鳥の宮へ
様々な懸念を孕みつつ、鳥の宮での花見の宴は開催された。
いつも通りの面々が、次々に鳥の宮へと到着して、最後は維心と維月の輿だった。
その大層な行列の真ん中、維心と維月の大きな輿が降り立った時、義心がサッと近付いて来て、輿の布を横へと避ける。
維心が、先に立ち上がって外へと足を踏み入れ、維月の手を取って外へと引っ張り出した。
相変わらず、重装備の維月の足元は、今回は普通の袴だった。
炎嘉が、むっつりと二人が降り立って来るのを待って、言った。
「…よう来たと言いたいが、待っておると長いのよ。別に我の宮へ来るぐらい、そんな大層にいろいろ持って来ぬでも良いではないか。何も持って来ぬでも、一通りここで揃うわ。」
まだまだ、後ろでは輿の軍団が降りて来ている。
維心は、答えた。
「しようがないだろうが、我が臣下は皆、我に龍以外が縫った着物を着せたがらぬのだ。それに、後ろのやつは主に持って参ったものぞ。それで、もう皆参っておるか?」
炎嘉は、頷いた。
「いつものことよ。皆もう到着しておる。蒼は来ておらぬがな。」と、維月を見た。「おお維月、それを着けて参ったか。」
維月は、ベールの中で扇を下ろして炎嘉に見せながら頷いた。
「はい、炎嘉様。大変に気に入っておりますの。維心様がこれに合わせた着物を龍達に織らせてくれまして。」
炎嘉は、満足げに頷いた。
「よう似合うておるわ。しかしこの万華…この紅玉の色を忠実に再現しておるなあ。深みがあって、どうなっておるのだこれは。」
炎嘉は、ジーッとベールの中を目を凝らして見ている。
維月は、裾のベールを少し上げて、直に生地が見えるようにして言った。
「このように。三重構造でありますの。実は一番裏は濃い茶で、次に金と朱、その上から紅で。深みを演出しておりますわ。」
炎嘉は、ふんふんとそれを見ながら頷く。
「ほほう、一番裏が茶と。そんな風には見えぬのに。この色は我らの目に大変に心地よく映るのだ。ゆえにその紅玉も、良い色だと特別にそんなものを作らせたのだしな。」
維月は、微笑んで言った。
「確かに炎嘉様にお似合いになりそうな色でございますものね。では、戻ったら同じ色の万華を、違う柄で織らせてみましょうか。此度のお礼にお贈りしたいですわ。」と、維心を見た。「よろしいでしょうか、維心様。」
維心は、頷いた。
「良い。確かに炎嘉の好みそうな色だものな。だが、こんな場所でベールをめくるでないぞ、維月。臣下も揃っておるのだからの。」
維月は、そうだった、と急いでベールを下ろして裾を隠した。
「申し訳ございませぬ。炎嘉様はお身内のような心地で、つい。」
炎嘉は、苦笑した。
「我も身内だと思うておったわ。そうだったの、親族でもないのに。段々に我ら、血も繋がらぬのに兄弟のような心地にならぬか?」
維心は、呆れたように苦笑しながら答えた。
「とっくにそう思うておったわ。でなければ我の宮に裏から参るなど許されるはずはあるまいが。」と、足を回廊へ向けた。「参るぞ、炎嘉。」
炎嘉は、慌てて言った。
「待て、維月は輿に。」と、維月を見た。「主は歩くのがつらかろうし。輿に乗るが良いぞ。」
維月は頷いて、華やかな輿へと乗った。
そうして、維心と炎嘉が並んで歩く後ろから、輿に乗せられてついて行ったのだった。
花見の席は、桜ばかりか他の春の花々が咲き誇る、大きな庭園の真ん中に設えられていた。
鳥の宮は洋風の造りになっているので、月の宮での花見のように、木々の下に毛氈を敷くのではなく、きちんと椅子とテーブルがある場所に、席は作られてあった。
そこに皆座っていたのだが、炎嘉と維心、維月の姿が見えた途端に立ち上がる。
維月は、維心に手伝われて輿から降り、そこからは歩いて向かった。
席へと近付くと、焔が言った。
「なんとの、維月よ美しいではないか。やはり主は紅が似合うか。とはいえ維心といつなり揃えておるのに、此度は炎嘉と揃っておってまるでそっちの妃のようよな。」
言われてみたらそうかもしれない。
維月は思ったが、維心が答えた。
「何を申す。維月は何でも似合うわ。我には紅はいまいちだったゆえ、此度は着てこなんだだけよ。同じ布で仕立てた我の着物もあるわ。」
そう、維心にも紅の着物は揃えで作られた。
なのに維心はそれに腕を通す事すらなく、着て来なかったのだ。
「あるならそれを我にくれ。」炎嘉が言った。「どうせ主は着ぬのだろうが。この維月の着物の万華の色合い、殊の外気に入ったと先程申したではないか。新たに織らせるまでもない、それで良いわ。」
維心は、炎嘉を見た。
「…仕方ないの。此度恐らく荷の中にあるだろうから、後で引き渡すわ。」
ますます維月が炎嘉の妃のようになるのに。
皆は思ったが、黙っていた。
維心達の席は上座になるので回り込まねばならず、維心に手を取られて皆の脇を通って向こう側へと歩くと、通り過ぎる時に、志心が言った。
「…お。これは…もしやうちの白檀の匂いか?」
維心と維月が並んで座り、維月の隣りに炎嘉が座ったところで、維心は答えた。
「そう。主が送って参ったそれで、我と維月で考えて合わせた香よ。うちの奥の梅やら香木を使っておるゆえ、また主とは違った様子であろう?」
志心は、頷いた。
「主の所の梅は年代物であるし、我の手に入るものでもないゆえ叶わぬが、それにしても良い心地よ。維月の手に掛かると艷やかになるし、そんな中に主の洗練された引き締まるような香りも混じって。どうにも惹かれてならぬ香り。」
維月は、やはり気付いてくれたと微笑んで答えた。
「志心様には貴重な物をお分け頂いたので、この度御礼に少し、この香をお持ちしておりますわ。またお楽しみくださいませ。」
志心は、それは嬉しげに微笑み返した。
「誠か。これは帰ってからの楽しみができたの。」
よし、これでもらった物をきちんと使ってますってアピールできた。
維月は、ホッとした。
大層な物をもらうと、それを大切にしていますと、見せねばならないのだ。
それは皆も同じようで、今日は皆龍の宮から出された百華の着物を下に重ねている。
本来、万華なら見える所にこれ見よがしに着るのだが、維心が百華を万華のなり損ないとか言うので、皆内に着るしかなかったらしい。
焔が、言った。
「我も、早速ようけもろうた百華で着物を仕立てさせたぞ。宮の中では普通に着ておるが、維心があんなことを申すから公には表に着て来れぬのよ。だが、これは内に重ねても良いだろう?」
確かに、襟や袖、裾に見え隠れする百華は、何やら贅沢に見えて美しい。
維心が、言った。
「何やら良いな、これ見よがしでないのが。我も万華をそのように着ようか。」
維月は、頷いた。
「何やら慎ましやかで大変に品のある着方でありますこと。百華も万華と、そう変わらぬほど美しいですし。」
焔は、胸を張った。
「であろう?こんなことを思いつくのは、我ぐらいかと思うておったのに、皆同じでがっかりしたわ。」
またその着方が流行りそうよね。
維月は、思っていた。
炎嘉が、笑った。
「新しい着方ができて良かったではないか。それより、先程から我が職人が、宮の中でかしましい。天下の龍王妃が己の会心の出来である細工物を身に着けておると、喜んでおるのが結界内に見える。よう使ってやってくれたらと思うぞ、維月。」
維月は、微笑んで頷いた。
「はい、炎嘉様。とても気に入りましてございますから。今年の流行りは紅になりそうですわね。」
そう、色にも流行りがあるのだ。
焔が、言った。
「となると鳥族の天下よな。紅関係は龍より鳥の方が長けておる。何しろ王がそちらを好み、またよう似合うゆえ。様々調合しておるから、紅だけでもかなりの違った種類の色に染め上げて来るのだ。龍が藍染めに長けておるのと同じぞ。」
確かにそうかも。
維月は、思った。
何しろ維心は藍から青までそちらの色を好むし、また良く似合う。
なので、龍の宮の青色関係の染めは、天下一だと言われていた。
それと同じく、鳥の宮では紅に長けているのだ。
…それぞれ得意なことがあって、面白いこと。
維月は、そう思いながら、それからも続く王の会話を聞いていたのだった。




