やっと宴へ
輿は、大変に良い座り心地だった。
侍女達でも気を使えば簡単に持ち上げられるので、運ぶのが格段に楽だ。
何しろ、宴の衣装ともなると重いので、皆で維月を囲んで裾を持ち上げ、中腰状態で歩いて行くので、侍女達は大変だったのだ。
それが、これで格段に彼女らも楽になった。
が、万が一の事があるので、運ぶのは侍従達になった。
維心が、輿の隣りを歩きながら言った。
「良いな、皆楽そうよ。我もこうして並んで歩けるので、良いわ。」
維月は、微笑んで頷いた。
「はい。いつなり運んで頂かねばならなんだので、本当に良かったですわ。他の妃の皆様にも、派遣しておると誠は申しておりましたわね。」
維心は、頷く。
「そうだの。」と、声を落とした。「…椿以外にだがな。」
維月は、ハッとした。
そうだ、維心様に報告していなかった。
「そうでしたわ、私が茶会の席で…。」
なんと説明しようかと思っていると、維心は頷いた。
「知っておる。箔炎の侍女が慌てて知らせに参ったからの。あれは場を弁えずに愚痴ばかりであったか。」
…そうよね、一大事だもんね、知らせに行くわよね。
維月は、息をついた。
「…はい。他の妃の皆様も、お困りのようでありました。なので、立ち去るように申すよりなかったのですわ。」
維心は、息をついた。
「さもろう、箔炎は謝っておったが、あやつが謝るのは違う気がするしな。とりあえず…翠明には、龍王刀でも使っておらなんだやつが四本あったろう。あのうちの一本を、貸し出す事にした。宮の守りをさせることにする。」
維月は、驚いて維心を見た。
「まあ。あの四本のうちの一本をですの?宮から出るのは初めてではありませぬか。」
維心は、苦笑した。
「初代と二代が使った刀ぞ。その腰にぶら下がってあちこち出ておったわ。が、他の宮の守りを命じるのは初めてぞ。どこまでやるか、見ておこうと思うておる。舞っても良いと皆に申したが、必死に止めるゆえな。此度は主も言う通り、舞うのはやめておくわ。」
それは皆様止めるでしょうに。
維月は、本気で舞うつもりでいたのだと冷や汗ものだった。
王達が止めてくれて、良かったと思いながら、輿に揺られて宮の中を、寛いで進んで行ったのだった。
宴の席へ到着すると、侍従達が他の輿を片付けているところだった。
こうして見ると、維月の輿がやはり一番豪華だ。
シンプルなのでこんなものかと思っていたが、他はもっとシンプルだった。
…いきなりいっぱい作れと言われたんだものね。
維月は、思いながら維心に手を取られて降ろされた輿から立ち上がった。
誠がキビキビと輿を近くの納戸の中へ運び込む指示を出しているのを後目に、二人は開いた扉の向こうへと入って行った。
壇上では、もう王達が細長い厨子を前に、座っていた。
維心が、言った。
「持って参ったのか。酒は?飲んでおらぬか。順番どうの、もうずっと今日は朝から宴であるのだから、今更関係ないだろう。」
炎嘉は、答えた。
「その通りだが、主にこんな物を譲ってもらった手前、先に飲んでおるなどできぬと話し合ってな。」
維心は、維月を脇へと座らせながら言った。
「良いのに。何を気にしておるのよ、眠っておった刀であるのに。時々に使ってくれたら刀も喜ぶわ。」
駿が、言った。
「…だが、あれほどに良い物を見たことがなかったのだ。まるで、我を待ってそこに眠っておったように思うほど、完璧な握り心地で。控えで一度振ってみたが、これ以上にないほどしっくり来た。なぜに龍が獅子にピッタリの刀を打つのだと、不思議に思うたもの。」
維心は、座って言った。
「そうだの…我が職人達に聞いて知っておるのは、あれらは刀をこれと思うて打っておるのではないのだと。鋼を打つ時、熟練の職人ほど、鋼自身がなりたい形に、自分を誘導して出来上がるのだと申しておった。その声を聞き逃さぬよう、言う通りに細密に打つ事ができたのが、かつて龍王刀を打った男だった。回りの気を鋼が申すように込めて、寸分違わず打つ事ができたのだと聞いておる。ゆえに、その鉱石を採掘して参った場所でも、型は変わる。ちなみに龍王刀はこの地で採掘された鋼からできておるらしい。つまりは、主らが選んだその刀が、主らを呼んでいたのなら、それは主ら縁の場所で採掘された鋼であったのかもしれぬの。だからこそ、それぞれが欲しいと申す刀が違うのよ。主らが選んだと申すより、それがしっくり来ることから、刀が主らを選んだのだと我は思うておる。」
炎嘉は、感心したように言った。
「誠か。」と、開いた厨子の中を見つめた。「これは我を選んだのだの。」
焔が、頷く。
「我は炎嘉が刃皇刃皇言うゆえ、そんなに良いかと握ってみたが、全くしっくりこなんだ。逆に炎嘉は全く興味を示さぬ如月が、見た瞬間からこれだと思い、握った時はなんと良い心地の物かと思うたもの。そういうことだったのだの。」
維心は、頷く。
「その通りよ。我は、義心にも刀を下賜したが、その折あやつに数本並べて見せて、どれが良いかと聞いたのだが、あやつは風刃と申す千七百年前の名工が打った刀を選んだ。だが、職人に評価は風刃よりも同じ名工が打った別の刀の方が良かった。しかし、義心はこれよりはないとそれは喜んで大切にしておる。まあ、普段は風刃ではなく、転生してから父親に与えられた普通の刀を使っておるがな。万が一折れたりしたら大変だとか申して。主らの相手をする時には、そういえば風刃を使っておるの。それが礼儀と思うておるのだろう。」
志心が、息をついた。
「刀一つでと思うておったが、ここの刀はあまりにも優れていたわ。控えに戻ってから、多香子と二人で全ての厨子を開いて見たのだ。多香子も驚嘆しておった。が、あやつは普通の刀を使うゆえ。双剣も励んでみようかとか申しておったわ。」
維心は、眉を上げた。
「そうか、主のところは王妃も立ち合うものな。」と、維月を見た。「維月には、我が二本挿しておる時に使っておった、短い方の刀を与えておるのよ。あれも、古来からの物で、志心の風奏と同じ男が打った物ぞ。維月、多香子にも一本、何か選んでやるか。」
維月は、微笑んで頷いた。
「はい。お帰りになる前に、共に蔵へ参る事をお許しくださいませ。せっかくですので、お好きな物をお譲りしたいですわ。」
多香子が、急いで言った。
「そのような。身に余る品を、山のようにお譲り頂いておりますのに、これ以上は。」
維心は、首を振った。
「良いのよ、主は維月の友であるしな。他には…そうか、恵麻も立ち合うよの。」
維月は、頷いた。
「はい。もしよろしければ、恵麻様にも何か。」
維心は、頷いた。
「良い。この際であるからな。塔矢にも譲ったし、恵麻にも選ばせるが良い。」
恵麻が、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。」
塔矢も、同じく頭を下げた。
「誠に感謝致します、維心殿。」
維心は、答えた。
「だから良いと申すに。うちは腕の良い奴が多いからの。維月が在庫が減って喜んでおる。また収められるからの。」
そうなのよ、まだまだあるから。
維月は、内心思っていた。
確かに三の蔵には多くの出来の良い刀を収めているが、実はまだある。
二階に入り切らなかったので、残りは二階ではなく、三階の端に箱に入れたまま積んであるのだ。
それを並べたいので、在庫が減るのはとても有り難かった。
炎嘉が、それに気づいて言った。
「…待て、また並べられるということは?もしや他にもあるのではないのか。」
維月は、バレた、と思ったが、維心は苦笑した。
「主はその刃皇が気に入ったのではないのか?それを手放して良いほど、他に良い物があると?」
そう言われて、炎嘉はまた刃皇を見つめた。
「…いや。」と、その刀身をそっと撫でた。「これが一番だと思う。」
それから、皆己の刀を見せ合って、それが如何に優れているのかと論じ始めた。
場は和やかに過ぎて行った。




