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事後処理

鳥の宮での花見の席は、そうやって終わった。

あの後あちこちで皆具合を悪くしていて大変だったが、龍の宮から贈られた酒を皆で飲んで回復し、事なきを得た。

膨大な闇が生まれようとしていた、という理由であの突然の破邪の舞いを正当化したが、よく考えたら乱暴な話なのだ。

穏やかに過ごしていた他の宮の者達にとっては、青天の霹靂だっただろう。

維心自身、自分の力がヤバいことは知っていたので、力を絞った御蔭で北の大陸までは波及しなかったようだったが、北西は匡儀の宮には気の放流が押し寄せたらしい。

が、あちらは同族なので、驚いただけで被害は全く出なかったらしい。

誓心の宮は、幸いなことに気は飛んで来なかったようだった。

そんなわけで、とりあえずは降って湧いた大騒ぎは、終息した。 


翠明の宮では、密かに椿を墓所へと運び、葬儀の式もなくひっそりと送ったらしい。

翠明からしたら皇女が崩御したのだが、宮は喪に服することもなく、通常通りに回していた。

どうやら、なかった事にしたいようだった。

綾は、枯れ木のような椿の遺体を見て泣き崩れて、その後塞ぎ込んでいるらしい。

維月が送る文に返事は来るが、いつもの明るさは全くなかった。

維月は、文を下ろして、隣りの維心を見た。

「…維心様。」維心が、こちらを見る。維月は続けた。「綾様をこちらへお呼びしてよろしいでしょうか。奥に引きこもられて、鬱々とお過ごしなのは分かっておりましたが、御文にも覇気はなく。このままでは、綾様までまいってしまわれますわ。」

維心は、息をついた。

「…それは良いが、呼んでも来ぬのではないか。」

維月は、文にまた視線を落とした。

「…ですが、私はあちらへ参ってはいけませぬでしょう?身分柄他の宮に上がってはと、申しておられたのでは。」

維心は、答えた。

「…そこまで気になるのなら、忍びで参っても良いやも知れぬ。」維月が顔を上げると、維心は続けた。「公式に参ると仰々しいし、格下の宮に単独で足を運ぶのはと臣下も良い顔をせぬが、密かに参れば。義心に送らせよう。月の宮へ里帰りのついでに、立ち寄ったとしてはどうか。まあ、方向は全く違うが。」

月の宮は北東、南西の宮はその名の通り南西だ。

それでも、綾を見舞えるのは有り難い。

「…はい。ありがとうございます、維心様。ではそのように申して、綾様にお会いして参りますわ。すぐに御文を。」

維心は、頷いた。

「ならばそのように。月の宮にも、最近帰っておらぬしな。蒼のことも気に掛かる。このついでに見て来てやるが良い。」

維月は、前より格段に落ち着いた様子の維心に感謝して、頷いた。

「はい。またご報告いたします。」と、ハッとした。「…椿様のこと…父に聞いておりませぬが、綾様にお会いする前に、聞いておこうかと今、思いました。」

維心は、眉を上げた。

「椿のことを?…黄泉での様子か。」

維月は、頷いた。

「はい。どうなったのか案じてはおりましたが、もしや面倒なことにと思うと…聞けずにおりましたの。」

維心は、言った。

「ならばそうせよ。主の中でのわだかまりを消しておかねば、綾を励ます事もできまいし。」

維月は頷いて、宙を見た。

「お父様。」

すると、碧黎は答えた。

《…帰って来るのだの。待っておるぞ。》

やはり聞いていた。

維月は、言った。

「おわかりでしょう、お母様ですわ。あちらでどのようなご様子でしょうか。」

碧黎は、息をついた。

《…聞きとうないであろう。が、知りたいのだの?》

…やはり良くない様子なのか。

維月は、覚悟を決めて頷いた。

「…はい。聞いておかねばなりませぬ。」

碧黎は、言った。

《十六夜も渋々我に聞いておって知っておるが、主に言わぬのだから良い結果だとは思うまい。あれは、あちらでも狂うたままぞ。箔炎を道連れにできなんだことで漸を恨んで歪な命に変化してしもうた。ヘタに力のある命であったゆえ、天黎もどうしたものかと珍しく天媛と共に話し合っておるほど。何しろ箔炎を連れ戻すために、黄泉の門を拒否して現世へ戻ろうとしたゆえ、未だに黄泉の道を彷徨っておる。あれの門は消えた。そして、道へ来る者達の、脅威になりつつある。門へたどり着く前に、あやつに襲われて食われるからぞ。煽も、転生しようとしていた観すらそれどころではなく対応に駆けずり回っておる始末。他の神ならあっさり始末するところだが、あれは太古に天黎と天媛によって我と共に生み出された命。あやつらも簡単には消そうと思えぬようで、迷うておるのだ。》

維心が、横から言った。

「そのような…おちおち死んでおられぬのでないのか。皆簡単に門にたどり着けぬなど。」

碧黎は、答えた。

《その通りぞ。ゆえに転生させることはできぬが、転生時の浄化を強制的にかけて、頭の中を空にするかと思うておるが、それで大丈夫なのかも判断できぬ。現世で一度狂うた命も、黄泉へ渡れば正気に戻る。が、それがないあやつは、命の底から狂うておるのやもしれぬ。つまりは、記憶を消しても結局同じである可能性が高い。命そのものが一度狂うと、元へ戻るのは難しい。》

なんという執着か。

維心は、身震いした。

命の底から狂うほどに箔炎に執着していたなど、もし自分なら恐ろしいどころの騒ぎではない。

もちろん、維月がそこまで自分に執着してくれたなら、黄泉の道で喰らわれようと幸福でしかないが、箔炎は違うのだ。

…維月に喰らわれるのが幸福…。

維心は、己で思って苦笑した。

結局、そんなことを思う時点で自分も狂っているのかも知れない。

維心がそんなことを思っているとは知らず、維月は言った。

「…私が参って、話すわけには参りませぬか。」

碧黎は、答えた。

《無理ぞ。主が現世、龍王妃としてあやつに諭した時に、あれはその話を聞いたか。狂うておらぬ時でもそれなのに、狂うておる今聞くと思うか。もはや今は、人型すら崩れて怪しい形にまでなっており、話し合うなどという段階ではない。主はもう関わらぬ方が良い。天黎と天媛がなんとかしよる。それに任せよ。あれらは己の子であるから、最後まで責任は取ると申しておるゆえ。》

最後まで…。

維月は、結局消されてしまうのではないかと、胸が苦しくなった。

前世、母として側に居た陽蘭、今生友として接していた椿…。

愛されていると思っている時は、どちらも幸福そうで真っ当に生きていたのだ。

それが、相手の愛情を失うことで狂い、どちらの生もその終わりには回りを巻き込んで大変なことになってしまった。

陽蘭としての生を終える時、次はしっかりと神として学ぶのだと決心したはずだった。

明るくカラッとした調子で、これなら次は上手く行く、と維月も皆も思ったものだ。

それが、今回また同じ事になり、さらに悪い事になっている。

あの、新たな己を生きるという決意さえ、箔炎と密かに縁を繋いでいたがゆえだったのではないかと、疑うことすら頭に浮かぶ。

つまりは、結局は新しい生でも、箔炎への執着を捨てられなかった。

椿からしたら、もう愛してくれるのなら箔炎でなくとも良かったのかもしれない。

たまたま箔炎に出会い、愛された記憶が幸福で、それを忘れられずに前世今生を生きて来て、執着し、さらに悪い結末を迎えた。

…箔炎様と縁など繋いで来ず、駿様と破談にならなかったら、どうなっていたのだろう。

維月は、思った。

駿との婚姻は確かに初め幸福で、後にあんなことはあったが駿はまだ、椿を妃にと望んでいたのだ。

が、前世からの縁に従い、椿はたった一度のことで駿を見限り、箔炎へと嫁いだ。

あそこが、分かれ道の一つだったのかも知れない。

話すことすらできなくなっていたかつての母であり友に、維月は心の中で別れを告げるよりなかった。

自分にはもう、何もしてやれることはないのだ。

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