回廊にて
奥宮から頑張って歩いていた維月だったが、やはり衣装の重さは半端なく、綾と多香子がスイスイと歩いて行くのが恨めしい。
何しろ万華は確かに華やかだが、二重構造なのでその分どうしても重くなるのだ。
維月は、ふと足を止めた。
「…少しお待ちを。」なんだろう、と二人と侍女達が足を止めると、維月は言った。「義心!」
すると、どこからともなくすぐに義心がやって来て、維月の前に膝をついた。
「御前に。」
維月は、義心に訴えた。
「衣装が重いの。会合の宮大広間の前まで運んでくれないかしら。」
綾と多香子は、驚いた顔をする。
義心は、一瞬躊躇ったが、また頭を下げた。
「御意。」
そして、立ち上がって維月を慣れたように抱き上げた。
「では、参ります。」
維月は、頷いて義心の首にしっかり掴まった。
「頼みましたよ。」
義心は、サクサクと歩いて行く。
綾は、言った。
「ま、まあ。龍王妃様のお衣装が重いのは、我らも知るところでありますが、この広い宮の中で…確かに奥から会合の宮までなど、とても遠いですわね。」
維月は、頷いた。
「直線距離でも1キロメートルはあるのです。」綾が首を傾げるのに、維月は続けた。「いえ、人の単位なのですけど。我の足ではこの衣装で、小一時間も掛かりますの。王は10分ほどで歩いてしまわれるのですけれどね。」
多香子が、言った。
「確かに龍の宮は大変に大きく広いので、それぐらいは掛かりますわね。飛んで移動できたらよろしいのですけれど。」
維月は、頷いた。
「誠に。」
義心でも、あの地点からならほんの数分で歩くのだが、妃達に合わせるのでいつもより時間が掛かってしまう。
会合の宮へ続く大回廊へ入ると、遥か向こうに妃達の集団が見えた。
「あら。」維月は言った。「あれは、他の妃の皆様では?」
綾は、頷いた。
「本当に。あ、こちらに気付いたようです。」
向こうでは、皆が気付いて維月達が近付いて来るのを、立ち止まって待っている。
三人と義心がやっとその前まで到着した時には、見えてからもう数分経っていた。
「ご苦労でしたね、義心。」
義心は、維月を慎重に下ろした。
「は。」
維月は、言った。
「下がってよろしいわ。ありがとう。」
義心は、頭を下げてサッとその場を離れて行った。
「皆様、ごきげんよう。途中で歩くのに疲れて、ここまで運ばせていましたの。」
明日香が言った。
「無理もありませぬわ。本日も大層なお衣装で。」
維月は、足を進めた。
「お待たせしました。では、参りましょう。その扉を入れば会合の宮、奥が大広間ですわ。」
言いながら、それもまた距離があるよなあと維月は滅入りそうだ。
しかし、あと少しなので、頑張って歩いて行ったのだった。
義心がそんな維月を隠れて見送って、ホッと安堵していると、誠が言った。
「義心。」ハッと振り返ると、誠は続けた。「…主はまだ維月様を?」
義心は、息をついた。
「洪か。まあ、我は前世今生とあの方以外は想うたことはない。とはいえ、今は命じられなければ近付いたりせぬよ。して?何故にこんなところに居るのよ。」
誠は、頷いた。
「常日頃思うておったが、王妃様への負担が重すぎるのだ。会合の宮ができて、宮は更に大きくなり、此度のように奥からお出ましになるときには、かなりの距離をあの装備で歩かれねばならぬ。王がご一緒ならば良いが、そうでないとこのような事にもなる。ゆえ、宮内に輿を入れてはどうかの。」
義心は、眉を上げた。
「輿を?大層にならぬか。」
誠は、言った。
「ゆえに、極々小さな屋根のないものぞ。それは宮中専用のものとして運用するのだ。」と、踵を返した。「細工の龍に命じて参る。試験的に運用してみて、王妃様のご負担がなくなるようならこれよりの事はない。変わらぬのならやめたら良いだけのことよ。行って参る。」
義心は、頷いた。
「ならばそのように。洪、主は戻ってよう動いておるな。休みは取っておるのか。今は王は月に4回必ず休めと言われておるのに、それでは年末まとめて休む事になるぞ。忙しいのに。」
誠は、フンと息を吐いた。
「主こそいつ休んでおる。今は休む時ではないわ。ではの。」
そして、そこを離れて行った。
…若くなった分、対応が速くなってあれでは皆、全く敵わぬだろうの。
義心は、その背を見送りながら、そう思って心強く感じていたのだった。
やっとのことで大広間の前に到着すると、扉の前の侍従が頭を下げた。
「王妃様。」
維月は、頷いた。
「扉を開きなさい。」
侍従達は、頷いて言った。
「王妃様、ご到着です。」
そして、扉を開いた。
維月は、扇で顔の大半を隠して扉が開き切るのを待ち、その間にチラと椿を見る。
椿は、硬い表情のまま、黙って斜め後ろに控えていた。
維月は皆の視線を受けながら、しずしずと進んで壇上へと向かった。
侍女達が、一生懸命回りを囲んで着物の裾を持ち上げてくれている。
やっとのことで壇上へと到着すると、侍女達は着物を下ろして裾を整え、維月はそれを待ってから維心に頭を下げた。
「王。お待たせ致しました。」
維心は、頷いて手を差し出した。
「待っておった。これへ。」
再び侍女達は裾を持ち上げる。
維月は、またそれを待って、維心の下へとやっとのことで到着した。
「…正月よりはマシであるがまた、重そうな。」炎嘉が言う。「このぶら下がっているのは龍王の石か?こんな簪のぶら下がりにも付けるのか。あちこち重いではないか。」
炎嘉は隣りになるので、維月のベールの中の簪を、手の平で持ち上げるようにして言う。
維月は、答えた。
「それはそうでもありませぬの。それより、万華ですわ。二重構造なので、どうしても重くなりまして。それでも、軽くしようとしてくれておるのですが。」
炎嘉は、ハハァ、と袖を見た。
「確かになあ。主は重ねておる中まで万華なのだろう。それなら重いわ。」と、下を見た。「袴も万華ではないか。」
維月は、頷いた。
「はい。なのでここまで大変難儀してしもうて。」
維心が、反対側から言った。
「こら、そのように。近いぞ、炎嘉。皆の目もあるのだから、少し離れよ。」
炎嘉は、維心を睨んだ。
「うるさいの。もう身内みたいなものであるわ。別に肩を抱いたりしているわけでもあるまいに。」
隣りといって、少し妃の席は後ろに下がるので、肩を抱くなど姿勢の問題でできない。
維心は、息をついた。
「まあ、身内と言うたらそうやもの。」とあっさり退いた。「それで、宮の話であったか。」
焔が、言った。
「そうそう、何やら体制を変えると。それを聞きたいと思うておったのよ。」
宮の事を話していたのね。
維月は、思った。
今回は序列順と言って、維心を真ん中に両側に炎嘉、志心、そして炎嘉の隣りに箔炎、焔、翠明、塔矢、公明、樹伊で、志心の隣りに漸、駿、高彰、渡、仁弥と並んでいた。
つまり後ろでは、維月は多香子と、一つ開けて椿と隣り合わせになっている。
今日は王達との距離が近いので、隣りと言ってもほぼ王の背が挟まる形になっているので、話そうにも妃だけで話すのは、無理そうな配置だった。
王と妃を完全に分けている時ならば、もっと後ろに下がるので、妃だけで集まって話す事も可能なのだが、これでは無理だった。
…でも、逆に良いのかもしれないわね。
維月は、思っていた。
椿の愚痴を聞く事もなく、綾が気を揉んで諌める声を聞く事もなく、黙っていられるので面倒がなくて良いのだ。
そんな維月の思惑を知らず、維心が言った。
「そう。こちらでも今朝、維明に告示させたばかりでな。臣下達に、試験を受けさせるのだ。それを序列の判断材料の一つにする。軍神達と違い、文官達には明確な基準がないゆえ、これまで妬みなどが生じて面倒なことになっておったりしたが、試験の点数という物が数字でハッキリと出ると、誰も文句は言えまい。ゆえ、そのように。維月が、人は試験を受けると申すから、一度やってみるかということになったのだ。」
志心が、感心したように言った。
「それは良い考えぞ。こちらでも文官同士の軋轢やらが問題になっておって、優秀でも気質がおとなしいと損をしておるのが分かるゆえな。そうやって順が出れば、誰も文句は言えまい。己が点数を取れぬのが悪いとなる。うちもやろうかの。」
炎嘉は、頷いた。
「うちも良い考えだと思うた。早速に戻ったら、炎月に問題を考えさせるか。しかしあやつが上手くやるかの。維明が作った問題とやらを、見せてもらえぬか。」
維心は、答えた。
「弥生にやるゆえ、その後なら良いぞ。問題が流出すると、試験の意味が無うなるからの。それとも、主らも同じ問題で弥生にやるか?同じ日にやれば、流出の心配も無かろう。」
焔が、言った。
「やる!弥生にやるぞ!今から帰って問題を考えてなど、手間ではないか。物は試しぞ。同じ日にやる!」
箔炎も、頷いた。
「うちも。同じ日にやろうぞ。いっそ最上位は軒並み同じ日に一斉にやればどうか?」
渡が、驚いた顔をした。
「え、うちも?!」
仁弥が、言った。
「最上位ならば主もだろうが。問題は作ってくれると申しておるのだ、受けさせてはどうか。」
渡は、むっつりと言った。
「別に我は良いが…龍の臣下と同じ問題を解けなど、あまりにも理不尽かと思うただけよ。考えてもみよ、龍の宮と我が宮では政務の質と量が違うわ。そこまで優秀でなくとも、筆頭は務まる。が、同じ問題か?」
言われてみたらそうか。
焔は、維心を見た。
「よう考えたらそうよ。維心、それはどんな内容ぞ。この宮専用とかではないよの?」
維心は、答えた。
「まあ、一般的に知っておかねばならぬことから、重要な案件に必要な意識まで、あらゆる事がある。ここでは必要だが、他の宮でどうかなど我には分からぬ。」
炎嘉が、むっつりと言った。
「…同じ問題だと、己の筆頭が最上位の中でどの位置なのか、ハッキリと分かるのではないのか。宮どころか、最上位全体での順位までわかる事になるのでは。」
つまりは、その宮の優秀さがひと目で分かる事になる。
逆に、物を知らなかったらそれも分かってしまうことになるのだ。
皆が黙り込んで、どうしたものかと考えているのが分かった。




