身に余るもの
良い具合に場が温まって来た所で、志心が言った。
「…所で、維心に譲ってもらった他の双剣なのだがの。」と、侍女に頷き掛ける。侍女は、頭を下げて脇に置いてあった厨子を3つ、運んで来た。「ようけあったが、そのうちの3つ。他は我も使いたい物があるし、とりあえず置いてあるが、維心が申してくれたように、この3つから夕凪に選ばせようと思うておるのよ。」
王は、筆頭軍神は懐刀と言われているので、それなりの装備をさせる。
志心も、夕凪に良い物をと思ったのだろう。
炎嘉は、頷いた。
「良いな。双剣は使い手が限られておるから、ようけ譲ってもらって羨ましいわ。」
維心は、炎嘉を見た。
「何を申す、主とて良い職人を抱えておろうが。それとも、主も筆頭に何か与えたいのか。」
炎嘉は、うーんと唸った。
「そうなると、他の宮にも筆頭の分まで主から与えたことになりそうだし、とりあえず良い。また、欲しい時は言う。」
維心は、苦笑した。
「わかった。」と、宙を見た。「義心!」
志心も、宙を見た。
「夕凪!」
すると、二人とも待ち構えていたかのように、サッと庭の方から飛んで来て、窓から入って来ると、それぞれ王の前に膝をついた。
確かに、夕凪の腰には二本の双剣が収まっている。
「御前に。」
維心は言った。
「主、風刃は?今持っておるか。」
義心は、頷いた。
「は。刀のお話をなさっておいでなのは分かっておりましたので、もしものために変えておきました。」
そういう痒い所に手が届くのが、義心の凄いところだ。
というか、臣下は皆、上位になるほど先を見越して、すぐに王の命に従えるように構えているのは確かだった。
焔が、身を乗り出した。
「ならば見せよ。さあ、この蓋の上に乗せてみよ。」
義心は、腰から風刃を引き抜くと、それをそっと抜き身のまま言われた通りに、厨子の蓋の上へと置いた。
皆が、まじまじとそれを見る。
「…ほほう、確かにこれは良い刀ぞ。維心が使っておってもおかしくはないほど、素晴らしい刃紋よ。」
炎嘉が言うのに、焔も頷く。
「これで斬られたら一瞬よな。スパッと行きそうだし、斬られたことすら分からぬような。相手が楽よ。」
維心は、言った。
「義心なら使いこなせると思うた。腕が悪いと、刀も使われとうないだろう。これの良い所を完璧に引き出せるからこそ、これは義心の腰に収まっておるわけよ。」
皆が惚れ惚れとそれを眺めている中で、志心は夕凪を見た。
「夕凪。」
夕凪は、頭を下げた。
「は。」
志心は続けた。
「主は長年よう務めてくれておる。主は我の懐刀であるし、未だに必死に腕を上げようと励んでおるのを知っておる。」
夕凪は、なぜに急にそんなことをと、顔を赤くして深々と頭を下げた。
「は。もったいないお言葉、更に精進して参ろうと思います。」
義心と比べて、叱られるのだろうか。
夕凪が構えていると、志心は先を続けた。
「本日維心から、この龍の宮の名工達が打った双剣を多数譲り受けてな。」え、と夕凪が顔を上げると、志心はまた続けた。「主に一組与えようぞ。そこの3つから、好きな物を選ぶが良い。」
夕凪は驚いて、並べられた3つの厨子を見た。
侍女が、その蓋を端から順に開いて行く。
…なんということだ…!
夕凪は、その完成度の高さに驚いた。
全てが完璧に見えたが、その中でも夕凪の目を引いたのは、青白く光る、刃紋すらもまるで絵のような一組だった。
目を離せずにそれを無言で見つめていると、志心は言った。
「…これか?」と、その厨子を押した。「手にしてみよ。」
夕凪は、震える手でそれを握ってみた。
吸い込まれるようにピッタリと手に馴染み、しかもこんなに強靭そうなのにかなり軽い。
いくらでも振れそうに思うほど、それは手に馴染んだ。
まるで長年、使い込んでいたようだった。
「…良さそうではないか?」志心は、言った。「それにするか?」
夕凪は、志心を戸惑いがちに見た。
「…ですが、このように良い品を。我には身に余るように思います。」
本当は、喉から手が出そうなくらい欲しい。
これで立ち合えば、義心にすら勝てそうな気がして来るのだ。
しかし、刀も未熟な己に使われては、不満だろう。
もっと腕が上がれば、これを使うに値するほどに上達すれば…。
だが、志心は言った。
「だが、握ってみてしっくり来るのではないか?」夕凪がまた驚いて顔を上げると、志心はフッと笑って続けた。「それを使うが良い。それは、主を選んだのだ。ゆえにしっくり来るのよ。ここにあっても誰にも使われずに眠っておるだけだった。ゆえに維心から譲られたのだからの。主を待っておったのだから、使ってやるが良い。」
夕凪は、目に涙を浮かべた。
…我を待っておったと。
夕凪は、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。これに相応しい腕になるように、更に励んで参ります。」
志心は、頷いた。
「よし。帰ったら、鞘を作らせる。楽しみであるな。」
夕凪は頷いて、その双剣が収められた厨子を抱きしめた。
やっと、終の刀に、出逢えた気がしていた。
義心はやっと皆の視線から解放された風刃を腰へ戻し、夕凪と共に王の側を辞した。
夕凪は、まだ大事そうに厨子を抱いている。
義心は、そんな夕凪と並んで飛びながら、言った。
「良かったではないか。全て己で使われても良かったのに、そうやって一本を主に下賜してくだされた。それだけ信頼してくださっておるのだ。」
夕凪は、頷いた。
「最初は身に余る光栄だと素直に嬉しかったのだが、段々に何やら怖くなっておる。あまりにも良い品であるから、誰ぞに盗られはせぬかと。」
義心は、笑った。
「何を言うのよ、盗っても目立つゆえ使えぬし、この筋の刀は皆、ある程度それ自身に力があるゆえ、そういった邪な気持ちで近付く輩は己で殺しよる。手にした途端に、狂うて己に刃を突き立てさせたりするのよ。恐ろしいであろう?」
夕凪は、え、と驚いた顔をした。
「誠か。そんな力が?」
義心は、頷いた。
「まあ、相手がかなりの気を持つ神であったら狂う事なく奪えるだろうがの。我とてこの風刃を、非常時に投げて相手に突き刺した事があったが、そやつはそれを引き抜く事も出来なんだ。急所は外れておったので、そのまま逃走したが引き抜けぬからもがき苦しんでそのまま事切れたようだ。我が見つけた時には、風刃を胸に刺したまま、己で胸を掻きむしった後があった。壮絶な最期だったのだろうなと思うた。それからは、寝覚めが悪いゆえ一太刀で送ることにしておる。まあ、この刀はかなり昔の名工が打ったもので、特別だからだと王は仰っておったがの。」
夕凪は、目に見えて退いていた。
が、頷いた。
「…盗られる心配はないようだが、気を付けて使わねばな。早う鞘を作って頂いて、我も常腰に下げておこう。」
義心は、苦笑した。
「我は、実は風刃はあまり使わぬのだ。戦や王の方々との立ち合いなど、これという時には持ち出すが、それ以外は屋敷に保管しておる。なぜなら、傷を付けたくないからぞ。投げたこともあり、そんなことになって失っておったらと思うと恐ろしくてな。何しろ、いつなり呼び出せるゆえ。」
夕凪は、また驚いた顔をした。
「王ではないのに、呼び出せるのか?まあ、主の気の量ならば可能か。」
義心は、首を振った。
「違うのよ、こちらの力もだが、そもそもが刀の方にも力がないと、呼び出せぬようで。王達は最良の刀をお持ちであるから、自然刀にも力がある。我も、この風刃を賜ってしばらくしてから呼び出せるようになった。他の刀は無理ぞ。」
夕凪は、抱いている厨子を見た。
「…ならば我も?」
義心は、頷いた。
「呼び出せる。まあ、もう少し使って、刀との信頼関係を築くが良い。その後のことぞ。」
刀との信頼関係…。
夕凪は、初めて聞く言葉に戸惑ったが、何やら自分の能力が上がって行く気がして、先を思うと心が沸いたのだった。




