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消滅と弊害

維月は、義心に護衛されて碧黎と共に月の宮へと到着した。

碧黎は、維月を抱いて輿から降りて、言った。

「維月は任せよ。義心、戻って維心に黄泉の道へ参れと申せ。今、十六夜と我はあちらで面倒が起こっておるので、そちらに居る。この我は本体だが、あちらに分身が居て十六夜と共に行動しておる。十六夜の気を探って参れと申すが良い。」

義心は、頭を下げた。

「は!」

そうして、輿を置いて単身急いで龍の宮へと戻って行った。

維月は、顔を上げた。

「え、十六夜はあちらに?」

碧黎は、頷いた。

「そもそも主が嘆いておるのに十六夜が何も言わぬのはおかしいであろう。あやつはあちこち見られぬからな。黄泉の道に居ったら尚更ぞ。」と、維月を床に下ろして、言った。「維月、命を繋ぐためには、我は分身を戻して意識を主だけに向けねばならぬ。だが、今はそれができぬ。あちらは面倒なことになっていて、恐らく椿は消されるだろう。天黎と天媛は、それを決めたようだが、今その弊害を我に話して聞かせてくれていた。」

維月は、涙を拭いて碧黎を見上げた。

「弊害でございますか?」

碧黎は、頷いた。

「その通りよ。椿は陽蘭であり我の片割れ。我はあれを遂に最後まで愛してはおらなんだが、そんなことは関係なく、片割れが完全に消失することで起こる精神的な衝撃のことを案じておるようよ。」 

維月は、首を傾げた。

「ですが…お父様はお母様が黄泉へ向かわれても全く平気であられましたのに。」

碧黎は、息をついた。

「そうではないのよ、維月、黄泉へ向かってもその命はそこにある。人や神とてそう。その体を失っても命は循環しておってそこに確かに存在する。が、あれはこれから完全に消失しようとしておる。存在しなくなるということぞ。」

存在しなくなる…。

維月は、碧黎の手を握った。

「お父様…それは、もしや孤独?」

碧黎は、頷いた。

「その通りよ。全くの独りとなる孤独。これまでとて、そうであったがその比ではないと天黎は申す。ゆえに躊躇ったと。我のためにすぐには消す決断が出来ず、だがもう手遅れな状態へと陥りそれしか方法はない。」

維月は、碧黎の手を握る手に力を込めた。

「私が居ります。私は月であり地の陰なのですから。」

碧黎は、苦笑した。

「だが、主は十六夜の対ぞ。理屈ではないのよ、命が感じることであるゆえ。」と、顔を上げた。「…維心が亀裂を開いた。分身では心もとないゆえ、我は行く。」

碧黎が維月から手を離すと、維月はまたその手を掴んで、言った。

「私がお側に居ります。」碧黎が維月を見ると、維月は続けた。「このひと月はお側を離れませぬ。対でなくとも愛しておれば、孤独など感じる暇はないでしょう。大丈夫です。」

今泣いておったくせに。

碧黎は思ったが、微笑んで維月を抱きしめた。

「…そうだの。片割れでなくとも関係ない。主が居る。生きて存在するのだ。ゆえに我は大丈夫よ。」

そうして、碧黎はその場から消えた。

維月は、もう自分の嘆きは吹き飛んでしまい、碧黎を案じてそこに立ち尽くしていたのだった。


維心は、戻った義心から碧黎の伝言を聞いて急いで亀裂を開いた。

そして、言われた通りに十六夜の気を探すと、それは間違いなく黄泉の道の中にあった。

黄泉の道では飛べない維心は、なるべく十六夜の近くに亀裂を移動させて、そうしてそちらへ向けて、足を踏み入れて歩いた。

すると、十六夜が上から言った。

「お、維心!来たか。」

見上げると、十六夜と碧黎が浮いてこちらを見下ろしている。

維心は、見上げて言った。

「碧黎は分かるが十六夜、主はここで飛べなんだのではないのか。」

十六夜は答えた。

「親父にやり方教えてもらった。多分お前も飛べるが、めっちゃ気を消費するから補充出来ねぇし、飛ぶ必要がある時だけにした方がいいぞ。」

碧黎が、頷いた。

「その通りよ。」と、フッとその碧黎が消えたかと思うと、また現れた。「維月は月の宮ぞ。問題ない。維心、椿は消滅する。天黎と天媛がそう決めた。」

十六夜が、割り込んだ。

「…本体の親父?」

碧黎は、頷く。

「そう。分身では心もとないゆえ。」

維心は、下から言った。

「そうか。それで椿はどこに?」

碧黎は、言った。

「あちら。」と、そちらへ足を向けた。「煽と観の気を読めば分かる。参れ、飛び方を教えよう。」

維心の頭に、その方法が流れ込んで来る。

案外に簡単な方法で、維心は黄泉の空間の中で、初めて浮き上がった。

十六夜が言っていた通り、確かにかなりの気を持って行かれる。

維心でも、危機感を覚えるほど気が消費されるので、恐らく普通の神ではやり方が分かっても飛ぶことは難しいだろう。

そうして、十六夜と碧黎について、椿が居る方向へと飛んで行った。


それは、黒く元は何であったかも分からないほどに形を崩した、見たこともないものだった。

足や腕はその黒い塊から何本も出ており、その胴らしき場所には苦悩に顔を歪める、知らない顔も貼りついてあった。

それを中心に煽と観が気を発して、その場から動かぬように防いでいる。

が、それはグイグイと押して、ジリジリ移動していた。

「…あれは、食われたものか。」

維心が言うと、碧黎は頷いた。

「椿が消滅したら、解放される。問題ない。」

死んでからまでこんな目に合っているのに、問題ないことはないだろう。

維心は思いながら、気の毒に思いながらそれを見ていた。

煽が言った。

「こら!呑気に話しておらずに何とかせぬか!我と観でも抑えるのが難しいのだ!しかもこやつ、他の力を取り込んでこちらを飲み込もうと気を放って来るゆえ、それを避けるのが難しいのよ!」

碧黎が、言った。

「案じずとも、番人はどのような命であっても黄泉の空間では他から傷つけられることはない。なぜなら、番人としての責務を負っておる命は、天黎達が守っておるからぞ。」と、空を見上げた。「天黎、とはいえそろそろ限界ぞ。やってくれ。」

天黎の声が、答えた。

《…良いのだな。恐らく感じた事の無い感覚が主を襲う。覚悟は良いか。》

維心が、え、と碧黎を見た。

「…もしや、片割れだからか。」

碧黎は、頷いた。

「覚悟はできておる。我は、どのみちこの地でただ一人ぞ。そう思うて生きて来た。片割れですら守るべき命であって、己はたった一人なのだと思うておった。あやつは片割れであるが、分かり合えることもなかったし、面倒でしかなかった。その時も、たった一人なのだと自覚しておった。ゆえ、命が孤独を感じ取ろうとも、今更大きな衝撃など受けるはずもない。我は対でなくとも、維月を愛している。あれが居れば、我は唯一の片割れを失おうとも関係ない。どうせ独りなのだ。案じてはおらぬ。」

維心は、それを聞いて言った。

「…確かに、命は独り。主ら片割れの居る命とは違い、我らは皆たった一人で生まれ、死ぬ。それは変えられない事実ぞ。碧黎は大丈夫だろう。そんな柔な命だとは思うておらぬ。」

天媛の声が、言った。

《…維心、あなた方は独りで生まれますが、親が傍に居て育てますでしょう。我らには、それがないのです。その初め、目覚めた最初から脇に居る片割れと共に、見えるもの、聴こえるもので己で判断して成長して行くよりない。誠に二人きりであるので、お互いに補い合って育つので、片割れは親であり兄弟であり、唯一の同じ命なのですよ。碧黎は維月と十六夜を今生育てましたが、本来はそんな事はしないもの。現に前世は十六夜は己で学び、片割れは地上に降りてそちらで学んでおりました。全くの孤独というのは、そういうことです。我らと、あなた方は違います。》

維心は、黙り込む。

碧黎は、言った。

「良い。我は問題ない。このままでは取り込まれた神達も哀れぞ。早う消すが良い。我に気遣う必要はない。」

天黎は、言った。

《ならばそのように。》

そう言った途端、目の前で蠢いていた黒い塊は、何の前触れもなくいきなりにグシュ、という嫌な音を立てた。

突然だったので、音にそちらを振り返った時には、もうその場には黒い塊は跡形もなかった。

そして、下には取り込まれていただろう、神達がバタバタと倒れて転がっていた。

煽が、息をついて手を下ろした。

「楽になったわ。なんとあっさり。」と、気を失っている者達を見下ろした。「こやつらの門は消えてしもうたから、個別に放り込んで行かねばならぬの。」

観が、息をついて頷いた。

「手伝うわ。我も早う黄泉を離れねば、紅蘭の腹の子は今空なのだぞ。一人でできるようになれとだから申したのに。」

煽は、観を睨んだ。

「こんな事態など主だって一人で対応できなんだくせに!」

維心が、言った。

「こら、争うでないわ。」と、観を見た。「まだ何の知らせもないが、紅蘭は身籠っておるのか。」

観は、頷いた。

「そうよ。まだあやつらは気付いておらぬが、我はそこへ行くと決めておる。まだよろしく頼むわ。」

維心は、頷いた。

「皆には言わぬが、転生前に災難だったの、観。気を付けて参るが良い。」

観は頷いて、さっさとあちこちに門を開き出した。

「そら、煽。我は手伝うだけぞ。主がやらねばならぬのに。そちらからさっさと門を開いて放り込んで行け。」

煽は、頷いて急いで一人一人顔を覗き込んでは門を開き出した。

観は、煽より手際よくさっさと一人一人放り込んでは、その門を閉じて行く。

相手は気を失ってはいたが、己の門の中へと入れば、誰かが迎えに来るだろう。

維心が息をついて手伝うべきか、と思っていると、後ろから十六夜の声が聴こえて来た。

「親父、大丈夫か?ちょっと顔色が悪いな。」

維心は、そうだった、碧黎だったと振り返ると、碧黎は確かに顔色が悪く真顔だった。

「…急に黄泉の最底辺に放り込まれたような心地がした。漆黒の闇の中、ただ一人立っておるような心地ぞ。そうでないのは、分かっているゆえ問題ない。」

とても問題ないという顔色ではない。

天黎の声が言った。

《戻って参れ。そこに居ると余計に精神に良うない。》言った途端に、フッと碧黎の姿が消えた。《維心、主は恐らく煽と観の手伝いをするために碧黎がここへ呼んだようだ。が、後は我がやる。主も帰れ、そこで飛んだゆえ思うたより気を多く失っておるぞ。》

維心は、言われてみると結構な量を失っていて、亀裂から細々と補充している気では、間に合っていないようだと気が付いた。

なので、亀裂の方へと踵を返した。

「では、我は行く。十六夜、維月と碧黎を頼んだぞ。」

十六夜は、頷いた。

「任せとけ。じゃあな。」

そうして、十六夜はその場から消えた。

維心も、急いで亀裂の方向へと走り、そのままそこへ飛び込んで現世へと戻って行ったのだった。

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