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事態

維月が王達の所へ到着すると、そこは軽く修羅場だった。

維月について来られたのは多香子と恵麻だけで、他は必死にまだかなり後ろをこちらへ向かっているのが見える。

維月が戻ったのを見て、何やら軍神達に指示を出していた炎嘉が振り返った。

「…維月か。気取ったか。」

維月は、頷いた。

「はい、維心様が翠明様と共に南西へ。何かございましたか。」

炎嘉は、頷いた。

「椿ぞ。維心はあちらで破邪の舞いを舞うと申してここを飛び立った。もう一刻の猶予もない状況ぞ。」

そんなことに…!

「…龍王刀も無理でありましたか。」

炎嘉は、頷く。

「あれが力を送って凌いでおったがもう限界だと碧黎に聞いてわかった。ゆえ、翠明に斬るのか舞うのか決めよと申して、翠明は舞う方を選んだのだ。ゆえに、あやつは力を絞るとは言っておったが、どうなるか分からぬからの。神世の他の宮に、急ぎ告示しておるところ。我らは百華を纏っておるゆえ問題ないが、他はまずい。あやつの力は必ずあちこち波及する。弱いものではないからの。」

維月は、浮き上がった。

「では、私もお側に。」

炎嘉は、慌てて維月の腕を掴んだ。

「ならぬ。維心には主を頼むと言われておる。主ら月の眷属は、あの力に鈍感なのは知っておるが、ここはこちらに居れ。何があるのか分からぬのだぞ。」

…でも、椿は前世母なのに…!

維月は、空を見上げた。

「十六夜!お母様は?!」

十六夜は答えた。

《オレが見てるから心配するな。まずいのは確かだ、嫌な感じが漂ってるからな。まあ親父が言うぐらいだからな。》

炎嘉が言う。

「とにかく維心と翠明だけは守れ、十六夜!あやつらが何かあることだけは避けねばならぬ!」

椿一人のことでこんなことに…!

維月が唇を噛み締めていると、じっと黙っていた、箔炎が言った。

「…維心と翠明だけ危ない橋を渡らせて、元凶の我がぬくぬくとしておるわけにはいかぬ。」と、浮き上がった。「参る。」

え、と維月は箔炎を見た。

「え、箔炎様?!」

炎嘉も、慌てて箔炎を見た。

「待て箔炎!主こそ一番危ない…、」

だが、箔炎は矢のような速さでその場から消えた。

「箔炎!」志心が、叫んだ。「あやつが一番近寄ってはならぬのではないのか!」

炎嘉は、頷いた。

「全く…ここを頼む、志心。行って来る。」

維月が、今度は炎嘉の腕を掴んだ。

「なりませぬ!炎嘉様こそこちらの王であられるのに!」

炎嘉は言った。

「友を見殺しにはできぬ!」

すると、じっと黙って落ち着いて座っていた、漸が言った。

「…しょうがない、我が参るわ。」え、と維月が振り返ると、漸は続けた。「うちには維心の気にやられて倒れるような、ヤワな臣下はおらぬゆえ、全く案じておらぬしの。そもそもこれまで自然現象だと皆気にも留めておらなんだ。そうであろう、多香子?」

多香子は、頷いた。

「は。具合は悪くなりましたが、穢れが落ちたと皆喜んでおったぐらいで。」

漸は、頷いた。

「行って参る。主らはせいぜい己の臣下を気遣っておれ。」

そうして、漸は飛び立って行った。

皆は、それをなんと言えば良いのかも分からず、見送ったのだった。


一方、維心は南西の宮に近付くにつれて、刀の苦悩を感じ取っていた。

刀からしたら、恐らく殺してしまった方が簡単なのだが、それが出来ずにただ抑え込んでいるのが、力だけを消耗して大変なのだろう。

維心は、飛びながら翠明に叫んだ。

「間に合わぬやも知れぬ!」と、手を上げた。「刀を戻す!主は椿の部屋の結界を強化せよ!」

翠明は、飛びながらどんどんと迫って来る自分の宮の方向へと手を伸ばした。


椿は、ジリジリと身を縛る力の隙を抜け出そうと身をよじり、痛みをものともせずに両腕を解放した。

そして、また新たに絡め取ろうとして来るその力を気力で弾き、上に見えている光へと少しずつ近付いていた。

そうして抗っていると、どうも拘束の力が弱くなって来ているように思う。

それが、己が痛みに慣れて鈍感になっているからなのか、それとも本当に拘束している力が弱まっているのか、判断はできなかった。

…箔炎様にお会いせねば。

椿の心の中は、それでいっぱいだった。

箔炎とは生きるも死ぬも共にと思って生きて来た。

今更に離れて行こうなど、散々にこちらを利用しておいて許されることではない。

妃としてしっかり宮を回し、他の宮との付き合いもこなし、しっかり励んでいたはずだ。

それを、愛想が尽きたとさっさと捨てるなど、箔炎にできるはずはない。

他の女神を迎えるなど、箔炎には考えられないはずだった。

箔炎には、自分しかいないのだ。

これは単に行き違いに過ぎないのだ…!

光が近くなって来る。

もうすぐ、ここから出て箔炎の下に迎えるはずだ…!

椿がその光へと手を伸ばした瞬間、不意に回りを囲んでいた拘束が途切れて、視界が開けたかと思うと、急に顔に衝撃が走った。

「…何…?」

回りを見ると、そこは南西の宮の自分の部屋の中で、自分が床に顔から倒れたのだと知った。

どうやら、自分はこの椅子に座っていたようだ。

…ここから出ないと…!

椿は、父の結界を破ろうと、内から力を放った。

もう、邪魔する力はなかった。


維心は、龍王刀から殺意を感じ取り、もう目の前に迫った南西の宮へと叫んだ。

「来い!こちらへ戻れ!」

すると、維心の手にあの、龍王刀が出現した。

龍王刀は、あれだけ光を放っていたのに今はくすんでいて、鉛のような印象だ。

が、維心の手に握られた瞬間、見る見る輝きを取り戻して行った。

「…暴れておるわ!」翠明が叫ぶ。「結界を破ろうとしておる!あやつの力はあんなに強くはなかったのに!」

二人は、南西の宮の上空に到着して浮いた。

気取った軍神が、わらわらと宮から出て来る。

維心が、叫んだ。

「すぐに外へ!全員を宮から出せ!誰一人残すでない、皆吹き飛ぶやも知れぬぞ!我が舞うまで油断はならぬ、翠明の結界が破られたら巻き込まれるぞ!」

軍神達は、冷や汗を流しながら手を宮へと翳して力を発している翠明を見て、事態を悟った。

軍神達は、踵を返した。

「は!」

そうして、急いで宮へと入って行った。

「…全員避難させるまでは持ちこたえさせよ。」と、手にあった龍王刀を消した。恐らく龍の宮へと帰したのだろう。維心は、宮の庭へと降りて行く。「庭で舞う。」

椿の部屋は、結界があるので分かる。

維心が庭へと降り立って胸から扇を取り出す中で、宮からは軍神達に追い立てられた、翠明の宮の神たちが雪崩を打って出て行っていた。

…一拍。

維心は、音がないので心の中で拍子を取った。

椿の部屋は奥寄りなので、その辺りに神はもういない。

本当は皆が宮から出てから舞いたかったが、翠明にはもう余裕がないようだ。

二拍、三拍。

維心は、足を横へと滑らせた。

それだけで、維心から激しい気の放流が放たれ、それは椿の部屋へと直撃コースを取って飛んだ。

が、あまりにも大きな気の放流なので、四方へ散る力を遮ることはできない。

維心は扇を高く上げて、横へと滑らせるように動かし、破邪の舞いは本格的に始まった。

「わああああ!!」

「きゃあああ!!」

宮の出入り口の方から、悲鳴が多数上がっているのが聴こえた。

侍女らしき者たちは重なり合うように倒れて、軍神達はそれをふらふらしながら何とか外へと運び出そうとしている。

が、それを気遣う余裕は、維心にも翠明にも全く無かった。

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