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想い

結局、気の放流は三日三晩続いた。

神世はそれをなんとか己の結界内だけでもと幾分整え、人世は季節外れの台風だと大騒ぎしていた。

それが収まった三日目の夜明け、碧黎は襦袢のまま自分の対の居間の椅子に座り、庭を向いて空に昇っている、月を見上げていた。

維月が、同じく襦袢姿で茶を持って寄って来た。

「…お父様。お茶を。」

碧黎は、頷いてそれを受け取った。

「もらおう。」と、隣りに座る、維月の肩を抱いた。「…穏やかな夜ぞ。もうすぐ明けるがの。」

維月は、頷いた。

「何をお考えでしたか?」

碧黎は、月を見上げて答えた。

「…陽蘭のことよ。」維月が顔を曇らせると、碧黎は苦笑した。「あれとの時のことをの。悪いことばかりではなかった。あれが消滅する瞬間、走馬灯のようにそれが我の脳裏に流れて消えてな。今思うと、あれは陽蘭の生きた全ての時間を、消え去る瞬間に思い出したものだったのだろう。あやつの最後の言葉は、すまなかった、と言う後悔だった。その瞬間、他に方法は無かったのかと我も後悔した。そして、これが片割れの消滅なのだと理解した。我は…あやつを助けてやることができなかった。」

維月は、黙って頷いた。

三日三晩命を繋いでいたので、碧黎の心は手に取るように見えていたのだ。

碧黎は、続けた。

「…思い出したのよ、目が覚めた時、隣りに同じ命があったことを、心強く感じたこと。たった一人で放り出されたわけではないのだと…しかし、相手は我より遥かに小さな命で、力も弱かった。ゆえ、これを守るのが使命なのだと最初は思った。そうして、それだけでは退屈で、地上の命を育んで、その世話をするようになった。」

碧黎は、ただ淡々と維月に語った。

恐らく碧黎も、維月がそれを知っているのを、分かっていたのだろうが、口に出して確認したかったのだろうと維月は思った。

「…そして、あれは我より先に愛というものを学んで参って、我にそれを求めた。我にはそれがよく分からぬで、疎ましいとあれから距離を置いていた。あれも、己を愛してくれる存在を人に求めて、別の場所に存在した。離れていることには最初戸惑ったが、よう考えたらそれが楽であったのが後に分かった。それでも、後に主らを生んで、育てようというあやつの願いは聞き、片割れとは共に居た方が良いのだと己に言い聞かせて、あれの望みは大抵聞いた。が…これが愛だろうと思っていたことが、後に愛では無い事を悟ってしもうた。結局、我はあやつを愛してはおらず、努力をしても愛することなどできないのだと知った。あれは我を愛していたらしいが…それすら、我には分からなかった。だが、後に維月を愛して苦しんだ時、我はあれの苦悩をやっと知った。が、我は維月に、己だけを愛して欲しいとは望まなかった。それが、陽蘭と我との違いだった。」

月の眷族の愛とは、無償の愛だ。

維月は、既にそれを知っていた。

相手が他を愛していようと構わず、ただ自分を愛する心地が僅かでもあれば、それで満足して相手を愛し続ける。

相手の幸福こそが己の幸福と疑わず、他を愛してそちらを優先していても、それを助けて尚幸福にと祈る…。

そんな、無償の愛を持っているのだ。

だが、陽蘭にはそれがなかった。

ゆえに苦しみ、愛して欲しいと求め過ぎ、神になったがそれでも学びを進めることができなかった。

最後には、相手を殺してまで共にと…。

維月が思っていると、碧黎は続けた。

「…維月、我は主を愛して、苦しんだ。これ以上主を求める男が増えては、主が苦しむだろうと秘めておかねばと思うた。が、主が心を閉じてしまおうとしておった我を、己の人格の喪失の危険を冒してまで探して降りて来て、引き戻してくれた時、主も我を愛していて、我が主を愛して良いのだと心の底から歓喜に震えた。あの時のことは、忘れておらぬ。いつかあるかもしれない最期まで、我はそれを忘れないだろう。そして、同時に思うのだ。陽蘭も、掴んだと思うておった幸福を、失う苦しみは如何ばかりであったかと。我が愛しておると錯覚しておった時も、箔炎に愛されている時も、あやつは我と同じ歓喜の感情を得たのだと思うのだ。だが、それが消え去る時の、喪失感とは如何ばかりか。我とて、あれのように狂うやもしれぬ。維月、主を失うぐらいなら、消滅しても良いと我は思うが、しかし主が生きておるのに我を拒絶し、生涯疎まれるのかと思うと、その苦しみは陽蘭の比ではなかったと思う。それゆえにあのような姿となり…最期にすまなかったと後悔しておったことを思うと…我は、あれを哀れに思う。あれは、あったやもしれぬ我の姿なのだ。」

碧黎は、静かに涙を流した。

碧黎が泣くところなど、初めて見た維月は、そんな碧黎を胸に抱きしめた。

「私はここに居りまする。生涯愛しておりますわ。そのようなこと、起こるはずなどありませぬのに。あなた様には全く非はなく、完璧な愛すべき命であられるのに。お母様は、間違えてしまったからこそああなってしまわれたのですわ。あのまま何度生まれても苦しまれるのなら、むしろこの方が…解放されたのやもしれませぬわ。」

碧黎は、維月の胸で息をついた。

「…ならば良いが。我は、今でもどこかにあれが存在しているような、錯覚を起こすのよ。」維月が碧黎を見つめると、碧黎は維月を見上げた。「今この時も。あれの気配を僅かに感じてならぬのよ。確かにあの瞬間、消失したのだと思うたのにの。不思議なことよ。」

維月は、碧黎の頭を撫でた。

「そうであったらよろしいのに。今度こそ…何もかも消えて、命の記憶すら消えた状態で、新しくやり直すことができたら…きっと、お母様はお幸せになります。」

碧黎は、微笑んだ。

「そうだの。」と、維月に唇を寄せた。「我は主を愛している。が、己のものと縛り付けるつもりはない。だが、今この時は側に居て欲しいのだ。主と身も命も繋いでおる間、我はこれほどに幸福な時があるのかと思うた。片割れの消失の冷たい心地すら、主の存在が吹き消してしもうたのよ。我は幸福ぞ。愛する主が助けてくれる。これよりの事はない。」

維月は、微笑んで碧黎に口付けた。

「いつなり助けてくれておるのは、そちらの方ではありませぬか。こんな時しかお傍に居てお役に立てぬのですから。」

碧黎は、笑って維月に腕を回すと、クルリと反転して維月を寝椅子の上に寝かせ、自分が上になった。

「主は生きておるだけで良いのよ。我に頼るが良い。」

そうして、そのまま口づけてまた、命を繋ごうと気を発しようとする寸前、天黎の声が割り込んだ。

《待て。》え、と二人が止まると、天黎の声は続けた。《邪魔をしてはとこの三日待っておったが、長い。もう収まったであろうが、碧黎。少し天媛と共にそちらへ参って良いか。》

碧黎は、フッと鼻で息をつくと、身を起こして維月のことも座らせた。

「…仕方がない。参れ。」

すると、すぐに天黎と天媛の人型が、目の前に現れた。

維月も碧黎も襦袢姿だったのを忘れていたが、そもそもこの二人はそんなことは気にしない。

なので、開き直ってそのまま二人を見上げると、天黎が言った。

「…何やら楽し気であったの、碧黎。途中で変わってもらおうかと思うたわ。」

碧黎が、眉を寄せる。

天媛が、天黎を咎めた。

「まあ、なりませぬよ、天黎。」と、二人を見た。「おかしな冗談を覚えてしもうて、困っておりますの。聡子は何を教えておるのかと、抗議しようかと思うたぐらい。それより、知らせておかねばならぬことがありまして。碧黎が落ち着くのを待っておりました。」

碧黎は、頷いた。

「待たせたの。して、何ぞ?」

すると、天黎はスッと真顔になった。

「…先ほど。」碧黎と維月は、天黎を見る。天黎は続けた。「主は、陽蘭の気配を今も感じると申したの。」

碧黎は、眉を寄せた。

「…その通りよ。が、主が消滅させたのを目の前で見たし、確かに消滅を感じた。ゆえに気のせいであろう。」

天黎は、言った。

「いいや。」維月と碧黎が目を見開くと、天黎は言った。「あながち間違っておらぬ。」

碧黎は、さすがに身を乗り出した。

「どういうことぞ?」

天媛が、手を上げた。

「…こういうことなのです。」

すると、天媛の腕の中に、フッと小さな命が現れ、それに目を凝らすと、それは小さな赤子で、確かに陽蘭に、似た気を発しているのが感じ取れた。

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