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薔薇の園

維月は、他の妃達と共に薔薇園に到着した。

炎嘉が言っていた通り、そこは初夏かというほど薔薇が咲き誇っている。

綾が、歓声を上げた。

「まあ…!鳥の宮の薔薇園とは、なんと美しいこと…!」

維月は、頷いた。

「こちらはその昔、前世の炎嘉様が妃達の退屈を紛らわせるためにとお作りになった場所で。誠にいつなり美しいのですの。」と、用意されてあるテーブルへと歩いた。「さあ、皆様こちらへ。」

多香子、綾、紅蘭、恵鈴、楓、恵麻、明日香、桜、楢の9人は、維月に倣ってテーブルへと歩く。

維月が上座へ座ると、皆も椅子へと座った。

維月は、言った。

「もう、ご挨拶はよろしいわ。皆で楽しみましょう。」と、紅蘭を見た。「時に紅蘭様、嫁がれてしばらくですが、もう慣れましたか。」

紅蘭は、頷いた。

「はい。駿様は大変にお気遣いくださるお優しいかたで、我も心安く務めることができておりまする。嫁ぐ前には、思うてもおらなんだほど穏やかな日々で。」

維月は、頷いた。

「それはようございました。」と、恵鈴を見た。「恵鈴様はいかが?」

恵鈴は、まだ緊張気味に答えた。

「はい、維月様。高彰様はいろいろとお気遣いくださるかたで…お仕えするのも無理のないように考えてくださって。感謝しておりまする。」

維月は、頷く。

が、駿と紅蘭は本当に上手くいってそうだったが、恵鈴の方はまだきごちない仲なのだろうな、と思わせる雰囲気があった。

とはいえ、維月は高彰の性質をよくは知らないので、何とも言えない。

とりあえず、当たり障りなく維月は答えた。

「…それはよろしかったですわ。これから皆で仲良く致しましょう。分からぬことがあれば、遠慮なくお聞きくださって良いのですよ。まだ若くして嫁がれたのですし。」

恵麻が言う。

「何分、まだ子供なところがあるので、案じておりまして。どうやら高彰様は、お年の割には大変に落ち着いたかたであられるようで…気が揉めますの。」

言われて、維月はハッとした。

言われてみたら、高彰には前世の記憶があるのだ。

それを知る者は、僅かだった。

「…高彰様は若くして王座につかれて宮はあれこれ訳ありでありましたし、自然何か悟られることもお有りなのだと思います。ここは、先神のことを踏まえて。お若いので焦られる心地もお有りでしょうが、逆にお若いのですから待つ事もお出来になります。ゆったりと王のペースに合わせておられるのがよろしいかと思いますよ。王もそれぞれですわ。情熱的な方もいらっしゃれば、炭火のような方もいらっしゃいます。合わせるのが、そのお心に近付ける近道であるかと。」

綾は、頷く。

「はい。女とは、結局穏やかな者が最後に勝つのでございます。それは、様々これまで見て参って我が悟りましたこと。そのようにお教えしておりましたのに…椿は、あのようなことになっておりますし。」

恵麻は、何度も頷いた。

「誠にその通りですわ。穏やかな者が最後に勝つのは、我らも身に沁みておりますこと。恵鈴、高彰様がお通いにならずとも、今は落ち着いて。無碍にされているわけではないのですから。」

やはり高彰はあまり通わないのね。

維月は、思った通りだったことに息をついた。

若い女神に、どうしたら良いのか分からないというのが、あちらの本音だろう。

恵鈴は、頷いた。

「はい。早く王の意識に追い付けるよう、落ち着いて務めたいと思います。」

恵鈴からは、そこまで悲壮な想いは伝わって来ないので、高彰を慕っているのに無視されている、と思っているわけではなさそうだ。

明日香が、言った。

「どちらにせよ、宮に妃として入られたのですから、妃のお務めさえこなしておれば、問題はありませぬわ。それよりも…ここのところいろいろございました。維斗様の妃であられた夕貴様、綾様の御娘の紡様…。案じておりましたの。」

維月は、やはりその話になるかと、答えた。

「…はい。あれは夫婦仲云々ではなく、お務めが。滞っておられて…我もそれを知りませんでした。というのも、維斗が密かに夕貴殿の務めを代わっておりましたので。それが、王の知れることになり、大変に激怒されて、王命で帰されてしまわれましたの。誠に残念なことでございます。」

明日香は、え、と扇で口元を押さえた。

「…まあ。お務めを…それは龍王様がお怒りになられても仕方がありませんわね。」

維月は、頷いた。

「我も庇いようがございませんでした。年末からこちら、そのような怠惰を大変に気にしておられた王のこと、取り成す方法も思い付かずで。」

綾は、頷く。

「やはりお務めは必ず果たさねばなりませぬ。他のことはその上でのことでございますから。」

紅蘭は、言った。

「…我も、気を緩めずに務めて参ろうと思いました。王は、無理をせずともとおっしゃってくださるのですが、甘えていてはなりませぬわね。」

多香子は、頷いた。

「宮の務めはそう、重いものではありませぬから。王がおっしゃる以上に気を付けておれば、自然臣下もついて参ります。己のやりやすい宮にするためにも、最初が肝心かと。」

多香子の話は説得力がある。

何しろ多香子は、軍神から白虎の宮の妃になって、今では志心もかなりの信頼を置いているようだったからだ。

綾は、言った。

「多香子様は常識も違う犬神の宮から入られて、大変なご努力をなさったのだと思いますわ。」と、ひと息ついてから、続けた。「…紡のことですが。」

皆が、ハッと綾を見る。

維月は、綾が何を言っても話を合わせようと聞き耳を立てた。

綾は、言った。

「誠にお恥ずかしい限りなのですが、月の宮へお誘い頂いてあちらへ上がり、蒼様には大変によくして頂いておるようでしたの。なので、我らは蒼様が紡をとお考えなのだと期待して、王はそれをもう、婚姻が成ったと勘違いを。告示してしもうてから、実はそうではなかったと聞かされました。あちらは皆様ご親切で、十六夜様とて紡をかわいがってくださっておったようで。十六夜様がそのようなことを考えるような、お命でないのは存じておりますし、蒼様とてそう。そんなわけで、先走ってしもうたことを、我ら後悔しておりますの。」

十六夜のことは、皆知っている。

いきなり出て来て姿を晒し、男が駄目なら女になろうと姿まで変えて皆と交流するような親しげな月だ。

恐らく蒼もそんな感じだろうし、勘違いするのもおかしくはない。

恵麻が、言った。

「まあ…でも、勘違いするのも仕方のない事ですわ。」

綾は、頷いた。

「はい。とはいえ紡自身はそんなつもりもなかったようで、婚姻などとは思うていなかった様子。何を言うておるのかと、そんな様で…我らの思惑など、知らぬのですわ。なので、我が王のメンツもあるだろうと、破談ということにしてくださいました。その実あちらには、そんなおつもりはなかったのですけれどね。」

そういうことにしたのか…。

維月は、思って聞いていた。

翠明は、紡を守るために、己が恥を被ることにしたのだ。

維月は、言った。

「…蒼が悪いのですわ。あの子はあの見た目でありますが、もうかなりの歳なのでございます。なので、皆子や孫の心地になるのでしょう。細やかに相手をしたり、世話をしたりするので、誰であっても誤解はなさるかと。此度のことであの子も反省し、今は月の宮に籠もっておりますの。十六夜とは違い、あの子は助けるためとはいえ杏奈様を娶っておるのだし、可能性があると思われるのは当然なのですわ。翠明様がお悪いのではありませぬ。」

皆が、納得したようにウンウンと頷く。

これで何とか場は凌げたかと思っていると、突然に宮の方が騒がしくなった。

「…何かあったのかしら。」

皆が宮の方を見るのに、維月はハッとした。

…維心様が飛び立って行かれる…?

「…王が。」維月は、立ち上がった。「我が王が何やら急いで南西の方角へ…。」

維月は言ってから、気付いた。

南西…翠明の宮。

もしや椿…?

「王もですわ!」綾が、空を見上げて言った。「翠明様も龍王様と共に遠ざかって行くのが感じられます!」

やっぱり椿だ…!

維月は、言った。

「あちらへ!」と、歩き出した。「王の方々の方へ戻ります!」

維月は、必死に裾をたくし上げて半分浮いた状態で進んだ。

いったい何があったの…!

気ばかりがせいて、飛べない妃という立場が恨めしかった。


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