その昔
「…妃か。」炎嘉は、維月の話を聞いて、考え込む顔をした。「そうだの。あの頃でも面倒な妃は結構居った。が、大抵が生き残れなんだ。なぜなら、皆宮を乱すと王に斬られたからぞ。我も、通う順がどうのと騒ぐ妃二人を、斬って捨てたことがある。それにより、他にも不満を抱えた者が居ったが、それらも静かになったのよ。それはもう、脅しよな。逆らうと殺されると思うからこそ、妃はおとなしくしておった。とはいえ、我は一人一人通う事はやめなかった。なぜならあれらも心があるゆえな。両方を使いこなして、やっと大勢の妃を治めておったわけよ。」
維月は、頷いた。
「はい。では、今も同じようにせぬと、やはり乱れて参るのでしょうか…。」
炎嘉は、息をついた。
「どうであろうな。今生、我はもうあんな面倒は勘弁と、誰も娶っておらぬだろう。流れがの…妃を斬り捨てるにも、昔ほど軽くは見てくれぬ。せいぜい離縁ぐらいしか対応できぬのだ。そんな見せしめの行為が、許されぬようになっておる。それだけ平和であるからな。昔は妃などに煩わされておったら、宮を失う事にもなりかねなんだゆえ、許されたのだ。箔炎とて、恐らく世が世なら椿を斬っておったやも知れぬ。今の世であるからこそよ、あのような面倒がまかり通るのは。そも、婚姻自体が宮を支援するために行われるものであって、相手は宮を背負っておったし、こちらも好きで娶っておったわけではなかったしな。あちらも仕方なしに来ておった。まあ、意識が務めであったから、今とは違おうな。」
維月は、下を向いた。
「では…どうするべきでありましょう。妃を大切にするという考え自体は、間違っておるとは思うておりませぬ。が、過ぎるとどうしても、元の性質が気強かったりすると、王の言うことを聞かぬようになる妃も一定数出て参ります。結局、それが不幸の源となるのに…私は、それを黙って見ておるよりないのです。間違っておったのかと、昔の己の浅はかさに恥ずかしく、顔も上げられぬ心地でございます。」
維心が、言った。
「主のせいではないのだ。結局はそれを許しておった我の責でもあるのよ。己を責めるでない。」
維心の案じているような様子に、維月が気に病んでいるので、わざわざ一緒に来たのだと炎嘉は悟った。
炎嘉は、言った。
「…まあ、その昔に比べたら、王とてしっかり考えて娶るようになっておるし、そもそも自分勝手な事を言い出す妃はまだ少ないのよ。よう考えてみよ、椿と、今聞いた杏奈、そして夕貴ぐらいのものだろう、今のところ。他は、なんだかんだ言いながら、しっかり妃として弁えて振る舞っておる。綾を見よ、翠明に溺愛されておるが、そこまで強く逆らわぬだろう。問題ない、主が責任を感じることはないのよ。これまでが間違っておったのだと我とて思う。あの頃は、ああするよりなかったゆえ斬った。が、今はその必要はない。そんなに多くの妃を抱えておる宮はないしな。その父王と話して、里へ返したら良いだけの話よ。椿のこととて、公表したら良いのだ。それが戒めとなって、他の妃も気を引き締めるだろう。主は昔に比べて今はよう世を分かっておって、そうやって世の理を理解したのだろう。ならば良い。皆の前で維心に逆らわねば良いのよ。なんだかんだ龍の宮は神世の中心で、主らがしっかりしておったら、他もそれに倣う。しばらくは、気を入れて徹底的に妃らしゅう振る舞ったらどうか。」
維月は、顔を上げて、頷いた。
「…はい。いきなりに参って、面倒なことを申して申し訳ございませぬ。そのようにやってみますわ。」
炎嘉は、頷いた。
「そうせよ。まあなあ、維心のように妃を溺愛しておる王がおらぬから、そこまで主らに言えることが無いのだがの。倣おうとて、維心に倣えぬから。とりあえず、それだけ愛されようと思うたら、維月のように完璧でないとならぬのだと、思わせたらこちらのものではないか?」
維心は、言った。
「維月は完璧ぞ。これ以上どうせよと申す。」
炎嘉は、維心を睨んだ。
「主がそのように育てたのはわかっておる。維月は公の場では完璧よ。ならば主も、何故にこれほど維月だけを溺愛しておるのか、宴の度に他の妃の前で申せ。そうよの、模範的で素直に従うし、よう仕えてくれるからとか何とか、そこの辺りを。そうしたら、己もそうあれば溺愛されると変わって参るやも知れぬ。維月の負担を減らしてやるが良い。」
維心は、何度も頷いた。
「そんな事で良いのか。ならばいくらで申すぞ。維月の良いところなどいくらでも話せるからの。」
炎嘉は、呆れたように言った。
「こら。わざとらしゅう長々話しても聞かぬから、事あるごとに差し挟む程度で良い。」
維心は、神妙な顔をした。
「では、そのように。」
維月は、頭を下げた。
「炎嘉様、ありがとうございます。できることから、やってみますわ。まずは、夕貴殿から。維斗が疲弊してきておりますゆえ。」
炎嘉は、頷いた。
「そうせよ。気に病むでないぞ?」
維心は、立ち上がった。
「…では、宮へ戻る。すまぬな、炎嘉。助かった。維月が炎嘉と話したいと思い詰めた顔をするゆえ、つい来てしもうて。」
炎嘉も、立ち上がる。
「まあ良いわ。主とて何かあったら我のところへ来るではないか。主らは同じよの。呼びつけなんだだけでも、評価してやろうぞ。」
そうして維月も立ち上がり、少し落ち着いた心地になって、龍の宮へと帰還したのだった。
宮の到着口へ着くと、臣下が出迎えていた。
鵬が、進み出て頭を下げた。
「今帰った。」
維心が言う。
鵬は、答えた。
「は。おかえりなさいませ、王よ。鳥の宮へお寄りになられたとか。」
何やら臣下達は、落ち着かぬ顔をしている。
いったいどうしたのかと維心は思ったが、よく考えたら試験が終わったばかり。
採点が月の宮で行われていたし、維心が先に皆の成績を見て、何かあって鳥の宮へ立ち寄って来たのかと思っているようだった。
維心は、言った。
「…炎嘉に話したいことがあっての。月の宮では採点はもう終わっておるようだったが、その後の集計を進めておるところであった。我もまだ結果は知らぬ。」
皆が、ホッとした顔をした。
「左様でございますか。」鵬は、見るからに安堵した表情で答えた。「では、まずはお着替えを。会合の間でお待ち致します。」
維心は、頷いた。
「分かった。」
そうして、維心は維月の手を取って、奥へと戻って行ったのだった。
維心は、その後着替えて会合へと出て行った。
維月は、織りの長に命じて炎嘉に贈るための万華を特別に織るように手配し、此度の礼を送る準備を進めた。
すると、侍女の早紀が来て頭を下げた。
「王妃様。お申し付けの内宮の花の件でございますが、進んでおらず…何色の花を選べば良いのか、維斗様の対の侍女より問い合わせが参っております。」
維月は、え、と顔を上げた。
「…それは夕貴殿に申し付けたはず。夕貴殿は?」
早紀は、渋い顔をした。
「それが…維斗様の対の侍女は夕貴様が何やら塞ぎ込んでいらして、お命じになられぬので務めが滞って参って困っておるようで。」
塞ぎ込んで…?
維月は、息をついた。
ひと月あるので、その間にと先に他のことをしていたが、そんな場合ではなかったのかもしれない。
「…参ります。」維月は、立ち上がった。「花の件は先に処理せねばならないので此度は白と黄色で統一を。」
早紀は、頭を下げた。
「はい。ではそのように。」
同じく維月の侍女の、菜摘と朱里が進み出た。
「お出ましでしょうか。」
維月は、頷いた。
「維斗の対に。」と、足をそちらへ向けた。「参ります。」
そうして、維月は歩き出した。
その後ろを、菜摘と朱里がついて、急いで歩いて行ったのだった。




