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一の蔵

維心が、すっかり険しい顔付きになっている皆に言った。

「何を暗い顔を。さあ、主らが見たいと申しておった、一の蔵へ参ろう。」と、歩き出した。「一の蔵には、主らが見たがっておる珍しい物が山とあるぞ。」

焔が、気を取り直して頷いた。

「そうだの!せっかくに楽しみにしていたのだから、ここは面倒は忘れて楽しもうぞ!」

皆がぞろぞろと一の蔵へと近付くと、それはこれまで見て来た物とは全く違った。

ここまでの蔵は、機能重視のあっさりとした建物で、石を積み上げ丈夫に作られているだけで、今時の蔵、という感じだ。

だが一の蔵は、どっしりとした昔の建物で、細かい装飾がそこかしこに施され、扉を挟む二本の丸い柱には龍が巻き付いて昇り、頭はこちらを見ているような彫刻があった。

扉も大きく、そこにも向かい合う龍が彫り込まれてある。

年季の入った建物だったが、これまで美しく保とうと磨いて来たのか、ツヤツヤと光っていた。

階層は他と比べて低く、恐らく三階くらいだろうか。

とはいえ、横にも奥にも大きく、収容能力はありそうだった。

そしてその扉の前には、ここまで居なかった軍神が二人、柱の前で扉を守っていた。

維心が近付くと、二人は膝をついた。

「これらと共に中へ入る。」維心は言った。「扉を開け。」

軍神達は、頭を下げた。

「は!」

二人は、扉についている輪に手を掛けて、手前へ引いた。

すると、また重苦しい音と共に、それは大きく開かれた。

真っ暗だったが、維心が手を上げると、薄っすらと光が灯り、中が見えた。

「参ろう。」

維心は、足を踏み出す。

王達も、初めて見る龍の宮最古の蔵へと、足を踏み入れたのだった。


背後で扉が閉まり、焔はビクとした。

「…これまでは閉じなかったのに。ここは閉じるのか。」

維心は、頷く。

「開放厳禁でな。中を覗いて、欲しい物があったらその誘惑に負ける者も居ないとも限らぬし。入ったら閉じるのが決まりぞ。」

炎嘉は、周りを見回す。

「…どこから見たら良いのかの。そこらにいろいろあるが、扉もまた多くあるな。」

維心は、頷いた。

「そちら。手前から年代が新しい物を収めた部屋になっておる。奥へ行くほど貴重な物ぞ。入ってすぐのここに置いてあるものは、確かに珍しいが他と比べてもそれほどではない物や、時々に使うゆえ素早く出せるようにしてある物。」と、歩いてすぐにある棚を指した。「そら、これは維月の額飾りと、我の頸連ぞ。」

そこには、厨子に並べて置かれたそれらが、綺麗に収まっていた。

「誠にそうよ。なんとの、これだけでもかなりの価値なのに、こんな目の前に。」

志心が言うと、炎嘉が言った。

「ここへ入るだけでも、かなりの関を潜らねばならぬゆえ、そうやって無造作に置いておけるのだろうの。」と、維心を見た。「主が一番、この中で価値があると思うのはどれぞ?」

維心は、苦笑した。

「それは龍王刀と玉ぞ。あれは代々受け継がれて参ったもので、即位の時しかここから出されぬゆえ、滅多に目にするものではないからの。その他ならば、龍王刀を打った龍が遺した刀。一本は我が今使っておるが、他に四本ある。歴代の王達が、これと思うた物をその中から選んで、己が生涯使うと決めるのだ。ちなみに我が今使っておる刀は、誰も選んだ事のなかった一本でな。力が強いので、それに振り回されるようなら戦では役に立たぬ。皆、一度は使おうとしたが、荷が重いと他の物に変えた。我が五代の時初めて使いこなして今に至る。将維も六代の時に使おうとして無理だったが、七代の我がまた使っておるのよ。」

志心が、顔をしかめた。

「あの触れるだけでもスパッと行く刀か。確かに振り回されたら己の身すら危うくなるものの。」

焔が、言った。

「それを見てみたいのう。どんなものぞ?そも、何故に龍王刀は使わぬのだ?龍王の刀なのに。」

維心は、奥へと足を進めながら答えた。

「あれは使うものではないわ。重い上にごちゃごちゃ装飾が多くて我の好みではない。刀身だけなら、あれが一番良いがな。」と、どんどんと奥へ足を進めた。「こちらぞ。宝物庫の中よ。」

いきなり宝物庫か。

皆は思ったが、ゴクリと唾を飲み込んで、足を進めた。

奥へと進むと、一見なんでもないようなシンプルな両開きの小さな扉があり、その前で維心は立ち止まった。

「こちら。」

え、と皆拍子抜けした顔をした。

「え、これだけ大層な造りの物に囲まれておるのに、宝物庫がそれ?」

漸が言うと、維心は振り返った。

「あのな。これ見よがしにここが宝物庫ですとか分かるように作ると思うか。その昔から、ここはこのままぞ。昔は賊も多かったし、このように隠して作られてあるのだ。まあそのせいで、維月は昔知らずに中へ入ってしまい、面倒が起こった事があったがの。」

確かに、物置かという扉だ。

炎嘉が、苦笑した。

「あの、龍王の玉が失くなった時のことであるな。あやつは主の結界も知らずに抜けよるからの。しようがないわ。」

維心は、頷いてその扉を開いた。

すると中は、少し地下へと入っているのが入口に数段の階段があり、岩をくり抜いたように壁は平面ではなかった。

維心が、階段を降りた。

「参れ。この蔵は背後に大きな岩があり、それを守りとして作られておるのだ。」

炎嘉達は、そろそろと維心について入って行く。

両脇には棚があって、その上にはいろいろな物が乗っており、一番奥の棚には派手な細かい装飾の、横長の厨子が鎮座していた。

その隣りには、小さな袋がまた一つ置いてあり、そのまた隣りには、大きめの長い厨子が並んでいた。

維心は、躊躇いもなくその棚に近付き、言った。

「こっちの。派手な厨子の中には龍王刀が入っておる。こっちの袋は玉。」と、その隣りの厨子に手を掛けた。「これが例の刀よ。」

維心が厨子を開くと、その中には綺麗に並んで四本の刀が収められていた。

「この、一番上のやつが将維が使っておった刀。西の果てに戦に出た時も持っておった。二番目が初代龍王と二代龍王が使ったと言われている刀、その下が父上…張維が使っておったもの。その下が三代が使っておったものぞ。」

皆は、じっと覗き込んだ。

「…絵師が居ったら描かせたいの。これは素晴らしい刀ではないか。」

確かに、人世だったら皆がカメラを構えてパシャパシャやっているだろう。

「触れさせてやりたいが、恐らく最初は手こずるからの。ここで暴れたら、宝物庫の中が破壊されてしまうゆえな。」

そんなにか。

「…手に取るだけでもそんなことになると申すか。」

維心は、頷いた。

「血が沸くと申すのかの。刀の力に飲まれてしまうのよ。その昔は、これを盗もうという輩が居ったらしいが、皆軒並み刀を握って死んでおった。身に余る力は持たぬ方が良いのだ。」

道具だけでも、龍はここまで違うのか。

「…どんな魔でも、切り裂いてしまいそうだの。」箔炎が言った。「椿を里へ帰した後、美穂のようにならぬか案じられておるが、これがあれば少しはそんな邪な心地も切り裂いてくれように。」

皆は、箔炎の懸念がそのまま神世の懸念だと黙る。

維心が、言った。

「…それなのだがの。」皆が、維心を見る。維心は続けた。「維月はいきなりやめよと申すが、我は此度の節分、舞っても良いかと思うておるのだ。」

え、と皆が息を飲む。

舞う…?

炎嘉が、言った。

「舞うとて、まさか破邪の舞いか?え、今から?!」

「ならぬ!」志心が慌てて言った。「一月は前から申さねば、どこも何の備えもないのだぞ!それなら花見とか、その辺にせぬか!とにかく、本日はならぬ本日は!」

箔炎も、あんなことを言ってしまったばっかりにと、急いで必死に言った。

「良いから!椿の事は、いきなりに闇を孕んだりせぬだろうし、とにかく猶予はあるはずぞ!気持ちは嬉しいが、本日だけはならぬ!」

漸が、呑気に言った。

「え、破邪の舞いとてもしかして、あの龍の宮から発した物凄い気の放流か?ここ数百年なかったのに、突然最近にあったゆえ、我らも驚いたが、あの時一気に宮が綺麗になったゆえ、便利な嵐もあるものよと思うておったのだがの。」

炎嘉が、漸を叱るように言った。

「主は出て来たばかりで分からぬだろうが、こやつの舞いの破壊力は凄まじいのだぞ!真正面で受けた我らはしばらく具合が悪かったのだからの!」

漸は、神妙な顔で頷いた。

「確かに具合は悪うなったわ。しばらく回復せぬで困ったが、清浄な気であったからそれに当たったかぐらいに思うておった。自然現象だと思うておったし、文句を言うても仕方がないと考えて。だが、あれは維心が舞ったからだったのだの。」

知らぬとは怖い。

皆が思っていると、維心はため息をついた。

「…ならば仕方がないの。あの時は、そこそこ綺麗にしたくて、結構力を込めたのだが、此度はそれなりにしようと思うたのに。主らがそう申すのならば、やめておくか。」

炎嘉が、頷いた。

「そうせよ。いよいよとなったら舞えば良いから。あの後構えておったのにどこの宮でもエライことになって、しばらく大変だったのだ。いきなりなど無理ぞ。己の力を侮るでない。」

維心が思い直したようだったので、皆ホッとする。

だが、確かにいよいよとなれば、維心の舞いという最終手段があることを、皆は悟って頷き合ったのだった。

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