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対の命

義心は、一人で維月の輿を月の宮へと運んでいた。

綾がやっと居間へと出て来たと喜んだ翠明は、軍神達に命じて月の宮まで運ぶと言ってくれたのだが、維月が義心一人で充分だと固辞し、義心は維月の命じた通りに、輿に乗り込んだ維月を、輿ごと気で持ち上げて、月の宮へと飛んだ。

が、翠明の結界を離れてすぐ、輿の中からは維月の盛大な泣き声が聴こえて来た。

義心は、慌てて輿を止めて、中を窺った。

「…維月様?いかがなさいましたか?」

維月は、ブンブンと首を振った。

「良いの、我慢しておったから止まらないだけ。気にしないで。」

そうは言うが、気になって仕方がない。

普通、王族は声を立てて泣いたりしないのだ。

維月も、月の宮ではよく笑い、よく泣いたりしていたが、外でこんな感じなのはあまり見ない。

義心が戸惑っていると、フッと目の前に碧黎の人型が現れた。

「…月の宮までもたなんだか。」

碧黎が言うのに、義心は答えた。

「良いところへお越しになりました。維月様が先ほどから嘆いておられて。」

碧黎は、頷いた。

「良い、主はこのまま運べ。」と、碧黎は輿の中へと入りながら、言った。「維月?」

維月は、顔を上げて碧黎を見た。

そして、途端に飛びついて来た。

「お父様!」

碧黎は、慌てて維月を受け止めて、フッと肩で息をついて、その頭を撫でた。

「よう我慢したの。これで綾は立ち直る。主は友のために堪えたのだ。」

維月は、わんわん泣きながら、頷いた。

「嘘をつくのは、と思いましたの。でも、綾様のために。そうであったらと願っていた事を、申しました。本当は…今にも消滅させられてしまうやもしれぬのに…。」

碧黎は、維月を抱きしめた。

「分かっておる。主が、己も苦しいのに綾のために一番つらい嘘をついたこともの。そうでない事を知っておるのに、あり得たはずの、しかしなくなった未来を語るのはつらかったであろう。それで良いのよ。結局は綾には、椿という命が転生していても、消滅させられていても、もう気取ることはできぬ。要らぬ心労を掛ける必要はない。主は間違っておらぬ。」

維月は、頷いた。

「お父様…命を繋いでお父様の力を分けてくださいませ。」

碧黎は、驚いた顔をしたが、小声で言った。

「…維月。ここではならぬ。着いてからの。」

維月は頷いて、そのまま碧黎の胸で泣き続けた。

碧黎は、そんな維月を抱きしめながら、ため息をついて黄泉の様子を脳裏に窺っていたのだった。


いつもなら、維月が泣いていたら真っ先に来るはずの十六夜が来なかった。

その頃十六夜は、黄泉の道に居たのだ。

少し前、碧黎と共に黄泉の道で浮いて、下を門に向かって歩く者達を見守って、煽と観が椿を留めようと行く手を阻みながら対応しているのを見つめていた。

十六夜は今、自分が意識を向けているところしか意識に上らなかったが、碧黎は同時にあちこちに存在し、同時にあちこちで話す事ができた。

そんな碧黎が、足の下を見つめて、眉を寄せた。

「…まずいな。維月が綾に椿の転生のことを話しておる。」

十六夜は、驚いて碧黎を見た。

「え、あいつ眠るんじゃ。」

碧黎は、首を振った。

「既に黄泉に参った命のことであるゆえ、そこは問題ない。が、現状ぞ。これを話したら眠るだろう。維心のように黄泉へ参ったらこれを知る事ができる命になら、話しても問題はなかったが、綾にはならぬな。言うてはならぬと警告の気は送っておる。」と、しばらく黙った。「…そうか。そうしたか。」

十六夜は、イライラと言った。

「なんだよ、親父ばっか!維月は大丈夫か?」

碧黎は、息をついた。

「…恐らく大丈夫ではない。」と、黄泉の道の真っ暗な空を見上げた。「あやつは、己が望んでいた未来を綾に話しておる。椿は黄泉で、穏やかに反省して励んでおると。黄泉からこちらを見て案じてしまうので、これ以上嘆いてはならぬとな。」

十六夜は、同情したような顔をした。

「…だったら、あいつはつらいだろう。行ってやらにゃな。」

碧黎は、答えた。

「…維月の心が保たぬな。」と、十六夜を見た。「ここには我の分身を置く。引き続き見張っておれ。維月を月の宮へ連れて戻るわ。」

十六夜は、頷いた。

「頼んだ。」

すると、目の前に全く同じ碧黎が現れ、それを作った碧黎は消えた。

どうやら、本体はあっちでこれは分身らしい。

「…親父。」

すると、その碧黎は答えた。

「何ぞ。」

十六夜は、続けた。

「聞こう聞こうと思ってたんだけどよ、これが分身だろ?どんなシステムになってるんだ?個別に判断してる感じ?」

その碧黎は答えた。

「本体が分身を動かしておる。同じ能力を持つので、分身と言えどそこに存在しておるのと変わらぬ。今、本体は維月をなだめておるが、同じ頭の中で主に答えておる。つまり、頭は一つ、体が複数というわけよ。」と、少し黙ってから、続けた。「…とはいえ、命を繋ぐとなれば、本体のみしかできぬし、その間分身を使うことはできぬ。意識も一つに統一される。」

十六夜は、下を見張りながら、むっつりと言った。

「こんな時に、久しぶりに里帰りして来るからって命を繋ぐとか言わねぇだろうな。娯楽どころではないとか言ってたじゃねぇか。」

碧黎は、息をついた。

「分かっておるわ。維月が我の精神力を分けてほしいと、そう願うからぞ。激しく嘆いておって、なだめるにはそれしかないかと思うほどぞ。とはいえ、待てと申した。あやつはどうも、アレが我らにとり主らの婚姻と同じ意識だとは思うておらぬふしがある。恥ずかしげもなく申すから、戸惑うわ。」

要は、人世や神世で言えば、ベッドへ行こうと誘っているような感覚なのだ。

十六夜は、言った。

「悪い気はしねぇくせに。」と、下を見た。「あ、あいつふらふらしやがって。門はそっちじゃねぇのに、なんでみんなわざわざお袋が居る方向へ行こうとするんだよ。」

十六夜は、気を発してグイグイとその命を門の方向へと誘導する。

碧黎は、険しい顔で答えた。

「…あれが力を求めてそちらへ呼ぶからよ。煽と観が何とかその気を反らしておるが、もう数人が犠牲になっておる。」と、空を見た。「そろそろ決断せねばならぬぞ、天黎。」

天黎の声が、答えた。

《分かっておる。》

天媛の声が言った。

《吾子であるゆえ戸惑いましたが、しかしながらもう、記憶を消してどうにかなる段階は越えました。》

天黎は、言った。

《…碧黎、我らはもう、あやつを消すしかないと思うておる。が、主も分かっておろう。あれは主の対の命として生まれ、黄泉へ行ってもそれは変わらぬまま。主にも衝撃は来る。少なからず。》

天媛が、続けた。

《我らがすぐに決断できなんだのは、それゆえなのです。我と天黎でさえ、片割れが完全に消滅するとなるとかなりの影響を受けます。》

天黎は、言った。

《我らにはそれは分からなかったが、片割れが消滅した者達の話を聞いておるゆえ分かる。それを愛しているいないは関係ない。対であるゆえ、完全にその存在が消し去られる時、この世で全くの一つの命になってしまったと気取るのだ。そしてその孤独は、生半可なものではない。我らのような学びの進んだ命でも、一処に集まって慰め合い凌ぐほどの孤独ぞ。理屈ではないのだ。命が感じることであるからな。我らは、全く同じ命がない存在ぞ。ゆえに対で生まれ、ゆえにそれしか同じ命がない。それを失うということは、誠に全くの孤独になるということになるのだ。》

全くの孤独…。

十六夜は、隣りでそれを聞きながら、それがどんなものなのだろうと思った。

そして、不意に悟った。

維月を失った時の喪失が、それなのだ。

だが、どこかで生きていてさえくれたら良いと思う、この気持ち。

これがそうなのだろう。

天媛は、言った。

《…維月は十六夜の対の命でありまする。維月を失った時の喪失感、それは愛しているからというだけのもの。十六夜はもっと命の底から喪失感を味わうことになります。》

天媛がいきなりにそう言ったのは、碧黎の思考を読んだのだろう。

碧黎は、恐らく維月が居ると思ったのだ。

碧黎は、黙り込んだ。

それでも黄泉の空間は、時を刻んでいた。

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