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務め

維斗の対は、奥宮の隣りにある維明の対と隣り合っている場所にあり、内宮にほど近い。

なので、内宮の簡単な業務は夕貴に振り分けるようにしていた。

わざと奥宮から行かずに、一度内宮へ出てその様子を見ながら維斗の対へと向かった維月だったが、確かに花瓶の花は変えられておらず、臣下の動きも鈍い。

とりあえず掃除だと、皆が皆掃除に勤しんでいて不自然だ。

つまりは、指示が来ないので何をすれば良いのか、勝手に進めるわけにも行かずに困っているのだ。

…維心様も、これを見ながら会合の間へ入られたはず。

維月は、思った。

何しろ、内宮には政務関係の業務を執り行う場所が集中していて、会合の間もここにあるからだった。

維月が足を進めて維斗の対の前へと到着すると、夕貴の侍女が慌てて出て来るところだった。

「あ!」侍女は、慌てて頭を下げた。「申し訳ありませぬ!急いでおり回りが見えておらず…。」

恐らく、早紀が奥から先回りして、夕貴の侍女に維月の指示を伝えたのだろう。

維月は、首を振った。

「良いのよ、花の事でしょう。その他の事も、とりあえず我に聞きに参りなさい。これから他の侍女達に、指示しておきます。あなたは、そのまま花の指示を。宮を乱したままではなりませぬ。」

侍女は、頭を下げ直した。

「はい!」

そうして、急いでその場を離れて行った。

維月は、維斗の対へと入り、そこで困ってウロウロする夕貴の侍女と維斗の侍女に、内宮の他の事の指示をさっさと済ませて、その後夕貴の部屋へと向かった。


夕貴の部屋の前では、侍女達が困ったようにボソボソと話して立っていた。

「舞?奈美、夕貴殿は?」

名を呼ばれてハッとこちらを見た二人は、維月だと分かり慌てて頭を下げた。

「王妃様!申し訳ございませぬ、お部屋で塞ぎ込んでいらして、出て来られぬのです。」

維月は、息をついた。

「…我が参ったと申しなさい。維斗の居間で待ちます。」

二人は、また頭を下げた。

「はい!」

そうして、中へと入って行く。

維月は、ため息をついて維斗の居間へと足を向けた。


結構な時間待った気がする。

月から様子を見ていると、最初は渋っていた夕貴だったが、舞と奈美に王妃様をお待たせしてはと何度も叱責されて、やっと重い腰を上げた形でこちらへ出て来た。

何しろ夕貴がもたもたするので、着替えさせるのも一苦労のようで、二人は本当に困っていた。

そんな様子から出て来た夕貴は、維月の前へももたもたと出て、頭を下げた。

「お待たせ致しました。」

…ここで、甘い顔をしていてはいけない。

維月は、心を鬼にして夕貴を睨んだ。

「…誠にどれだけ待たせるのですか。」え、と夕貴が驚いたように顔を上げると、維月は続けた。「龍王妃である我が、自ら参っておるのですよ。しかも、我の命じた大切な宮のお務めを、放り出したままで謝罪の言葉もないとは、匡儀様はいったい、どんなご教育をあなたになさっておられるのです?一言あちらにも申し上げねばなりませぬ。」

そんなつもりはない。

が、事の重大さを認識させようとこう言った。

夕貴は、震えながら必死に言った。

「申し訳ございませぬ!維斗様が我を置いて出て行ってしまわれたと、大変にショックで…塞いでしまっておりました。」

維月は、息をついた。

「置いてとて、たったのひと月、しかも月の宮でありましょう。採点の業務を手伝うよう、王からのご命令です。妃と申すのは、夫に仕えて守られておる存在です。その守りに報いるために、夫のお務めを補佐し、滞りなく回るようにと心を砕くのが我らの務め。それを、少し宮を離れたからと、大騒ぎして務めも疎かになるとなれば、それはもう妃ではありませぬ。あなたを信じてお任せしていた内宮の業務の一部が、滞って我が王のお目を汚す事態に陥ってしもうております。そのような体たらく、許すわけには行きませぬ。これよりは、全て我がやります。あなたはもう、我の補佐をする必要はありませぬ。」

夕貴は、がくがくと震えた。 

まさか、維月がここまで怒っているとは思わなかったのだ。

「王妃様!申し訳ございませぬ!我が間違っておりました、どうかお怒りをお鎮めくださいませ…!」

夕貴の侍女達も、維月の剣幕に怯えて膝をつき頭を垂れて、顔を上げられない状態だ。

維月は、首を振って立ち上がった。

「なりませぬ。我が王が、あの様子を見てどのように思われて会合のお席にいらっしゃるのかと思うと、恥ずかしくてお顔を見るのも憚られる心地でありますのに。あなたには、もう期待致しませぬ。奥へ戻ります。」

維月は、わざと冷たくそう言い放つと、そのまま維斗の対を出て、困惑した様子の菜摘と朱里を引き連れて、奥宮へと歩いて行った。

…あなたのためなのよ。

維月は思いながら、これで少しは目が覚めてくれたなら、と願っていたのだった。


居間へ帰ると、早紀と奈津が維月を出迎えた。

「王妃様。おかえりなさいませ。」

維月は、頷いて言った。

「…お茶をお願い。」

すると、ついて行っていた菜摘が返事をした。

「はい。」

維月は、維心が居ない中で正面の椅子に腰掛けた。

侍女達には侍女達の中の当番があり、茶当番、着替え当番など、輪番が一緒の者達の中で取り決めて、回している。

今日は菜摘がお茶当番のようだ。

維月が黙っているので、侍女達も黙っている。

維月は、言った。

「…困ったことになってしまったわ。」

朱里が、言った。

「夕貴様のことでございましょうか。」

維月は、頷いた。

「そう。あなた達も知っているでしょうけれど、夕貴殿はお務めを怠っておりました。これは、王より賜っておる我の務めであり、それを夕貴殿に振り分けて任せておりましたもの。もし、おできにならぬのなら、一言我に申さねばなりませぬ。それもなく、放って置いて内宮のことなので、まだ対外的には誰にも知られる事はございませぬが、外宮のことであったなら、他の宮の臣下達の目に触れる事にもなって、我が王のお顔に泥を塗ることになりまする。龍の宮は、常に美しく完璧に回さねばならぬのです。」

奈津が、言った。

「はい…。あの、王妃様。」維月は、奈津を見た。奈津は続けた。「申し上げようか迷うておりましたが、これまでも時々にこのようなことがと、維斗様の侍女からお聞きしておりました。」

維月は、驚いた顔をした。

「え、誠に?」

でも、私が出て行った時には内宮があんなことになっている事は一度もなかった。

早紀が、頷いた。

「はい。あの、申し上げて良いものか…。維斗様のお顔の事もございます。なので、我ら黙っておりまして。」

維月は、言った。

「ならば何故に我は気付かなかったのかしら?これまでこんなことはなかったわ。」

菜摘が言う。

「それは、維斗様が居られないからでございます。」維月が眉を上げると、菜摘は続けた。「夕貴様がお出ましにならない時は、あちらの侍女がすぐに維斗様に報告して維斗様がご指示なさっておいでで。なんでも、北西では妃という立場に居られる方がいらっしゃらなかったので、全て匡儀様がになっていらしたとか。今は夕維様がお輿入れなさっておいでですので、黎貴様の妃ではおありですが、匡儀様は任せておいでであるようですが、なので夕貴様は、父王がなさるのを見ておられただけなのだとか。どうしてもやらねばならないとは、なので思われてはいらっしゃらないのではないでしょうかと、皆で困惑しておりました。ご面倒にお思いのようです。」

まじか。

維月は、思った。

思えば匡儀には妃は居らず、そこそこ育ってから、黎貴と夕貴という双子ができていた事を知り、宮へ引き取ったと聞いている。

そこから礼儀やらを躾け、そうして宮で皇子皇女として育てられた。

もしかしたら、庶民感覚が夕貴の中では残っているのかもしれない。

「…知らなかったわ。全て夕貴殿がやっておられるのだとばかり。困ったこと…維斗が困るのも道理であります。どうしようかしら…恐らく維心様には、内宮の様子に気付いておられるはず。ご説明しなければなりませぬが、しかしながら我が王のこと、我が叱ったと申しても、ここへ呼び付けて叱責なさるのは目に見えておりまする。我も、一度強く叱責している手前、庇うことはできませぬ。一度のことなら思い出してもらって、なんとか真面目に励んでくれたらと思うておりましたが…もしや、無理なのでは。これまでもとは、申さぬ方が良いかしら。」

「…ここ龍の宮では、務めを怠る輩は許すことはできぬ。」

維心の声が聴こえて、侍女達も維月もギクリと扉を見た。扉が開かれる。

そこには、維心が立っていた。

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