会合
言われてみたら、何やらスッキリとしたような宮の中で、今年初めの会合が龍の宮で執り行われた。
夜明けから次々に王達が到着し、今回は節分の祭りも兼ねているので、皆それぞれに親族も伴って来ていて、到着口はいつも以上にごった返していた。
それを、最近ではもう当然となっていた会合の宮へと誘導し、本宮はなので静かだった。
あの宮ができるまでは、全てを本宮の中に収めていたので、本宮が忙しなくて落ち着かなかったのだ。
維心が会合へと出て行き、維月はその後の宴の席へと同席するため、準備を整えて待っていた。
そこへ、侍女が入って来て頭を下げた。
「綾様、多香子様、ご面会を申し出ておられます。」
維月は、頷いた。
「来て頂いて。」
侍女は、頭を下げて出て行く。
どうせ宴の席で会うのに、わざわざ挨拶に来るのもおかしいので、恐らく二人は個神的に会って話したいと思っているのだろう。
上位の王達の控えの間は、本宮にあるのでそれほど待たない間に、扉の前で声がした。
「王妃様。綾様、多香子様お越しでございます。」
維月は、頷いた。
「これへ。」
扉が開いた。
すると、そこから目が覚めるほどに美しい、綾と多香子が並んで入って来て、頭を下げた。
「お正月ぶりでありますわね。よう来られました。」
二人は、顔を上げた。
そして、宮の序列から多香子が先に口を開いた。
「龍王妃様におかれましては、本日お招きいただきましてありがとうございます。」
綾も、言った。
「こうしてお会いできますことを、感謝致します。」
維月は、頷いた。
「お座りになって。」と、侍女達を見た。「離れておりなさい。友と語り合いたいの。」
それを聞いた侍女達は、綾、多香子の侍女も含めて頭を下げてその場から去った。
維月は、言った。
「…それで。如何なさいましたか。宴の席では申せぬことですか。」
綾は、頷く。
「はい。維月様には、椿のことをご存知でありましょうか。」
維月は、眉を上げた。
「え、椿様?いかがなさいました?」
宮が忙し過ぎて、何も聞いていないし、見ていなかった。
維月が思っていると、多香子が言った。
「我は宮が近いのもあり、鷹の様子はよう伝わって参ります。椿様には、箔炎様とどうやら上手く行っておられないご様子。我が王にそれとなくお聞きしましても、王は仕方がないのよと、何やらご存知であられるようなのですが、我には仰いませんの。」
マジか。
維月は、内心思った。
何やら箔炎の気を読んでも、椿に対して良くない感情を持っているようなのは透けて見えてはいた。
が、夫婦などいろいろあるものなので、縁が切れたといってそれまでの歴史もあり、そのうちマシになるだろうぐらいに思っていたが、もしや拗れているのだろうか。
縁が切れてもなんとかなる、と己に言い聞かせて放置していた、自分を叱ってやりたい心地だった。
「…存じませんでしたわ。我が王は、そもそもそんなことには全くご興味もお有りにならぬので、我にお話くださることはなく。では、本日も椿様は来ておられぬのでしょうか。」
綾は、首を振った。
「それは、皆が参るのにと無理矢理に申してついて参ったようです。我は、今回ぐらいは来ぬでも良いのでは、今箔炎様に反抗して良い事などないのではと文を送りましたのに、結局来ておりまして…到着口で、顔を合わせましたの。輿は別であるし、箔炎様には椿など居ないようにさっさと翠明様、志心様と歩いて行かれました。我が王も戸惑っておられるご様子でしたが、促されるのに仕方なく侍女に我を任せて、共に歩いて行かれた次第。そんな有り様なので、宴の席でなどこんな事をお話できることはないと、多香子様と話し合って今、参りましたの。」
多香子は、頷く。
「このままでは…恐らく面倒なことに。鷹の侍女からも、良い噂は聞きませぬ。よく行き来しておるので、我の侍女とあちらの侍女は懇意にしておって、伝え聞いておりまする。」
多香子の口調が、キビキビと少し軍神チックに戻っている。
恐らく本当にまずいと思っていて、素が出そうになっているのだろう。
とはいえ、それを聞いたからと、維月に何ができるのだろうか。
まさか陰の月の能力で、箔炎の心を戻せと言うのだろうか。
「…お話はわかりました。が、我にできる事などありませぬわ。陰の月として、できないことはありませぬが、それをしてしまうと箔炎様のご神格が失くなることに。意思を奪う事になりますので。まかり間違って、我を想われるということにもなりかねぬのですよ。陰の月とは、誠に面倒な力の持ち主で。」
綾は、首を振った。
「そうではありませぬの。箔炎様がどうお考えなのか、維月様にはお分かりになろうかと思うて伺いましてございます。それにより、我らも椿を説得することもできようかと…何しろ、あの子はまだ戻れる、愛されていると思うておるようで…かなり強引な様で。」
そういうことか。
維月は、息をついた。
「…これを申して良いのか…まず、箔炎様から椿様への愛情は、もう全く感じませぬ。それどころか、疎ましく思うていらっしゃるようで、強く出れば出るほどそれは強固なものになりつつありまする。つまりは、我から申し上げるならば、このまま静かに宮で過ごされるか、それが否なら里へ帰られた方が椿様のお為になるのではということです。」
やはり、という顔を二人はした。
綾は、ため息をついた。
「…やはり。正月から何やら、嫌な予感はしておりましたの。椿から愚痴のような文が来る度に、女は結局穏やかな者が勝つのだと言い聞かせて。多香子様から案じる文を戴いた時には、なのでやはりと思うておりました。もう、手遅れなのですわね。」
維月は、困ったように言った。
「とはいえ、心とは流動的なもの。このまま淑やかに過ごしておったなら、想いが戻ることもあるやも知れませぬ。ただ、椿様のご性質では、そんなに長くは堪えておられぬでしょうし…皇子もいらっしゃるのに、できたら己を抑えてお待ちになることを、努めて頂きたいとは思います。」
縁がそれで復活するかもしれないしね。
維月は、内心そう思いながら言った。
「…壊れた関係を元に戻すなど、相当な何かがない限り無理ぞ。」多香子が、呟くように言った。「生涯を誓える男など、そうそう居るものではないのに。」
綾が、え、と驚いた顔をする。
多香子が、ハッとした顔をした。
「…多香子…出ておるわよ。」維月が言うと、綾はそっちにも驚いた顔をした。維月は、苦笑した。「綾様、多香子様は我の友で、軍神でありましたでしょう。月の宮での行儀見習いの時に、表向きの顔を我が教えたのですわ。あの、我とて月の宮では里であるので、こんな風ではありませぬから。お互いに素で過ごしており、多香子は軍神の話し方がなかなかに抜けぬで苦労しておりました。我らは素を隠して公の場に立っておりますので。」
多香子は、言った。
「綾様には申し訳なく。我はこちらの男のような話し方で、皆様のようには、長くはなかなかに保てぬで。」
綾は、驚いた顔をしていたが、ぷ、と吹き出すと笑った。
「まあ、我の前でそのように。ご案じなさいますな。我らの中でそのようなお気遣いは無用ですわ。元のようにお話くださいませ。」
多香子は、驚いた顔をする。
維月は、からかうように言った。
「ですって。多香子、ならば今は良いのではない?我とて疲れるのよ、あなたが必死に言葉を選んでおるのだと分かっておるから。」
多香子は、しばらく黙っていたが、肩の力を抜いた。
「…困ったものよ、すっかり慣れたとばかり思うておったのに。維月には感心するわ、何故にそのように振る舞えるのかの。我には無理ぞ。が、これも務め。とはいえこれからは、綾様の前でも素を出せると思うと気が楽になったことよ。」
綾は、笑った。
「まあ。我は逆にその方が、多香子様らしゅうて良いですわ。凛々しい殿方より、余程慕わしく思いまする。」
多香子は、神妙な顔をした。
「我はそっちには興味はないからの。惚れるでないぞ?」
綾はまた笑った。
維月もつられて、堪えきれずに声を立てて笑ったのだった。