採点
それから、維明と維斗も遅れて到着し、将維も合わせて5馬力となった採点は、スルスルと進んだ。
採点の基準は、最初に維明が送って来てくれていた解答の中にあり、文章題には、いくつかの項目があって、それについて言及する言葉が入っていたら5点、とかいうように、指定されていたので不公平はない。
とはいえ、正答でも別の方向から考えた神も居て、それについては五人で話し合い、点数をつけていた。
採点が終わると、それらはまた厨子に詰められて裕馬の下へと戻され、あちらではコンピューター入力の担当が、10台ある端末の前に座り、せっせと入力して行った。
この試験が実施されると分かった時から、新しいソフトを構築して導入しているので、所属と名前、各項目別の点数を入力して行くと、綺麗に結果が集計されるようになっている。
ちなみに、この解答用紙と共に、各宮からは月の宮に多くの礼の品を合わせて送って来ていて、恒は今、それらの中身を整理するのに大忙しだった。
「…いいんだよ、いくらあっても困ることはないから。」恒が、疲れ切った様子で会合の間に入って来て、蒼に言った。「でもさ、多いんだよね。一気に来て、最後は龍の宮からこれでもかって大きな厨子が届いて、めっちゃ中身入ってて、それが留めだった。みんな、今夜は徹夜だよ。」
維明が、顔を上げた。
「すまぬの、多かったか?父上があれもこれもついでだから入れておけと申して。蒼は節分には来ておらなんだだろう?皆、あの日に多くを父上より譲られたのだ。それゆえぞ。」
蒼が、言った。
「維心様にはお気を遣わせてしまって。」と、恒を睨んだ。「こら。もらって文句言うなよ。終わってないならなんでこんな所で油売ってるんだ。」
恒は、息をついた。
「準備とかで朝からずっと裕馬と働いてたからさ。休憩だよ休憩。蒼は良いよ、命じるだけだし。裕馬は目が血走ってたぞ?休憩するように言った方が良いんじゃない?」
確かにオレは命じるだけだけどさあ。
蒼は、頷いた。
「裕馬にちょっと休めって言っといて。オレだって気を遣ってるんだよ、これでも。」
恒は、あっさり頷いた。
「知ってる。」と、扉へ歩いた。「蒼の性格はね。じゃあねー。」
そうして、恒は出て行った。
蒼は、むっつりとした顔で呟くように言った。
「あいつ…昔からあんな態度だよなあ。」
燐が、笑った。
「人の頃の弟なのだろう。良いではないか、主はアヤツを頼りにしておるのだろう?」
蒼は、頷いた。
「うん、頼りにしてる。要領が良くて人の頃からいろいろ助けられたし。」
維明が言った。
「良いことよ。王となると孤独であるからな。あのように何の遠慮もなく話す相手がおるのは良いのではないか?」
確かに、オレは孤独を感じたことはない。
恒も裕馬も、十六夜も側に居てくれるからだ。
時に、老いない身で皆の死を経験していると、ずっとこのままみんなを見送って行くのかと、悲しくなることもあるのだ。
が、恒と裕馬が居てくれるだけで、蒼は救われる気がしていた。
蒼は、頷いた。
「…うん。維明も維斗が居るもんね。」
維斗は、驚いたように顔を上げた。
維明は、維心そっくりの顔で微笑んで頷いた。
「そうだの。こやつのお陰で我は少しは負担が減ったのよ。何しろ、これが妃を娶って子を成してくれたゆえ、我への当たりはマシになった。維知が居るからな。父上はあのように老いが来ないが、しかし跡目が要ると圧力は掛かっておったゆえ。今はその点、楽になったわ。」
維斗は、顔を赤くした。
兄上は、そんな風に思うてくれておったのか。
何も敵わない兄に、自分はどう思われているのだろうと思っていたが、全く役に立っていないわけではなかったのだ。
…確かに、妃は負担になるし…。
維斗は、思ってふと、出て来る前の事を思い出した。
夕貴のことは嫌いではなかったが、維斗なりに大切にしているつもりでも、夕貴からは不満に思うこともあるようだ。
特に維斗は、そんなに誰かと一緒に寝るのは好む方ではないので、できたら基本的に一人で居たいし、昼間でも考え事をしたい時があるので、居間でも一人にして欲しい。
が、夕貴は暇があれば側に居るべきだと思っているようだ。
…このままずっとこうなのだろうか。
そう思うと、自然ため息も出る。
維斗のため息を聞いて、将維が言った。
「…どうした?何やら暗いの。維明は褒めておるのだぞ?面倒を引き受けてくれておると。」
維斗は、筆を置いて顔を上げた。
「…それが…我は、父上とは違い基本的に一人で過ごしたい方で。居間でも、考え事がある時は放って置いて欲しいのです。が、夕貴はそうは思わぬようで。奥にも、なのでここ数年はあまり近寄らせていませぬ。何しろ昼間はずっと居間に居るし、夜ぐらいは一人にして欲しいと思うてしまって。」
蒼は、ああ、と何やら悟った。
維斗も、同じなのだ。
「…なんか分かるなあ。一人の時間って大切だよね。」
将維が、言った。
「…確かにそうだが、維斗、主は夕貴と上手くいっておらぬか。」
維斗は、首を振った。
「いえ、疎ましいとは思うておりませぬ。良いと思うて娶ったのですから。ですが、息が詰まると申すか…母上など、あちこちしていて父上の方が母上を追い掛け回しておるご様子ですが、夕貴はずっと我の対におって、気が休まる時がございませぬで。母上が夕貴を茶に誘ってくださっても、我の非番の時などなら、それを理由に断ってしもうたりします。我からしたら、友に会いに行ったり、里帰りとてしてくれて良いと思うておりますのに。」
維明が、眉を寄せた。
「…確かに四六時中側にとは面倒この上ないの。本日とて、遅れて出て来なければならなんだのは、維斗がなかなか出てこなんだからよ。夕貴がごねておるとかで、母上までご説得に参られたとか。父上のご命令なのに、それを聞いて一言申すかと思うておったわ。」
蒼は、それを聞いて他人事なのに冷や汗が出る思いだった。
龍の宮では、ここ以上にそういうことに厳しいはずだからだ。
「え、それで…夕貴は納得したのか?」
維斗は、息をついた。
「ああ。母上の言う事を聞かねば、次は父上がと我が脅したゆえな。母上はお優しいかたなので少しは無理も通ると考えているようだったが、父上だけは違うゆえ。まして、母上の言う事を聞かぬなど、我でもどんな罰がと震える心地よ。」
確かに、維心なら自分の命令に従わないことよりも、維月の命令に従わないことのほうが怒りそうだった。
「…どこも大変ぞ。」高瑞が、顔を上げて言った。「我とて結局、妃とのことでおかしくなってしもうた。今は正気に戻っておるが、結局女というものに失望してしもうたからの。今は、同じ女神とはいえ月の眷属が相手であるから、あちらはこちらを気遣ってくれるし、心地よう過ごしておる。そうでなければ、生涯独り身と思うておったわ。」
燐も、頷いた。
「我は維織であるから、こうして穏やかに過ごせておると思う。あやつも男で何やら失敗したようだったし、お互いにほど良い距離を弁えておるしな。一人になりたい時には、そう言えばこちらに面倒なことを言わずにあっさり場を外してくれる。やはり、相手にはそういう女を選ばねばならぬわ。己を押し付けて来るのは、我でも耐えられぬ。ゆえに、鷲の宮では誰にも興味はなかったしの。」
皆が、何やら暗い顔になった。
維明が、言った。
「…さて、雑談はこれまでぞ。集中して早う済ませよう。それから話せば良い、我らは父上から、ひと月戴いておる。時は後でも充分にあるわ。」
皆は頷いて、また目の前の答案に向かい合った。
…みんないろいろあるんだなあ。
蒼は、自分だけでなかった事にどこかホッとしながら、皆の採点を見守っていたのだった。




