宴の席で
そうやってしばらく多香子と綾と話していると、維月の侍女が声を掛けて来た。
「王妃様。そろそろ王が、宴の席へと移られるようでございます。」
「あら。」と、維月は二人を見た。「そろそろ参らねばなりませぬ。」
綾は、息をついた。
「誠に久方ぶりに心から気を遣わずに笑った気が致しますのに、楽しい時間はすぐに過ぎてしまいますわ。」と、暗い顔になった。「…思い出しとうないと思うておりましたことも、また戻って参りますこと。」
維月は、侍女に答えた。
「参ります。」と、立ち上がった。「宴の席では、見守るよりありませぬ。もし出過ぎておられたら、諫めるぐらいで。我が申します。恐らく、我が申した方が、お静かにおなりでしょうから。」
それぞれの侍女達が、わらわらと入って来る。
綾は、維月に頭を下げた。
「お手数をお掛けしてしまいますわ。よろしくお願い致します。」
維月は頷いて、先に足を踏み出した。
そうして、侍女達に支えられながら、前よりは少し軽いが重装備の衣装で、会合の宮大広間へと向かったのだった。
維心は、会合の宮では常だったが、隣りが大広間なので、特に移動に時間もかからず、王達と共に席についていた。
そうして、妃達はまだ来ていなかったが、開式の挨拶を行い、皆が酒を酌み交わすのを見て、座っていた。
本宮でやっていた時は、会合の間から大広間までの距離があったので、移動に時間を取られてその間に話をしたりもするが、それも無いので今、やっと王達と雑談もできようという感じだ。
妃は皆、恐らく控えの間に居るだろうから、本宮からここまで歩いて来るので、まだまだ待たねばならないだろう。
維月など、本宮の奥宮に居るので、結構な時間が掛かるんじゃないだろうか。
維心がそう思って盃を手に酒に口をつけると、炎嘉がそれを見て自分も盃を上げた。
「…主。考え事をしておるのは良いが、さっさと口をつけぬか。いくら無礼講とは言うて、酒を口にする順序というのがあるのよ。」
維心は、眉を上げた。
「え、そんなことを毎回気にしておったのか?」
志心が、呆れたように言った。
「気にしておったわ。主が知らぬだけぞ、いくらなんでも序列ぐらいは分かっておるからの。」
気にしたことが無かった。
妃の間では厳格だが、自分達に限っては、勝手にやっているとばかり思っていたのだ。
とりあえず、前世皇子の昔から席に着いたら真っ先に一口でも酒に口をつけるのが流れだと、ずっと躾けられ、それを何の疑問もなく守って来たので、気付かなかったが、回りはそれを待って、見ていたのだ。
「…知らなんだ。焔など、さっさと飲んでおるのだとばかり。」
焔は、盃をいきなり干してから言った。
「あのな、同席しておらぬのなら先に飲む事もしようが、こうして一緒に座ったら見ておるわ。先に口をつけたりせぬ。我をどれほど礼儀知らずだと思うておるのよ。」
そうか、序列の。
維心は、言った。
「…考えた事もなく、ただその昔の記憶のままに席に着いたらまず、出されたものには口をつけておった。妃達の間のことは知っておったが、我ら長年友であったし、主らがそんなことを気にしておるとはこの瞬間まで知らなんだわ。」
炎嘉は、むっつりと言った。
「結局、龍の王族などそんなものよ。回りを気にする必要がないゆえ、そんな風に躾けられてそのまま生きておるのだ。気楽なものよ。」
焔は、プンプン怒って酒を注いだ。
「こっちは気を遣って来たのに、知らなんだとは何ぞ。腹が立つの!」と、酒を煽った。「酒は旨いし。」
志心が、笑った。
「酒が旨いのは嬉しいであろうが、全く。」と、黙って酒を飲んでいる、箔炎を見た。「…ところで箔炎。主、少しは表向き取り繕わぬか。我が宮でも噂になっておるぞ。多香子が案じておった。理由を知っておるとて、言うわけにも行かぬで困っておる。もういっそ、離縁したらどうよと進言しようと思うておったのに、本日は連れて参っておるし。」
箔炎は、息をついて盃を置いた。
「あれが我の言うことを聞くと思うか。本日とて、宮で居れと我は言うたわ。それなのに、妃達が揃うのに己だけ宮に残るのは外聞が悪いとか申して、強引について参ったのよ。」
渡が、眉を寄せた。
「外聞が悪い?それは聞き捨てならぬな。我は此度は楓を連れて来ておらぬぞ。たまには一人で出掛けて参るわと言うたら、すんなり宮に残ったがの。正月にはお連れ頂きましたし、我もゆっくり致しますと機嫌よう申しておった。それの何が悪いのよ。」
志心が言う。
「こら、機嫌を直さぬか那佐。箔炎が悪いのではない、椿が申しておることぞ。もちろん、妃の間のことなど分からぬが、そんなことで、陰口を叩くような気立ての悪い妃が居るとは思えぬがな。」
箔炎は、頷いた。
「言うなら椿であろうて。もう、最近では疎ましゅうて顔を見るもの面倒でな。居間には呼ばぬうちは立ち入るなと申してあるのだ。ゆえに意地になっておるのか、これ見よがしに筝を演奏したり、頻繁に文を寄越したりと無視するのが難しい様で。那佐が美穂につき纏われておった時の心地が、今分かるわ。」
怒った顔をしていた渡だったが、それを聞いてコロッと同情する顔になった。
「誠か。それは面倒だの。なんならうちに遊びに参って良いぞ?あちこち外出しておったら、気配を気取らず済むゆえ少しは楽であろう。」
炎嘉が、割り込んだ。
「王が宮に居らぬなど、臣下が嫌がるわ。とは言うて、このままでは箔炎が参ってしまうか。どうしたものかの。」
箔炎は、言った。
「まあ、別に我はそこまで気にしておらぬ。何を言うて来ても放って置いたら良いだけぞ。筝は、煩いし政務に支障をきたすゆえ、弾くなら部屋を移れと奥でもかなり北の方へ部屋を移させた。文は侍女に始末させておる。我は渡ほど、相手に気を遣わぬからな。昔の記憶が大きいし、否なら否と無視することができるゆえ、別に良い。が、美穂の例があろう。おかしなことにならぬかと、それだけが気がかりぞ。」
確かに、内に闇でも飼われたら大変な事に。
翠明が、言った。
「…うちの皇女がすまぬ。ならば、こちらへ迎え取ろうか。面倒が起こる前に引き取ってしもうた方が、傷が浅くて済もう。あやつも二度目の破談であるし、それを踏まえて少しは己を省みてくれたら良いと思うのだがの…困ったものよ。綾も案じておった。綾は、できたらうまくやって欲しいようだったがの。」
箔炎は、息をついた。
「…うまく回すのは、もう無理ぞ。我があやつを疎ましく思うておるのは、前世から根強い想いであるからの。どうしても、神威に聞いたことが頭から離れぬ。我は、陽蘭の愛情も覚えてはおるが、それがどれほどに厄介であったかも知っておる。それゆえ、最期には離れて転生することを選び、それなのにあやつは我に追い縋った…碧黎の手助けもあり、逃げ切ったと思うておったらこれよ。とてもではないが、もう戻る事はない。何があってもの。」
翠明は、頷いた。
「正月に聞いて知っておる。綾は聞いておらぬゆえ、知らぬから元に戻るのではないかと椿を諌める文を出しておったが役に立たぬ。しようがない、帰ったら綾と話し合って、迎え取る日にちを決めるわ。それではお互いにとり不幸であるしな。」
炎嘉が、頷いた。
「仕方がない、そうせよ。翠明がこう申してくれるのだし。離縁と申さずとも、とりあえず別居としたらどうか?それなら素直に帰れるだろうて。」
箔炎は、また息をついて頷いた。
「ならばそのように。もう、疲れたわ。」
他の宮の事なのに、こちらも疲れた。
皆がそう思っていた。