真新しい命であるので、そこそこで地上へ下してみようと思っています。」
天黎は、息をついて言った。
「なぜに我らの間で言葉を選ばねばならぬ。つまりはの、主らはこれまで命だけしか繋いでおらなんだのに、此度は身も命も同時に繋いで、それは深く繋がっておったわけよ。そのせいで、その気は二人の力が一つになった状態で、我らに匹敵する強さだった。その思念を受けたのだから、命の一つぐらい生まれようと思わぬか。」
維月は、そんなことまで見ていたのかと、さすがに恥ずかしくなって顔を赤くした。
碧黎は、それを感じ取って天黎を睨んだ。
「…天媛が気を遣ってくれておるのに。主は聡子に何を習っておるのだ。我らの間のこと、見えるのは仕方がないが、知らぬふりぐらいせぬか。」
天黎は、碧黎を睨み返した。
「聡子とは、最初こそやってみたが、今はそういった関係ではないゆえな。我には愛というものが分からぬし、教えてもらうにも、我が聡子を愛するような状況にならぬのだから仕方がない。主らが愛というものを使って、己の苦悩やら苦境を乗り越える様を見ておると、何やら我に学べぬ事を先に学びおってと焦る心地もある。我とて知りたいのよ。ゆえに観察しておった。」
悪気はないのだ。
が、とてつもなく恥ずかしかった。
碧黎は、息をついた維月の肩を抱いて天黎から隠すようにし、言った。
「…分かった、主が学びに貪欲なのはの。それで、あの新しい命は大丈夫なのか。素材があやつの欠片であるとは、また何か間違いがあるのでは。」
天媛が、首を振った。
「似てはおるのですが、主が申したようにあれは全く別の命。真っ白で何の記憶も穢れもありませぬ。今少し育てさせて、大事に転生させて学ばせて参るつもりです。主らの力が起点の命であるので、知らせておかねばと思い、参りました。」と、天黎を突いた。「さあ、参りますよ、天黎。あなたは聡子と婚姻してから、何やら落ち着きがなくなった気が致しますわ。案じてしまいますこと。」
天黎は、天媛を恨めし気に見た。
「主は高瑞と婚姻して、何やら落ち着いたように見えるの。順調に学びが進んでおるようで、羨ましい限りよ。」
天媛は、困ったように天黎を見た。
「まあ、妬んでおるの?天黎、あなた焦りが出ておるのではありませんか?おかしな方向に学んでおったらと案じてしまいますわ。聡子に話しに参らねば。」
天黎は、天媛を睨んだ。
「うるさいぞ。何でもかんでも聡子と申すでないわ。」
そうして、二人は言い合ったままスッと消えた。
嵐のような二人が去って、碧黎は息をついて維月を見た。
「…天黎が天媛の言う通りに、おかしな方向に進んでおらぬかと案じることよ。学びが進んでおらぬゆえ、焦っておるのかの。」
維月は、頷いた。
「はい…一度、どんな風にお過ごしなのか、知っておいた方が良いかもしれませぬわ。あのかたがおかしくなられたりしたら、大変なことになりますもの。そういえば、聡子様とは長らくお会いしておりませんが、私も此度はお訪ねした方がよろしいでしょうか。」
碧黎は、息をついた。
「主がそのように気を遣う必要はないのだ。」と、維月を抱いて、椅子へと沈んだ。「そのような顔をするでない。あやつは愛というものを知らぬから、我らが羨ましいのであろう。見たいのなら、見せてやれば良いのよ。」
維月は、苦笑して碧黎の頬に触れた。
「まあ…そんなこと。」
碧黎は、今度こそ維月に口付けて、そのまま維月を愛した。
夜が、白々と明け始めていた。




