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白龍の宮

筆頭重臣の、伏師(ふし)が必死に息せき切って居間へと駆け込んで来た。

「お、王!大変でございます!」

匡儀は、黎貴と共に政務の話をしていたのだが、呆れたように伏師を見た。

「こら。もう歳なのだから走るでないわ。何ぞ、何ぞあったか。」

伏師は、滑り込むように膝をついて匡儀の前へと行き、その手に握り締めた書状を必死に差し出した。

「青龍の宮から!夕貴様を迎えに参れと…!!」

「なに?」

匡儀は、わけが分からず怪訝な顔でその書状を手にした。

迎えに来いというのは、単に里帰りという事もあるし、もっと深刻になると離縁となって連れ帰れということもある。

が、そもそもが維斗との仲も悪いとは聞いていないし、穏やかに過ごしているようだったのだ。

なので、最近戻っていなかったので、里帰りかと思ったが、それならどうしてこのように伏師は慌てているのだ。

匡儀は、思いながら書状に視線を落とした。

「…なに?」匡儀は、書状に顔を近づけた。「夕貴が…あやつ維心を怒らせたのか!」

伏師は、何度も頷いた。

「はい!我はもう、仰天してしもうて…離縁となると、相当にあちらは怒っていらっしゃるご様子!どう致しましょう…書状を持って来た帝羽という軍神によりますと、すぐに迎えに参れと、あちらは烈火の如く怒っていらっしゃるとのことでございます!」

匡儀は、伏師を見た。

「その帝羽をこれへ!詳しい話を聞く!」

伏師は、頷いた。

「は!」

そうして、転がるように出て行った。

匡儀は、また面倒な事になった、と、大きなため息をついたのだった。


呼ばれた帝羽は、匡儀の前へと進み出て頭を下げた。

「匡儀様。お呼びにより参上いたしました。」

匡儀は、頷いた。

「維心が怒っておるそうな。夕貴はそれほどに何もせなんだのか。」

帝羽は、答えた。

「は…。あちらでは、内宮の僅かな業務を王妃様より振り分けられ、それをこなしていらっしゃるようだったのですが、実際は維斗様が指示をしていらしたとか。この度、維斗様が月の宮へと王の命でお出かけになり、内宮の業務が滞ってそれが発覚した形です。王は、夕貴様を呼び出されてなぜに務めを果たさなかったのかと問われたのですが、その答えに納得されず、匡儀様にお返しするという事を宣告なされました。」

匡儀は、息をついた。

「あれは、なんと弁明したのだ。主は知っておるか?」

帝羽は、答えた。

「は…。我が聞いたところによりますると、お子を亡くしたことがお心に重く、時に臥せっておったゆえとお答えになられたようでございます。」

匡儀は、それを聞いて盛大にため息をついた。

あの維心相手に。

「何と子供騙しなことを。怒った維心にそんな言い訳が通用するわけはあるまい。我なら馬鹿にするなと斬って捨てたやもしれぬわ。そも、前に我があちらへ招かれた時には、楽し気に皆と合奏して聞かせてくれたではないか。今さらに何を申しておるのよあやつは。そんなに愚かであったか?」

じっと黙って聞いていた、黎貴が息をついて答えた。

「…特別に愚かではありませなんだが、しかし賢しくもありませなんだ。こちらへ弓維を娶ってあまりにも何事にもそつがないゆえ、夕貴があちらで無事に務められておるのかと案じたほどでありましたが、やはり無理でありましたか。第二皇子の妃ならばと、期待しておったのですが。」

匡儀は、頭を抱えた。

「…仕方がない。あやつを赤子の頃から育ててやれなんだのは我の責。とはいえ、双子の黎貴はこのようによう出来ておるのに、あやつがそのようなのはあやつの責ぞ。維心には詫びの書状を我が書く。それを持たせて迎えの輿を送れ。それから、維心に何か品を。そうだの…珍しい石が出たと申しておったよな。あれを共に送れ。」

伏師は、項垂れるように頭を下げた。

「は…。誠に、残念なことでございます。」

伏師は、帝羽に気遣われながら、トボトボとそこを出て行った。

匡儀は、その二人を見送りながら、言った。

「…せっかくの良縁であったのに。黎貴よ、主は弓維を大切にするのだぞ。あちらで躾けられておるゆえ、大変にようできた妃よ。あれならば、主が王座に座った後、龍王妃として遜色ない。主は間違っておらなんだ。妃と申すもの、難しいものよ。我とて、それで娶っておらぬのだしな。」

黎貴は、神妙な顔をした。

「は…。」

ただ、自分は弓維の美しさと淑やかさに惹かれただけなのだが。

黎貴は、内心思っていた。

龍王妃として相応しいとか、そんなものは後からついて来たものだった。

それにしても、いつかはやらかすかもしれない、と思っていた撥ねっ返りの夕貴だったが、まさか離縁されて戻って来るとは思わなかった…。

それも、維斗本神からの申し出ではなく、宮の責任者である王の維心からの通告なのだ。

黎貴は、ため息をついた。

「…父上におかれましては、何やら落ち着いていらっしゃいますな。もっと激怒されるやもと思いました。」

匡儀は、深いため息をついた。

「こちらも大概厳しくしておるつもりだが、あちらはもっと厳格ぞ。己が甘いかと思うほどにの。それを、我の皇女とはいえ成人近くまで放って置いた夕貴が、付け焼き刃の行儀習いだけであちらでやって行けるものかと案じてはおった。維斗がよう面倒を見てくれておったゆえ、とりあえずはなんとかなっておったようだが、一日留守にした程度でボロが出るようでは、無理があったのだろう。少しは学んでおるかと思うておったのに…困ったものよ。こうなったのも道理であるし、維心が申すのは理解できる。これ以上迷惑は掛けられぬし、返すと言うなら受け入れるまでよ。こちら以上にあちらは宮と宮が近いゆえ、少しの汚点もならぬのだ。維心の心地は、分かるつもりよ。」と、匡儀は侍女が捧げ持つ硯から、筆を取った。「維心に書状を書く。伏師が準備した品と共に、帝羽に持たせるが良い。」

黎貴は、頭を下げた。

「は。」

そうして、匡儀が考えながら筆を走らせるのを見守った。

黎貴は、弓維がよくこちらで励んでくれているなと、改めて大切にしようと思ったのだった。


弓維が、驚いた顔をした。

「え、お父様が…?」

激怒されたと言うの。

弓維は、ふるふると震えた。

あの父は、見ている分には美しく凛々しく、己の父親ながら幼い頃より見惚れていたものだったが、一旦怒り出すと正に祟り神のような恐ろしい様で、弓維は立っているのもままならないほど圧力を感じたものだった。 

それを唯一なだめられる母ですら、今回のことでは叱責されたと言うのだから、その怒りの凄まじさは見て取れる。

…お父様に逆らうなど、なんと恐ろしいことを…。

弓維は、黎貴を前に涙目になった。

黎貴は、慌てて言った。

「主が案じることではないのだ。あちらも、穏便に里へ返して手打ちにしてくださるようで、維斗とて月の宮でしばらく謹慎せよと命じられたのだとか。何も斬って捨てられたわけではないゆえな。」

弓維は、頷いた。

「はい…。ですが、夕貴殿には何故にそのような。お父様は絶対と教えられて育ちましたので、逆らうなどとは考えた事もありませなんだ。お父様は、大変に厳しい方です。お母様は少しぐらいなら見逃してもくださるのですが、お父様は…。甘えるなと、我とて叱責された事がございますの。我も、子を亡くした事がありましたので…。」

黎貴は、頷いた。

「わかっておる。が、夕貴の場合は長過ぎたし、宴に出たり、もう普段は気にしておらぬようだったのに、務めを怠ったのはそのせいだと申したのが悪かったのだ。ただの言い訳でしかないのが透けておる。それより、己の怠惰を心より謝罪した方が、幾らか聞いて頂けたのではないかと思う。そも、維斗が維心殿の命で月の宮の業務を手伝いに参るのを、行くなと引き止めておったのは良うないしな。それを見逃してもろうて、直後にその体たらくでは、堪忍袋の尾が切れたのだろう。」

弓維は、頷いた。

宮の業務よりも、弓維からしたらそれが信じられなかったのだ。

父に逆らうということの、重大さを夕貴は理解していなかったのだろうか。

どちらにせよ、夕貴はここへ帰って来る。

弓維は、同じく叱責されたという母の事を案じて、久方ぶりに文を書いたのだった。


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