内の改革
幸福とは、何だろうか。
維月は、ふと思う。
その立場立場でその幸福の度合いは違い、着物にも困るような生活を強いられているはぐれの神ならば、誰かに仕えて毎日しっかりと必要な物を手に入れる事ができるようになれば、それで幸福を感じられるだろう。
だが、生まれた時から何にも不自由することなく、父王に守られて育った皇子皇女にとって、そんなものは当然で、幸福だとは感じないだろう。
欲を司る陰の月である維月には、あらゆる欲が見えているが、その欲求には果てがない。
もっと、もっとと更に幸福を求める心地は止められない。
それを抑えるのが十六夜の力だが、過ぎると皆無気力になり、生きることにすら執着しないようになってしまう。
つまりは、欲は皆の生きる力の源でもあり、過ぎては己の身を滅ぼす諸刃の剣だった。
十六夜と維月が陰陽で存在し、それを調節することで、今があった。
昔の妃達は、王を愛していなかった。
愛していた妃も居たが、それでも幼い頃より王は絶対と躾けられ、王とは夫てはなく主君であり、王が多くの妃を持っていても、文句さえ言わずに務めていた。
というのも、意識が違ったからだ。
文句を言うという、概念自体がなかったのだ。
妃には多くの責務があり、内向きの事、王の世話と多岐に渡るが、それを皆で手分けできるので、多ければ逆に助かるという考えだ。
お互いに仲が良く、王にそこまで執着していないので、夜に呼ばれなくても嫉妬もない。
もちろん、妃の性質にもよるので、嫉妬に狂って大騒ぎする妃も一定数居たが、そういった妃は他から敬遠され、王からも離縁されて里へ帰されてしまうので、すぐに収まった。
乱れたままだと、王のメンツに関わるのだ。
が、たまに、妃が全て性質に難があって、大騒ぎしてかつての焔のように、大変な事になってしまうこともあるにはあった。
が、総じてとりあえず、妃達は表向き上手くやっていた。
今のように、公に見えて来るなど、なかったのだ。
…でも、妃を大切にする、という私の考えは間違っていなかったはず。
維月は、思った。
後は、大切にされて当然だとそこにあぐらをかくような、そんな妃を出さない事が重要なのだ。
とはいえ、その匙加減は難しかった。
炎嘉など、前世21人もの妃を持っていたが、皆が穏やかにやっていた。
正妃を決めず、全てに平等に通い、そして乱す者を顔色も変えずに切り捨てたゆえに、あった平穏だった。
そう思うと、炎嘉は王としてかなり優秀なのだ。
…炎嘉様にご相談してみようかしら。
維月は、思っていた。
こんな風に一人一人正して行く事では、なかなかに全体を引き締める事はできないのだ。
考え込む維月に、維心が言った。
「…ずっと黙って、何を考えておるのだ?」維月は、ハッと顔を上げた。維心は続けた。「もうすぐ宮へ着くぞ。」
…そうだった。
維月は、明けて次の日、月の宮から維心と共に、輿に乗って飛び立ったのだ。
輿の中で地上を見ながら、考え始めると集中してしまい、維心のことをすっかり忘れていた。
「維心様。」維月は、いきなり言った。「このまま、炎嘉様にお会いしに参りませぬか?」
維心は、驚いた顔をした。
「え、炎嘉?何ぞ、急に。」
維月は、言った。
「炎嘉様は前世21人もの妃をお持ちでありましたわ。それでも何とか平穏に保っていらっしゃいました。」
維心は、言った。
「正確には23人ぞ。が、二人は宮を乱すと炎嘉は切り捨てた。あの時代、それが当然であったゆえ。」
維月は、頷いた。
「炎嘉様にお話を聞きたいのですわ。皆を平穏に、治めていらしたのですから、それを手がかりにしたいのです。妃を大切になさる王であったことは知っておるし、その匙加減を測りたいのでございます。」
維心は、困った顔をしたが、輿の外に言った。
「義心。」
すぐに声が返って来た。
「御前に。」
維心は、維月の縋るような目を前に、言った。
「…このまま鳥の宮へ。炎嘉に先触れを送れ。向かっておると。」
義心からは、驚いた気配がしたが、すぐに答えた。
「は!」
そうして、義心の気配は去った。
と思うと、輿は間近に迫った龍の宮の結界を避け、通り過ぎて鳥の宮の方向へと進路を変えた。
維月は、維心に感謝の視線を向けた。
「ありがとうございます。」
維心は、息をついた。
「主は言い出したら聞かぬからの。単独で鳥の宮まで行きそうぞ。ならばこのまま。我が共の方が、話も聞けるしな。」
そうして、恐らく先触れの到着に合わせているのだろう、ゆったりとした速度になった輿は、そのまま鳥の宮へと飛んで行ったのだった。
「え、維心が?!維月を連れて?!」
開が、慌てた様子で頷いた。
「たった今先触れが!もうそこまで来られておると…。」
炎嘉は、結界を見た。
確かに、もう結界側から龍の輿が見えている。
「何をいきなり朝っぱらから!いつなり勝手に単身来るくせに、大層に軍神を連れて維月まで!理由が分からぬ。」と、眉を寄せた。「…まあ良い、結界を通した。ここへ案内せよ。その間に着替えるわ。出迎えておらぬと申したら、そう申せ。」
開は、頭を下げた。
「は!」
そうして、転がるように出て行った。
…何を思い付いたようにこちらの予定も聞かずに。
炎嘉は、侍女達に慌てて着替えさせられながら、思っていた。
維心と維月が鳥の宮の到着口に降り立ち、輿から降りると開が慌てて出て来て膝をついた。
「龍王様、龍王妃様。ようこそお越しくださいました。我が王は、急なお越しに只今お着替えをなさっておいででございます。居間へご案内いたします。」
維心は、維月の手を取って頷いた。
「突然にすまぬな、開。急に思い立っての。月の宮からの帰りなのだ。長居はせぬゆえ、安心するが良い。」
開は、答えた。
「そのような。ごゆっくりなさってくださいませ。どうぞ、こちらへ。龍王妃様は、輿へお乗りくださいませ。」
…早速に作らせたのだの。
維心は思って、維月を宮中用の輿に乗せる。
鳥の宮の物は、赤く塗ってあり金粉が振られ、華やかだった。
そうして、鳥の侍従に持ち上げられて、維月は運ばれて行った。
維心は隣りを、それに合わせて歩いたのだった。
奥宮の居間の前まで到着すると、開が中へ声を掛けた。
「龍王様、龍王妃様ご到着でございます。」
炎嘉の声が、むっつりと答えた。
「入れ。」
扉が開かれ、輿から降りた維月は頭を下げる。
維心は、維月の隣りで言った。
「すまぬな、炎嘉。聞きたい事があると、どうしても主に会うと維月が申すゆえな。月の宮の帰りに寄ったのよ。」
炎嘉は、それを聞いて不機嫌な顔を緩めて、眉を上げた。
「維月がか?」と、息をついた。「…良い、表を上げよ。」
維月は、顔を上げる。
炎嘉は、続けた。
「まあ座れ。何やら輿になど乗っていろいろ引き連れて来るゆえ、何事かと思うたまでよ。」
維心は、維月の手を引いて炎嘉の前の椅子まで歩くと、座った。
回りを臣下やら侍女侍従が、何事何事とハラハラした様子で囲んで固唾を飲んでいる。
炎嘉は、それに気付いて手を振った。
「何ぞ、鬱陶しいの。友と話すだけぞ。離れておれ。」
皆、何か言いたそうだったが、仕方なく去って行く。
そうして、シンと静まり返り、侍女すら去った後に炎嘉は言った。
「…して?何を聞きたい、維月。何なら月から話せば手っ取り早いのに、わざわざ維心と参るなど。」
維月は、答えた。
「それはそうでございますが、それでは誰が聞いておるのか。こうして神払いをしてもらわねば、言えぬ事もございます。」
炎嘉は、眉を寄せた。
「…面倒事か?」
維月は、頷く。
「はい。前世のことですわ。お聞きしてよろしいでしょうか。」
炎嘉は、息をついた。
「前世とはもう遠いが、なんなり聞くが良い。」
維月は、維心と視線を合わせてから、話し始めた。




