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試験

「…そんなもの、別に良いのではないか?」箔炎が気にしていないように、サラリと言った。「龍が優秀なのは分かっておることだし、逆にそれに迫る成績を残したらその臣下は大事にせねばと分かるではないか。そもそも、龍の宮にあらゆる面倒な案件を持ち込んで処理させておいて、今更であるぞ。我らがこれまでそうして来たから、龍は優秀にならざるを得なかったのよ。ゆえに、我は気にしておらぬ。」

それはそうだが。

漸が、言った。

「うちはやめておく。というのも、まだこちらの常識を知ったばかりなのだ。いくらなんでも全臣下になど、哀れに思うわ。もちろん、筆頭の伯ならば良いところまで取るだろうが、もっと慣れてからにしたい。うちはもともとが競争の激しい宮であるから、皆任務を怠る事なく優秀だと自負しておるのだ。何しろ、すぐに抜かれるからの。」

確かに犬神は環境が違うので勝手が違うだろう。

炎嘉は、ため息をついた。

「…まあ…一度試してみるのも良い。箔炎が申すように、龍が優秀だから面倒を押し付けて来たというよりは、面倒を押し付けられるから優秀にならざるを得なかったというのが正しい。維心が王であるからな。こやつが優秀過ぎて、臣下もその名を穢すわけには行かぬで必死にやった結果なのだろうて。うちの臣下も、最上位の中での己の順位を知る良い機会ぞ。それを見たら、奮起するやも知れぬしな。案外に良い位置に参るやも知れぬ。」

志心は、息をついた。

「ならば、試してみるか。那佐はやめておくのか?」

渡は、答えた。

「うーん、迷うたが、とりあえずやってみる。次は分からぬが、腕試しをしたい奴も居るだろうしな。あまりうちに期待するなよ?まだ最上位に上がって時が経っておらぬのだからな。」

「皆、己の臣下のことしか頭にないわ。」

王達は笑ったが、維月は大変なことになった、と思っていた。

何しろ、ということはかなりの数の問題を印刷して送らねばならない。

漏れてはならないので、それは秘密裏に行う必要があり、となると参加しない宮に頼むしかない。

龍の宮で臣下がやると、筒抜けだからだ。

…月の宮には、確か印刷機があったな。

蒼は恐らく試験などしないだろうし、頼むならそこだ。

維月は、もう頭の中でそんな事を考えていたのだった。


王達はそんな話をして和やかにしていたが、後ろの妃達は黙ってそれを聞くばかりだった。

時々に多香子や綾と視線が合い、ニコリと笑うがそれだけで、まるで飾りの如く皆、座っているだけだ。

そんな中で、椿はひたすらにジーッと箔炎を見ており、そこから視線が動く様子はなかった。

なので他の妃と視線が合うはずもなく、綾も隣りで戸惑っているようだった。

箔炎はといえば、全くそんな椿に視線すら向けない。

維心が話しながらもチラチラとこちらへ視線を送るのとは、えらい違いだった。

もう何度目かの維心の視線がこちらに向いて、維月は毎回ニコリとしていたのを、縋るような視線に変えた。

すると途端に、維心は言った。

「維月?どうした、疲れたか。」

維月は、差し伸べられた維心の手を握った。

「王、我も友と語り合いたいと思います。場を変えてもよろしいでしょうか。」

維心は、その手を握り返した。

「それは良いが、また歩かねばならぬぞ。行きは途中から義心に運ばせたのだろう。帰りは歩けるのか?」

見ていたのね。

維月は思ったが、答えた。

「はい。また動けそうになくなりましたら、義心を呼びますわ。奥宮までは遠いので、内宮の応接間を使います。よろしいでしょうか。」

維心は、頷いた。

「良い。が、無理をするでない。」と、宙を見た。「…義心!」

すると、義心は外に居たのか今度は外から窓を通って急いでやって来た。

そして、維心の前に膝をついた。

「御前に。」

維心は、言った。

「維月を内宮の中応接間まで運べ。大丈夫だろうが、落とすでないぞ。」

義心は、頭を下げた。

「御意。」

そうして、維月が立ち上がる間も無く、義心は軽々と維月を抱き上げた。

「参ります。」

維月は、え、と慌てた。

「え、あの、皆様、失礼致します。妃の皆様、侍女がご案内致しますので!」

維月が急いでそう言う間にも、義心は維心の命に従って、サクサクと歩いて大広間を出て、回廊へ出てから一気に飛んで行くのが見えた。

「まあ。」綾は、急いで立ち上がった。「王、失礼致します。維月様をお待たせしてしまいますので。」

翠明は、言った。

「大丈夫か。主も運ばせようか。」

綾は、首を振った。

「我はこちらにお邪魔する時は、長距離を移動するのでかなり軽い着物にしておりますから。」と、隣りの椿をせっついた。「さあ、参りますよ。何を座っておるのですか。」

皆が、慌てて立ち上がる。

が、椿は言った。

「…せっかくの事ではありますが、我は王のお側に。」

箔炎は、チラと椿を見た。

「…行って参れ。主だけ残るなど、外聞が悪い。」

椿がついて来る理由にした文言だ。

「ですが王、妃とは王のお側に…」

しかし、維心がピシャリと言った。

「行け。」椿は、ビクリと肩を動かした。「我が正妃の茶会の席に参らぬと申すか。」

綾は、その迫力に怯えて声が出ない。

多香子が、進み出て言った。

「椿様、参りましょうぞ。妃とは宮のため、王のために行動するものではないのですか。王のご命令です。」

椿は、龍王に睨まれて箔炎に助けを求める視線を向けたが、箔炎はこちらを見ない。

なので仕方なく、急いで立ち上がった。

「さ、さあ椿…。」

綾は、椿を促して回廊へと向かう。

場は、一気にピリピリとした空気になってしまったのだった。


そんなことになっているとは露知らず、維月は義心に運ばれながら、言った。

「ごめんなさいね、義心。忙しいのにあちこちさせて。」

義心は、首を振った。

「これもお役目でございますので。とはいえ、洪が維月様にご負担が大き過ぎると申して、今宮の中の移動用にと、小さな輿を作らせるために職人の部屋へ参っております。ご不自由をおかけする事がなくなるのではないでしょうか。」

マジか。

維月は、それに思い当たらなかったのに驚いた。

そうだ、宮専用の輿があれば良いのだ。

「まあ。それは助かるわ。会合の宮が建ってから、移動距離が伸びて更に苦痛であったので。この間は十六夜に申して運んでもらったほどよ。でも、今の時間、月の宮は会合だから。最近、十六夜も出ているみたいで、邪魔ばかりしてはと思うてしもうて。」

義心は、中応接間に到着して、維月を下ろした。

「そのようにお気を遣う必要もなくなりましょう。ご安堵くださいませ。」と、応接間の扉を開いた。「すぐに侍女が追い付いて参ります。どうぞ中へ。」

維月は、頷いた。

「ありがとう。皆様にはゆっくり来てくださったら良いとお伝えして。」

義心は、頭を下げた。

「は!では御前失礼致します。」

義心は、維月に頭を下げると、その場からサッと飛び立って行った。

…洪が戻ってくれて、本当に良かったわ。

維月は、その宮中専用の輿というのが出来上がってくるのを、心待ちにしていた。

とはいえ、何事にも凝る職人達なので、納得できる物が仕上がらないと、きっと維月の前には持って来ないだろう。

維月はため息をつくと、一人で応接間の中へと入り、上座に腰を下ろして、皆が到着するのを待つ事にしたのだった。

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