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治療

「…傷は塞がった。」維心は、息をついた。「我ができるのはここまでぞ。後は治癒の者に形をなんとかさせよ。」

漸からの、気の流出は止まっている。

皆が、安堵して手を下ろした。

代わりに治癒の者達がわらわらと漸に寄って行って、修復に取り掛かった。

「…良かった、漸は受けた瞬間に塞ぐための術を放っておったのだ。だが深く広い範囲であるから、追いつかぬで出血を止められなかった。だが少しでも留めたので、すんでのところで間に合ったの。」

炎嘉は、息をついた。

「前世の記憶があるゆえ、戦慣れしておったのが功を奏したの。だいたいは聞いたが、椿か?」

維心は、息をついた。

「その通りよ。翠明の結界を破るのに、かなりの気を消費しておったので、老いが加速して我が舞いを終えて駆け付けた時には、もう虫の息であった。体は枯れ木のようで、手を下さずでも時間の問題ぞ。それを悟った椿が、箔炎を道連れにしようと最後の気を放ち、それを庇った漸がこうなったのだ。」

炎嘉は、空を見た。

「…十六夜は何をしておったのよ。」

十六夜の声が答えた。

《…すまねえ、見えてはいたが、手出しできなかった。箔炎の命は、今はお前らの管轄だ。止めるのは、お前らにしかできなかったんでぇ。後が繋がらねぇなら別だが、もう箔蓮が居るだろう。だから手を出すなって言われてる。》

世の為でないと動けないからか。

皆が、顔を見合わせる。

つまりは漸も、柊が居る今、ヤバかったのだ。

炎嘉は、言った。

「それで…ということは、椿は逝ったのだの。」

維心は頷いた。

「逝った。それは三人で確認した。」と、ハッと翠明を見た。「そうだ主、何の指示も出さぬまま参ってしもうたの。今頃あのまま放置されておるだけよ。」

翠明が、頷いた。

「すまぬが我は、ゆえにもう戻る。」と、綾を見た。「綾、心細い想いをさせたの。参ろう、宮の後片付けがある。舞いの直撃を受けたゆえ、大層なことになっておる。」

綾は、頷いて翠明の手を取った。

「はい、王よ。」

綾は、椿の死を聞いても半信半疑なのか、その顔は無表情だ。

そこで、しわがれた声が言った。

「…我も帰るわ。」え、とそちらを見ると、漸が目を開いて起き上がろうとしていた。「急所は外したゆえ、維心が居ったら死なぬと思うた。もう何でもないわ。」

治癒の神達がおろおろとしている。

炎嘉が、慌てて言った。

「こら、まだ治療中ぞ!動くでないわ、やっと塞がったのに!」

漸は、フンと息をついた。

「別にもう死にそうにない。すぐに回復するわ。」

維心は、言った。

「やっとなんとかなったところぞ。今しばらく寝ておれ。それより、よう咄嗟にあそこまでやれたの。感心するわ。」

漸は、仕方なく横になって、答えた。

「…あの瞬間、ヤバいと思うた。維心は後ろ、箔炎は真正面。あのままでは箔炎は即死だと気取ったゆえ、ならば我がと思うたのよ。あやつは箔炎の心の臓を狙って放っておったからな。我なら外せると思うた。」

あの一瞬でそう判断できたのは、戦国を経験しているからだ。

漸の経験した戦国は、まだそれぞれが建国したばかりの混沌とした時代のもので、一瞬の油断が命取りなあの時なので、咄嗟に判断できたのだろう。

箔炎が、言った。

「漸、主は命の恩神ぞ。主の言うように、あのままなら我は即死で維心に迎えに来てもらっても間に合うか分からなかった。最悪黄泉の道で椿に妨害されていた可能性もあるしの。誠に感謝する。」

漸は、答えた。

「我があんな奴に負けるのが嫌だっただけぞ。己の事しか考えておらぬ。反吐が出るわ。思惑を挫く事ができてスッキリしたゆえ、主に感謝される筋合いはない。あれは我の心持ちのためぞ。」

漸は本気でそう言っているようだったが、箔炎は言った。

「それでもよ。感謝する。」

漸は、箔炎をじっと見たが、頷いた。

「…それで気が済むなら良いわ。」

多香子が、漸の横に寄ってきて膝をつき、言った。

「王。貫ぐらいはお連れくださいませ。単身向かわれるなど無謀であられまするぞ。」

漸は、むっつりと多香子を見た。

「うるさいぞ、多香子。結果的に死ななんだのだから良いではないか。それに主の王は我ではない。志心ぞ。」

多香子は、答えた。

「それでも我が血族に繋がる王なのでございますゆえ。死んだ姉に申し訳が立ちませぬ。」

漸は、顔をしかめた。

「母上に?」と、息をついた。「あれは我の事など放置しておったではないか。我を育てたのは父がつけた乳母ぞ。」

多香子は、言った。

「…いつか申し上げねばと思うておりましたが、今申します。王、姉の貴理子きりこは仕方なく離れておったのでございます。お生まれになった時、王の気が殊の外大きいと前王が喜び、姉には触れさせてはくれなかった。初めての子ゆえ、何度も会わせてほしいと申し上げましたが、接する事すら許しては頂けませんでした。ゆえにそんな王には愛想を尽かして別れ、他の男に通ったのですぞ。」

漸は、少し戸惑った顔をした。

「…だが、あやつは貫も伯も育てなんだではないか。」

多香子は、息をついた。

「同じ子であるのに、あの二人だけを己の手で育てるのは不公平だと思われたからです。」漸は、驚いた顔をする。多香子は続けた。「…最後まで、姉はあなた様を案じておりました。母を知らずに育つのに、あやつに普通の相手が見つかるのかと。愛情など分からぬのではないかと…病床でも、案じていたのはあなた様のことでした。最後には、我に吾子を頼むと言いおいて、黄泉へ向かったのです。誤解されたままではと、今申し上げました。お命を削るようなことは、金輪際なさらないように。」

皆は、黙ってそれを聞いている。

漸は、初めて聞いた事だったのか、呆然としていたが、横を向いた。

「…今更であるわ。母親のように申すでないわ。」

だが、もう身を起こそうとはせずに、おとなしく治癒の神に治療を受けている。

志心は、言った。

「…さて、我も帰る。夕凪が、舞いが終わってから取って返して来たが、うちも倒れた臣下が多ういる。恐らくあちこち大変だろう。」

維心は、言った。

「力を絞ったゆえ、大陸までは波及しておらぬとは思うが…とりあえず、我も帰ってすぐに、全ての宮に酒を送ることにする。具合の悪い者には、全員飲ませるが良い。それで回復する。」

炎嘉は、頷いた。

「うちは既にやっておる。が、追加で送ってくれたら助かる。」

維心は、頷いた。

「すぐにやらせよう。」と、義心を見た。「先に帰って鵬に指示を。」

義心は、頭を下げた。

「は!」

義心は、先に急いで飛び立って行った。

炎嘉が、言った。

「あやつは大したものよ。我が領地に事も無げに結界を張りおった。お陰でそう被害も出なんだからな。北のドラゴンの領地に張ったのを見ておるゆえ、できるのは知っておったが役に立つのう。」

維心は、苦笑した。

「まあ、あれはゆえに筆頭にしておるゆえ。」と、維月を見た。「維月、大丈夫か。帰るぞ、あちこち事後処理をせねばならぬ。いきなり舞った理由も知らせておかねば。迷惑を掛けておるゆえな。」

維月は、まだ青い顔をしていたが、頷いた。

「はい、維心様。」

維心は、頷いて言った。

「…宮へ帰るぞ!輿の準備をせよ!」

龍達がわらわらと到着口へと向かう中、他の宮の軍神達も、自分の王に命じられて帰る準備に飛び回っているのが見える。

もう、花見どころではなかったが、とりあえずの懸念が、また一つ消えたことになり、これ以上案じることはなくなった。

それでも維月は、黄泉の母が気になって仕方がなかった。

今頃、正気に戻ってどれほどに後悔しているのだろうかと思うからだ。

とはいえ、後悔していないかも知れず、それを父の碧黎に聞くのは、やめていた。

それでも、多香子のためにも黄泉の貴理子のためにも、漸が助かって良かったと、維月は心底思っていたのだった。

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