試験当日
その日、最上位の全ての業務はストップし、何かあれば試験を実施しない上位の翠明から順に、塔矢、仁弥、公明、樹伊の宮に問い合わせるように通達されていた。
龍の宮は、試験を受けない軍神達が内向きの務めを代わり、何とか動かしていた。
侍女達には試験は無いので、もっぱら侍女達が、軍神達にやって欲しいことを言ってそれをこなして行く形だ。
どうやら他の宮でも、同じ状態のようだった。
龍の宮の軍神で試験に参加するのは、まず百位までは必須、後は受けたいと名乗り出た者と、義心から受けろと命じられた者達となっていた。
なので、序列は関係なく、会合の宮大広間へと皆は集められ、そこで緊張気味に座っていた。
隣りの会合の宮会合の間には、同じく文官達が集められているようだ。
そして、もう一つの会合の宮中大広間には、新しく召し抱える候補の神たちが集められているようだった。
それぞれの会場には、維明、維斗、月の宮から一時的に戻った将維が入り、監督することになっている。
ちなみに維明は会合の間、維斗は大広間、将維は中大広間にそれぞれ配置されていた。
日の高さが決められた位置に来て、維心によって封じられていた、厨子の封じが解けた。
維明は、言った。
「…父上の封が解けた。」と、蓋を開いた。「時ぞ。問題用紙と回答用紙を配る。手にしたらまず、一番上に所属と記名。そこから始めよ。日が沈むまで時は与えられ、終わった者から我の前にあるこの厨子に回答用紙のみ入れて、問題は持ち、戻って良い。」
維明は、さっさと先に回答用紙を列の前に人数分置いて行った。
文官達はそれを後ろへ後ろへと送り、全員が言われるままにきちんと記名している。
次に維明は、問題用紙を配って行った。
手にしたら者から必死に問題用紙を凝視し、せっせと筆を走らせ始めた。
ここは広いので、神と神の間は広く開いている。
維明が見張っているので、他の解答を覗き込むことは不可能だった。
全員が黙って怖いほど真剣に回答用紙に筆を走らせるのを、維明は壇上から椅子に座って眺めていたのだった。
誠は、その問題が目の前に来た時に、思った。
…簡単な問題から始めるようになっている。
もちろんのこと、誠はそこはさっさと解答して行った。
選択式で、これなら下位の者でも必ず解けるので、少しは落ち着いて向かえるはずだ。
よく考えられている、と誠は思った。
とはいえ、段々に難しい問題へと移行して行き、もしかしてと問題用紙をめくると、一番最後はかなりの難問になっていた。
全部で百問だが、各項目にはその配点が書かれてあり、最初の問題が2点なのに、最後の問題は30点もあった。
…この辺りで、点差が付きそうだな。
誠は思いながら、また問題へと目を向け、せっせと筆を走らせた。
維月が、のんびりと居間で座って庭を眺めている、維心に言った。
「…他の宮でも維心様の封が解けて、試験が始まっているようですわ。場所がないと、駿様の宮では訓練場に机を出しておりますね。大広間では入りきれなかったようで。」
維心は、頷いた。
「その日は晴らしてくれと駿から言うて来ておったわ。ゆえに雨雲は夕刻までこちらへ流れて来ぬ。西の果てに留めておるから、あちらが大変ぞ。神威には、一日降るゆえ山が崩れぬように見ておけと伝えておいた。」
これは、わざとやっておる快晴なのね。
維月は、頷いた。
「皆励んでおるようですが、庭師と職人は我関せずで責務に向き合っておりますわね。あれらには関係ありませぬものね。」
維心は、また頷いた。
「そうだの。庭にでも出るか。奥の滝の近くに植えさせた、焔の花が気に掛かる。あれもコケの一種だそうな。小さく愛らしい花を咲かせるのだとか。」
維月は、微笑んだ。
「はい。ですがまだ…もうそろそろ咲く頃なのですが。弥生も中頃までお待ちになられないと。」
維心は、微笑み返した。
「そうか。待ち遠しいの。すぐに咲かせよと命じても良いのだが、負担になってはのう。せっかくにもらったものであるし。」
維月は、頷いた。
「はい。無理はさせとうございませぬわ。それでなくとも慣れない場所に参った花達ですから。大切にしなければ。」
維心は、頷いた。
「そうだの。とはいえ、此度は蒼に面倒を掛けるな。神世全ての文官の採点など大変なのではないのか。」
維月は、苦笑した。
「はい。確かに時は取るやもと。慣れてはおるので、他でやるよりは速いとは思いますが、文章問題など部分点といって、満点にはならないがほぼ正解である時に、加わる点数がございますの。その辺りの採点が難しいので、燐様と高瑞様にお任せしてとなるようです。」
あの二人まで巻き込まれておるのか。
維心は思ったが、これも月の宮のためだろうと、どんな風に戻って来るのか、まだ試験も終わっていないのに楽しみにしていたのだった。
試験が始まって、二時間ほどが経過した。
試験監督の交代要員はあいにく居ないので、維明は壇上でアクビを噛み殺していた。
…こんなに何もやることもなく、時を過ごすのは久しぶりぞ。
維明は、思って皆を見回した。
相変わらず必死に筆を走らせているのは最前列に近い者達で、つまりは序列が高い文官だ。
後ろへ行くほど苦悩しているような顔になっており、解答に苦労しているようだった。
後ろへ行くほど、筆が止まっているのだ。
…分かりやすい。
維明は、思って皆を観察していた。
何も分からぬ事なく真っ直ぐに解答して行ったとしても、恐らく三時間は掛かるだろうと言われている試験問題なので、まだ誰も席を立ってはいない。
何もわからないと、早々に諦める者も居ないようなので、維心はホッとした。
皆、とにかく何かを書こうと必死なのだ。
窓の外には、日が高く昇り始めている。
三時間には今少しか、と維明が伸びをしていると、ふと、誠が筆を置いた。
…誠?
維明は、目を丸くした。
あれはそこそこ優秀なはずなのに、もう諦めようと?
だが、誠は回答用紙と問題用紙を手に立ち上がり、維明の前で頭を下げた。
「維明様。終わりましたので、収めさせて頂きます。」
維明は、驚いたが真顔で頷いた。
「入れて、戻るが良い。」
誠は頷いて、維明の前の厨子に回答用紙を伏せて入れると、また維明に頭を下げて下がって行った。
…どういうことぞ?!
維明は、急いで厨子の中の伏せられた回答用紙をひっくり返した。
それは、びっしりと回答欄が埋められており、下の方の文章題も全て綺麗に埋まっていた。
しかも、サッと見たところ文章題は完璧な正答だった。
維明は、それをまた伏せて厨子に戻しながら、チラと筆頭達を見た。
筆頭達は焦るのか、これまで以上に速い速度で筆を動かしていた。
…速ければ良いわけではないが…。
維明は、思いながらそれを眺めた。
とはいえあの誠に限っては、かなりの能力を持っている。
父がいきなり序列もつかない侍従を四位にしたと聞いた時は、また何の気まぐれかと思ったが、恐らくこれを知っていたのだろう。
これから仕事が楽になるかも知れない、と維明は密かに思っていたのだった。
それから、鵬、公沙、祥加の順に筆頭達も無事に終えて行き、とりあえず序列が上位の者達は、午前中に全て終えて、前列から何列かはもうここには居なかった。
そろそろ退屈だと思っていると、義心が入って来て、膝をついた。
「維明様。試験監督をおかわりいたしましょうか。」
維明は、眉を上げた。
「主、試験は?終えたのか。」
義心は、頷いた。
「は。終えた後でもう任務に着けると王にご報告に参りましたら、維明様と交代してやれと仰せで。我ら軍神は、維斗様の大広間の方で受けましたので、我の回答用紙はあちら。なので、こちらの関係ない会場なら、問題なく監督できようとのことで。」
もう、終えたのか。
軍神なのに、と維明は思ったが、そもそも義心が全て書き込んだのかも分からない。
なので、何も聞かずに頷いた。
「では、頼んだ。ならば、鵬達も終えておるし、軍神と臣下候補の方の監督をさせるか。維斗も、将維もそろそろ退屈であろう。」
義心は、頭を下げた。
「は。お伝えして参りますか。」
維明は、首を振った。
「いや、我が命じて参るわ。」と、席を義心に譲った。「頼んだぞ。」
義心は、頭を下げた。
「は!」
そうして、義心は厨子の前に座る。
維明はやっと解放された、と、会合の宮の回廊へと出たのだった。
すると、向こうから鵬、公沙、祥加が歩いて来るのが見えた。
…探しに行かずで良かったわ。
そう思ってこちらへ来るのを待っていると、三人は維明の前まで来て、膝をついた。
「維明様。王からの命で、維斗様、将維様と交代のために参りました。」
維明は、父上が、と頷いた。
「そうか。我も今義心と代わって参ったところよ。ならば、早う代わってやるが良いぞ。」
「は!」
そうして、鵬は大広間、祥加と公沙は中大広間へとそれぞれ向かった。
それを見てから大回廊へと向かって歩いて行くと、遠く後ろから、声がした。
「兄上!」
維明は、振り返る。
すると、維斗が飛んで来ていて、向こうからは将維がこちらに気付いて浮き上がったのが見えた。
「維斗。」維明は、維斗が追いつくのを待って、続けた。「そちらはどうだった?退屈であったろう、こちらは誠がかなりの速さで仕上げて来て驚いたぞ。三時間には少しという時間であったわ。」
維斗は、頷いた。
「最初は退屈だと思うておりました。が、軍神達は百位までは強制的に受けさせられておりますでしょう。上位はやはり、何も知らぬでは務まらぬのでこの限りではありませなんだが、二十位ぐらいになって来るともう、全く筆が動いておらぬで。早々に諦めて提出しておりましたので、あれらは期待できませぬな。最初の選択式の問題だけ、何とか埋めたような形でありました。それより義心は、四時間弱ほどで全て終えて提出して参りましたが、チラと見ただけでもかなりの正答率。あやつはこちらもできるのかと、驚いた次第です。」
将維が追いついて来て、着地した。
「そちらはどうか?」
維明が、答えた。
「お祖父様…いや、将維。」
将維は、苦笑した。
「記憶があると面倒よな。将維で良い。それで、皆書き込めておったか?採用試験の者達は、若いが励んでおったぞ。誰を召し抱えるのか迷うのではないかの。」
維明は、頷いた。
「願ったりでございますな。ところで、文章題の採点は月の宮でも燐殿と高瑞殿が担当するとか。」
将維は、頷いた。
「その通りよ。案じずとも、我もやる。蒼がそこだけ採点できないと悩んでおったゆえ、哀れでな。」
維明が、言った。
「蒼には面倒を。ならば我も、その時には月の宮へ参って手伝いましょう。父上に許可を頂いて参ります。蒼にはそのように伝えてもらえませぬか。」
維斗が言った。
「ならば我も。面倒ばかりを押し付けてと思うておりましたので。」
維明は、頷いた。
「ならばそれで。早う済ませてしまおうぞ。」
そうして、三人は維心に会いに、奥宮へと足を向けたのだった。




