消失
維月は、恵鈴を囲んで皆で話している最中に、不意に地の片割れである碧黎の意識が、消え去るのを感じ取った。
「…!!」
維月は、フラとふらついて畳に手をつく。
隣りの綾が、驚いて維月の肩を抱いた。
「維月様?!いかがなさいましたか?!」
維月は、真っ青な顔をしている。
「なんとしたこと…!お顔の色が…!」
皆が騒ぎ出す。
しかし維月は、必死に碧黎の気配を探っていた。
碧黎の力はここにあるが、しかし碧黎の意識を全く感じないのだ。
「お父様…!」維月は、回りに構わず窓から空を見た。「十六夜…!お父様の気配が、全く消えてしまったの!」
十六夜の声が答えた。
《落ち着け、維月。親父は大丈夫だ。次元の扉を抜けたから、意識があっちに行っただけ。親父の力はあるだろうがよ。問題ない。心配すんな。》
次元の扉…?
「別の次元に、いったい何の御用で…?」
十六夜は、言った。
《蒼から頼まれてな。あっちの次元から、飛ばされて来た奴らが居てよ。塔矢に世話になってたみてぇだが、埒が明かないって蒼に談判に来たんでぇ。さっきまで関の房で話してて、親父があっちの神に話を付けに行った。》
「お父様に…?」
恵鈴が、戸惑った顔をする。
確かに次元などという大きな事に、父では対応できないだろう。
そもそも今は、聡子の喪中でそれどころではないはずだ。
維月は、心を落ち着かせながら、言った。
「お父様ならば問題なく帰って来られるのでしょうけれど…なぜ我に一言なかったものか。このように消失を感じ取って、皆様にもご心配をお掛けすることに。」
綾は、維月を支えながら首を振った。
「そのような。よろしいのです、友なのですから。我らのことは、お気になさらず。」
明日香も、オロオロしながら頷いた。
「ええ、我らはよろしいのです。それより維月様、お顔の色が。真っ青ですわ。」
維月は、息をついた。
「もう、落ち着いて参ります。突然でしたので、驚いただけですの。我は隠の地でもあるので、片割れの意識が突然に消えて、まるで目の前で死んでしまったように感じてしまっただけで。」
多香子が言った。
「それでも我より顔色が悪いですわ。横になられて。我らは構いまぬから。」
綾も言う。
「そうですわ。幸い褥もありますから。」
十六夜の声が言った。
《そんなに心配するこたねぇよ。ちょっとびっくりしただけだ。》
維月は、綾に手伝われて横になりながら、空を睨んだ。
「…あなたからしたら、私の意識が急に感じ取れなくなったようなものなのよ?それはショックでしょう。息が詰まるかと思ったわ。」
十六夜は、答えた。
《分かってる。だが次元を越えただけだ。気になるなら、行くか?オレが連れてってやろうか。親父の居場所を探りゃいいんだから、行くのは簡単だぞ?》
そんな簡単に。
維月は、首を振った。
「行かないわ。昔なら追い掛けて行ったかもしれないけど、勝手にそうするのがお父様のご迷惑になるのはもう知っているもの。でも、戻られたら文句は言わせてもらう。何も言わずに消えたら心配するでしょうって。」
十六夜は、笑った。
《分かった。帰って来たらお前に会いに行けと言っとく。とはいえ、親父にしかできねえことを頼んでるんだから、後でな。》
維月は、拗ねたように横を向いた。
「…分かってるわ。」
恵鈴が、言った。
「お父様が誰かを保護しているとは、聞いておりました。お義姉様がお亡くなりになる前のことでしたし。確かに見たことがございます。葬儀の折に、お里帰りをさせて頂きましたので。」
明日香は、言った。
「まあ。どのような神でありましたか?」
恵鈴は、答えた。
「いえ、それが神なのか人なのか。お父様も考えあぐねておられました。本人達は人だと申すし、ですが我らのことが見え、術も使えますの。ここではない別の場所から来て、そちらへ帰りたいと申しておりましたが、あれらが申す場所はどうにも見当がつかず。仕方なく、見つかるまではこちらでと、放り出すわけにも行かず、面倒を見ておるようでした。それからお義姉様が亡くなられ、父もそれどころではないようで。」
塔矢は、深く悲しんでいるのだと聞いている。
確かに余所者のことに心を砕く余裕はないだろう。
「蒼に聞きに参ったのは、正解でした。次元を越えておるのなら、この地上には帰る場所はありませぬ。次元を難なく扱えるのは我が父だけ。ここへ来ないことには、解決など無理でありましたから。」
綾は、維月に布団を掛けながら、言った。
「それにしても…別の次元の世界とは、いったいどのようなものでしょう。興味がございますわ。」
多香子も、頷いた。
「誠に。恵鈴様、聞いておられますか?」
恵鈴は、頷いた。
「なんでも、あれらの世界では、神はたったの一柱なのだとか。その神に仕える巫女が、大聖堂と言われる場所より消えた途端に、世界は荒廃し始めたらしいのです。作物も畑のほんの一割ほどしか収穫までこぎつけられず、人は飢えて、多くが苦しんでおるのだと。ゆえに、あれらは巫女を探して、世界を救おうとして旅をしている最中に、気が付けばこちらにいたのだ、と。」
え、と皆が言葉を失くす。
何やら、聞いたことがある。
「ま、まあ。」明日香が、言った。「あの、何やら王達が遊んでいらっしゃる、あのゲームとか申す物の世界にそっくりでありますこと。」
全員が、そう思っていた。
「…ゲーム?」
多香子が、怪訝な顔をする。
恵鈴も、わけが分からないといった顔だ。
…そういえば、この二人はゲームをしているのを見ている時には、その場に居なかった。
維月は、言った。
「人世の遊びで。ここには、人世との架け橋ですので、人世から帰った神も多く居ますの。ゆえに、それがあって、お隣りでは王達がそれに興じていらっしゃいます。人が作った物語の中で、問題を解決して行くもので。」と、もしかしてと恵鈴を見つめた。「恵鈴様、その、塔矢様にお世話になっていた者たちの、名はご存知ですか。」
恵鈴は、戸惑いながらも頷いた。
「はい。変わった名で…サイア、ライラ、メイアと申します。」
知っている妃達が、皆口を押さえた。
「そ、それは…確か、維月様がステータスというものなのだとお教えくださった、箱に書いてあった名と同じでは?」
明日香が言う。
維月は、険しい顔をした。
もしかしたら、また詠み人が読んだ物語なのではないか…?
「…恐らくそれは…人の能力者が、そうと知らずに別の次元の様子を読んで、それをゲームにしたのでは…。我には、その能力について覚えがございます。考えられることですわ。」
維心様は、気付いていらっしゃるだろうか。
蒼がこんなことを話していないはずはないので、恐らく迷い人については知っているだろうが、その詳しい内容まで話しているのだろうか。
十六夜の声が、察したように言った。
《あ、気付いたか?そうなんだよ、多分詠み人だろうなって。今、隣りで一緒にゲーム攻略してらぁ。》
皆が、え?!と空を見上げる。
「なんですの、詠み人?」
多香子が言う。
維月は、慌てて言った。
「十六夜!」詠み人のことは、一部の神しか知らない。維月は続けた。「それより、ゲームしてるの?そのサイア達が?」
十六夜は、頷いたようだった。
《ああ。あいつら途中までは知ってるから、案内させて進めてた。今はもう、あいつらも知らない所に来てるから、一緒に考えてるな。》
何やってるのよ。
維月は、呆れた。
まあ、次元となると碧黎にしか対応できないので、丸投げして遊んでいるのだろう。
…お父様はどうされているかしら…。
維月は、孤軍奮闘している碧黎が、急に心配になったのだった。




