集計
採点は、維明達が本気でガンガン進めたので、結局一晩掛かったが終わった。
裕馬は、まだ眠れていないようだ。
というのも、まだ終わった採点結果を入力して集計する作業があるからだ。
蒼は、燐や高瑞、維明、維斗、将維が部屋へと戻って行ったのを見送って、今度は学校のコンピュータールームへと向かった。
コンピュータールームでは、大勢の神たちが端末の前で怒涛の勢いで入力を進めていた。
その手際の良さには、人の頃にキーボードの達人だった蒼も舌を巻くほどだった。
それを見守っていた裕馬が、蒼に気付いてこちらを向いた。
「…ああ、蒼。」
蒼は、裕馬の目の下に、大きなクマがあるのを見て、目を丸くした。
「え、裕馬?!一昨日も準備で寝てないって言ってたのに、昨日も寝てないのか?」
裕馬は、頷いた。
「眠れるかよ。全部任されてるのに。」と、ぽんと側の厨子を叩いた。「でも、もうほとんど終わったぞ。今入力してるのが最後。そこの積み上げた山のが終わったら、後はコンピューターに任せたら済む。」
とはいえ、まだ10台の端末の横には、結構な数の答案が積まれてある。
多分、昨日は入力しても入力しても次々出て来て積み上げられる状態だったのだろう。
「…お疲れ様。みんなには多めに報酬出すからね。何しろ、各宮からめっちゃ物を送って来てるらしいし。」
裕馬は頷いたが、そんなに嬉しげではなかった。
「…もう、この歳になると報酬じゃないんだよな。みんな意地で頑張ってる感じ。たが、酒を多めに頼むわ。」
蒼は、苦笑した。
「うん。終わったら宴を開こう。蔵を開いて飲み放題で。」
裕馬は、それを聞いて少し、頬に赤みが差した。
「お、まじか!なら頑張らなきゃな。」
そっちのが嬉しいのかよ。
蒼は思ったが、裕馬に感謝して、恒に宴の事を話そうと、その場を離れたのだった。
居間へと戻って来ると、恒が来ていて、こちらへ出てこようとしているところだった。
「あれ。」蒼は言った。「何か用か?」
恒は、頷いた。
「蒼。ちょうど良かった、学校だって聞いてそっちへ行くかって思ってたとこ。あのね、納弥から文が来ててさ。なんか正月に仲良くなった箔蓮と纈、桐矢と一緒に、ここへ来たいって。ここには柊も居るし、月の宮の話になって、みんな中を見たいって思ってるみたいだ。」
蒼は、それを聞いて文を受け取って開いた。
確かにそう書いてあり、紡も誘ったが、一人では荷が重いので、兄の翠玲と従兄弟の白翠と共になら是非に、と返事があったと書いてある。
白翠は、紅蘭の兄だった。
思えば、あの場に居た紅蘭と恵鈴はもう嫁いでいて、共に来る事はできないからだろう。
蒼は、頷いた。
「…そうか。良いんじゃないか?みんな皇子皇女だし、礼儀正しい子たちだったから。そう返事してやってくれ。」
恒は、頷いた。
「分かった。じゃあ戻るよ。」
蒼は、慌てて言った。
「あ、今裕馬に会って来たんだ。で、もうすぐ終わりそうだからって言ってたし、宴の準備ができそうか?あいつ、報酬じゃ喜ばなくてさ。宴って言ったらやる気が出たみたい。」
恒は、顔をしかめた。
「まじで?まあ裕馬だったらそうだよな。あいつみんなで騒ぐの好きだもん。分かった、準備させるよ。今夜でいい?」
蒼は、頷いた。
「うん。終わったら寝るだろうし、夜には元気だろ。頼んだぞ。」
恒は、頷く。
「分かった。じゃあね。」
恒は、そのまま出て行った。
それを後目にホッと居間の定位置を見ると、その前に杏奈が立っていた。
「王。おかえりなさいませ。」
蒼は、頷いた。
「戻った。夜は宴だから、今から少し休む。」
すると、蒼の侍女がわらわらと出て来て、蒼を着替えさせに掛かった。
杏奈は、それを見ながら言った。
「宴でございますか。お疲れですのに、お席に参られるのですか?」
蒼は、息をついた。
「今回は、燐と高瑞のみならず、維明も維斗も将維にまで手伝ってもらったから。皆を労うのも、王の責務だ。だったら杏奈も来るか?」
杏奈は、とんでもないと首を振った。
「そのような!龍の皇子の方々と、同席するなど緊張してしまいます。維月様がいらっしゃるのなら、参ってもよろしいのですが…。」
蒼は、息をついた。
「維月は来ないよ。維心様が来られるなら別だけど、里帰りの時期でもないからね。多分、次は花見の時についでにここに残るとかじゃないかなあ。とはいえ、今龍の宮はいろいろ忙しいから、王妃が宮を離れるのかどうか分からないけど。」
杏奈は、息をついた。
「でしたら、我はご遠慮致します。ですが王、今夜は早うお戻りを。お話ししたいと申しておりますのに。」
蒼は、杏奈を見た。
「宴から帰ったら、どのみち話すには遅い時間だ。どうしてもなら、明日の朝聞くよ。」
「終わりましでございます。」
侍女達が、蒼を着替えさせ終えて頭を下げた。
そして、出ていくのを見て、杏奈は言った。
「違うのです、王、共に休むだけでも良いのです。ここのところ、お昼間に少し、共に居るだけで、王はお忙しくなさっておいででしょう?以前は、もっと共に居てくださいましたのに。」
蒼は、またため息をついた。
「仕方がない。忙しいんだから。レオニートだって、王だから忙しくしてるだろう?同じだよ。まして月の宮は特殊だし、もっと忙しいんだよ。そこは弁えてくれないと。」
杏奈は、食い下がった。
「でも…!」
すると、そこにいつの間にか居た、杏子が言った。
「お母様、お父様が困っておられます。いつも、お里帰りの時に叔父様は忙しいから、面倒を掛けてはいけませぬって仰るではないですか。お母様は今、お父様に面倒を掛けておられます。」
杏奈は、ハッとして杏子を見た。
まだ姿は幼いが、しばらく見ない間に何やら落ち着いた様子になったようだ。
…娘の成長も、しっかり見てなかった。
蒼は、その時そう思った。
杏奈は、あまりに正論を娘から突き付けられて、口を開けずにいる。
蒼は、杏子の頭を撫でた。
「杏子は良い妃になりそうだな。しっかり躾けられていて安心した。父を気遣ってくれてありがとう。」
杏子は、首を振った。
「お父様が一生懸命お仕事なさっておるのは、見て知っておるから。昨日もお休みになっていないのでしょう?早くお休みくださいませ。」
蒼は、頷いた。
「分かった。」と、杏奈を見た。「主の心地は分かった。が、それはまた明日の朝。時を作るから。」
杏奈は、頭を下げた。
「はい。」
まだ納得していないが、杏子に言われて少し、恥ずかしくなったのか、それ以上何も言わなかった。
蒼は、杏子に感謝して、娘で良かった、と思っていたのだった。
そんな様子を月から見ていた維月は、ため息をついた。
ちょうど、会合から戻って来た維心が扉からこちらへ歩いて来るところだった。
維月は、頭を下げた。
「おかえりなさいませ。お早かったですわね。」
維心は、頷いて窓辺に立つ維月に近寄った。
「皆、己の成績が気になっておるのか、気もそぞろでな。切り上げて参ったわ。」と、維月の手を取った。「どうした?何やら憂いがあるようよ。」
維月は、維心を見つめた。
「…維心様…私がこちらでお待ちしておるのは、ご負担ではないですか。」
維心は、え、と目を丸くした。
「こちら?こちらとは居間か?負担とは何ぞ。会議に共に出て欲しいと言ったら主には負担であろう?」
維月は、苦笑して首を振った。
「いえ、お疲れであるのに、帰って私が何やかやと維心様に話し掛けては、面倒なのではないかと思うて。」
維心は、維月の肩を抱いた。
「何を言うておるのよ。疲れておるからこそ主にはここで待っていてもらいたいわ。そも、おらぬ方が我には負担ぞ。主はあちこち務めがとか言うて、居らぬ事も多かろう。我の事を案じるのなら、我が戻ると申したらここで待っていてくれぬか。」
維心様はそうか。
維月は、頷いた。
「はい。できるだけそのように。」と、維心の胴に抱きついた。「…月の宮では、只今採点作業が終わって集計のための入力も、先が見えて参りました。蒼も寝ずに維明達と会合の間でおりましたが、今全員部屋へ帰りましたわ。仮眠して、夜は宴だそうです。」
維心は、頷いた。
「そうか。」と、維月の顔を覗き込んだ。「して、何か気になることでも?」
維月は、頷いた。
「あの…その宴に、出て参るわけにはいきませぬでしょうか。維心様も、共に参られて。」
維心は、眉を上げたがいきなりそんな事を言い出すからには、何かあるなと言った。
「…わけを聞いても良いか?」
維月は、頷いて今見聞きしたことを、維心に話して聞かせた。
あちらもこちらも、面倒なことになりそうだと不安な予感が拭えず、落ち着かなかった。




