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見えているもの

鳥の宮の花見は、明日に迫っていた。

維月は、炎嘉に言って譲ってもらったあの、紅玉の簪、額飾り、頸連、耳飾りの一揃えを、その日に着けて行くことにして、着物はそれに合わせて維心が作らせた、万華の最新モデルにした。

そして、香は志心から譲られた香木を使い、維心と共に合わせた物を焚きしめる。

これで、花見の席での話題は提供できるだろう。

準備は万端と、維月が息をついていると、居間に維明と維斗が入って来て、頭を下げた。

「母上。」

維月は、二人を見た。

「あら、維明、維斗。戻ったのですか?」

維明が、顔を上げた。

「は。明日は花見に父上が出られると聞いて、こちらを守らねばと戻りました。父上はご政務でしょうか。」

維月は、頷く。

「本日は謁見が混んでおって、朝から謁見の間に詰めておられるわ。午後の会合から代わって差し上げたら、維心様もご負担がなくなるのではないかしら。」

維明は、頷いた。

「は。ではそのように。父上には、この度長く月の宮での滞在をお許し頂き、感謝しておりまする。」

維月は、微笑んで答えた。

「皇子らしいこともさせてやれておらぬとお思いであられたようで。楽しんだのなら良かったこと。」と、維斗を見た。「維斗も。父上は怒ってはおられないのよ。わざとあのように仰ったのだと後で申されておりました。あなたもお淋しくおなりでしょうが、気を取り直して。いつも通りになさるといいわ。」

維斗は、答えた。

「はい、母上。兄上より父上のご意向は聞いており、感謝しきりでありました。夕貴のことでございますが…母上には薄情と申されるやもしれませぬ。が、何やら安堵して。これまで、あれの務めを我が指示しておることで、母上を謀っておるのだと負い目もあり心が休まることもありませなんだ。それが、こうして父上に断じられたことで、救われた心地になったのです。なので、淋しいという心地もありませぬ。」

維月は、それを聞いて驚いた。

だとしたら、維斗はかなり長い間、内に苦悩を抱えていた事になるからだ。

「…気付かぬで。可哀想なことをしてしもうたと我の方が悔いる心地です。維斗、これよりは何かあったら、我や父上に言えずとも維明には相談するのですよ。維明なら、良いように考えてくれまする。わかりましたね。」

維斗は、頭を下げた。

「は!これよりは、必ず兄上にご相談致します。」

維明も、穏やかに維斗を見ている。

どうやら、月の宮でひと月遊んでいるうちに、少し兄弟の距離が近付いたようだった。

何しろ維明は、他の王族の中でもかなり維心に近い気を発し、そっくりな見た目で幼い頃より一目置いていて、維斗には近寄り難かっただろうからだ。

弓維の世話も維斗がしていて、維明はそういったことには携わる暇もなかった。

何しろ、次の龍王として、やることが多かったのだ。

維月は、頷いた。

「では、お下がりなさい。部屋に戻って、しばし休むとよろしいわ。」

二人はそれを聞いて頭を下げると、その場を辞して行った。

蒼のことを聞くことも出来たが、あれからずっと碧黎に仮想空間の中に籠められて、これらと接することもなかったはずだ。

なので敢えてそれは口にせず、維月は二人を見送ったのだった。


《…維月。》ふと、ルシウスの声がした。《あの、椿と申す神。》

維月は、顔を上げた。

「本日はどう?」

ルシウスは、答えた。

《昨日と変わらず。維心はなんと申しておる。最近あちこち見ておるゆえ、主らの話を聞いておらなんだ。》

維月は、毎日ルシウスに、椿の様子を知らせて欲しいと言ってあった。

なので知らせてくれるのだが、椿はほとんど無の状態で、部屋の中で呆然と座っているだけなのだと言う。

それこそ、その目がどこを見ているのかも分からないほど、ただ人形のようにそこにある。

それが、毎日のルシウスの報告だった。

最初は、目覚めてしばらく暴れて大騒ぎだったが、急に倒れて気を失うという様を繰り返し繰り返ししているうちに、遂に目が覚めてもただ、そこに座って動かない状態になった。

それが何故なのか、ルシウスには分からないのだという。

維月は、息をついた。

「…どうやら、維心様には龍王刀を通じて、あちらの様子がよう見えておられるようで。なので何かあればすぐに対応できるので、主は案ずるなとそればかり。詳しいことは、お聞かせくださっておらぬの。でも、維心様ならその椿様のご様子の、説明もお出来になるのかも。」

ルシウスは、言った。

《恐らくは。維心にしか説明はできぬだろうの。どうも、強く龍王刀の気配を感じて、我もあちらを深くまでは探ることができぬ。あの刀の影響力はかなりのものぞ。十六夜とは違い、切り裂くような鋭い浄化の力を感じておる。なので我は、龍王刀が包むあの部屋の外より中を伺うよりないのよ。スッパリと切り捨てられるような感じよな。十六夜は、真綿で締め付けていくような心地になるが。》

それはあちらは刀だから。

維月は思ったが、頷いた。

「では、維心様に詳しくお聞きしてみるわ。このままでは、廃神のような様で生きているのか分からぬものね。恐らく、花見の席ではそのお話にもなるだろうし…先にいくらか聞いておきたいと思うもの。」

ルシウスは、頷いたようだった。

《頼んだぞ。我も知りたいゆえの。黙って聞いておる。》

維月は頷いて、意識を空へと向けた。

月から見る南西の宮は、いつもと変わらぬ穏やかな様子だ。

椿は果たして、何か考えているのか、それとも神格を押さえ付けられて何も感じていないのか、外から見るには全く気取れてはいなかった。


椿は、真っ暗な中何かに縛り付けられて身動き取れない状態でいた。

動こうとすると、縛り付けているそれは身に鋭く切り込んで、鋭い痛みに悲鳴を上げる。

遙か遠くに光が見えるが、そこまで登るにはこの柵を解くよりほか、ないようだった。

…最初は、緩かった。

椿は、思った。

南西の島の自分の部屋で目が覚めた時、椿は一刻も早く箔炎の下へ戻ろうと窓へ向かったが、そこには翠明の結界があって外へ出られなかった。

そんなものぐらい、破壊できると力を放つと、周囲の調度は吹き飛び、結界だけが残った。

それでも力を放とうとすると、急に鋭い痛みを感じて、床へと倒れた。

意識だけはと必死に保とうとしている努力も虚しく、視界は段々に暗くなり、光が少し、遠くに見えるだけになる。

体には、何かに拘束されているような不快感があって、椿はそれを振り払い、そうするとまた、遠くの光が近くに迫って来て、視界が開けた。

床に倒れているのが分かった椿は、また起き上がって結界を破ろうと気を放った。

今度は着物すらボロボロになったが、また同じように鋭い痛みを感じて倒れる、と繰り返していた。 

倒れる度に、痛みは増し、光はどんどん遠くなり、遂には振り払うことができないほどに、強い力で拘束されるようになった。

そうして、気が付くと、今だった。

光は遠く、もう全く手が届かぬ位置にある。

そして、拘束は雁字搦めで、縛る力は強い上に身に鋭い痛みを常に与えて来る状態で、椿は抵抗する力を失っていた。

だが、まだ考えていた。

どうしたら、ここから出てそして父の拘束からも逃れて、箔炎の下へと戻れるのか…。

箔炎は、もう自分を見捨てたのかもしれない。

が、話もしていない状況で、そうですかと納得などできない。

もう一度話し合えば、必ず分かり合えるはずなのだ。

何しろ自分達は、きっと前世からの恋人であったはずなのだから。 

死ぬも生きるも共にと、同じ世に転生して来たはずなのに、それがあっさり崩れ去るなどあるはずがない。

椿は、考えた。

必ず方法があるはずだ。

暗い中で光を見上げて、椿はじっと考え続けていた。


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