異邦神
蒼が嘉韻と共に関の房へと入って行くと、義心と新月もちょうど戻って来たところだった。
関の房の一室で、李心達軍神に囲まれて小さくなりながら、三人の神が椅子に座って待っていた。
ここの調度は、そんなに良いものではない。
なので、何やら物悲しい雰囲気がする。
蒼は、それらの前に進み出て、言った。
「オレが蒼。月の宮の王だ。オレに話があると?」
真ん中の一人が、飛び上がるように立ち上がった。
こうして見ると、二百歳ぐらい、成神したての歳ぐらいに見える。
「蒼様!」と、頭を下げて、他の二人にも立ち上がるように促す。二人は立ち上がり、頭を下げた。その男は続けた。「お忙しいところ、申し訳ありませぬ。我はサイア、こちらはライラ、そちらはメイアと申します。あの…このようなこと、恐らく月の宮ぐらいでないと理解してもらえぬと思い、しかも正月ならばいろいろな神がこちらに集まっていると聞き、矢も盾もたまらずご無礼を承知で参りました。」
蒼は、首を傾げた。
「ここらでは聞いたことのない名だの。字は?」
覚えがあるようには思うけど。
蒼が思っていると、サイアと名乗った男が、困ったような顔をした。
「いえそれが…字は無いと申しますか。我らを拾った神は、思い出せぬのならカタカナで良いか、とか申しておりました。」
思い出せぬのなら?
蒼は、顔をしかめた。
「思い出せぬと申すのなら、まあそうなろうが…オレは記憶を戻すとか無理だぞ?世話になっていた神とは誰よ。」
サイアは、答えた。
「はい。トウヤ様と仰る神で。」
トウヤ…塔矢か!
蒼は、身を乗り出した。
「塔矢に世話になっていたのか?それで、塔矢は。ここに主らが来ているのは知っておるのか。」
サイアは、首を振った。
「いえ…塔矢様はお子様を亡くして、とても悲しんでおられて。正月には皆が集まるので、我らのことを話してみようと仰ってくださっていたのです。ですが、喪中とかでお出ましにならずに。我らはもう、数カ月困ったことになっており、どうあっても元居た場所に帰りたいと、こうして我らだけで宮を抜け出して参りました。が…聞いておった場所に近くなっても、結界があって先に進めず。困っておったら、断層の所で人の遺骸に行き当たり、具合を悪くしておりました。そうしたら、そちらの神が来て…。」
李心は、頷いた。
「見回っておりましたら、人が倒れておる近くで、これらが動けなくなっておりまして。このようなことになっております。」
蒼は、息をついた。
「まあ、とにかく話を聞こうか。いったい、何があって記憶を失うようなことに?まあ、記憶がないなら覚えておらぬやも知れぬが。」
サイアは、首を振った。
「いえ、我らは記憶を失ってはおりませぬ。字を知らぬのは、我らがここの者ではないから。あの、我ら神と言われておりますが、我らの地では神ではありませんでした。人であって、何ら特別なことはなく…我らの神は、ただ一柱でその神に仕える巫女を探して、旅をしておりました。」
ただ一柱?…東の大陸の、ユージーンの所の天使だろうか。
「…天使か?」
しかし、サイアはまた首を振った。
「いえ、天使でもありませぬ。とはいえ、トウヤ様とお話していて、こちらの人が魔法も使えない、神も見えない非力な存在なのは知っております。我らは多くの技を持ち、魔法を使えます。こちらの神達が、気というものを扱うのに似ておって、ゆえに我らは神なのだとトウヤ様には言われました。」
魔法を使える、人…。
蒼は、眉を寄せた。
人の頃なら、よく聞いたシチュエーションだ。
だが、まんまファンタジーで、現実では人がそんなものを扱うことはなかった。
「…よう分からぬ。つまり、主は人が魔法というものを扱う、ただ一柱の神が治める地から来たと?」
サイアは、何度も頷いた。
「そうなのです!トウヤ様には何度もご説明しましたが、記憶がおかしいと思われているようで、聞いてはもらえませんでした。とにかく、故郷の場所が分からぬのなら、こちらで生きるしかないのだから、こちらに慣れるようにせよと仰せで。」
まあ、そう言うしかないわな。
蒼は、また息をついた。
「…主らの故郷の場所を知って、帰りたいと望んでおると。それでオレの所に相談に来たのか?」
サイアは、頷いた。
「はい…。あの、頭がおかしくなったと思われても仕方がありません。が、我らは神ではなく…そもそも、飛べぬのです。歩いてここまで来ました。」
李心が、それには頷いた。
「そう、これらは歩いておりました。飛んでいるろところは一度も見ておりませぬ。飛んで来たなら、こちらも気取るのが早かったと思うのですが。」
確かに人は飛べない。
維心達がやっているゲームでも、街道を歩いて移動しているので、みんなイライラしている。
が、とりあえず戦う時には人としてはチート技が使えるので、そこでストレスを発散している形だ。
そう、まるでゲームのような世界から来た者たちなのだ。
「…この地上には、そんな場所はないな。ここは地球という星で、その上の神達は大勢で分けてそれぞれの土地を守っている。そしてここは日本という島国で、とにかく大勢の神達が人を、土地を守って生きていて、一柱ということはない。そもそも広大な地上を、たった一柱では無理なのだ。主らの土地のこと、詳しく話してみよ。」
サイアは、ライラとメイアと顔を見合わせる。
ライラが言った。
「あの…地球とは何でございましょう。ニホンという名も、初めて聞きました。星というのも…空に輝く、あの星でありますか?」
蒼は、驚いた顔をした。
もしかしたら、星に住んでいるということすら、知らないのかもしれない。
いや、そういう研究がまだ進んでいない土地なのだ。
「…ますますもって、恐らく主らはこちらの土地のどこかから来たわけではなさそうよ。」と、宙を見た。「碧黎様、もしかしたら違う次元から飛ばされたとかですか?」
碧黎の声が、答えた。
《その通りよ。これらはここでは異質な存在。そう長くはこちらでは生きてはいられぬ。それらは間違いなく人で、糧がなくては生きることはできぬ。我にはそれを与えることはできぬ。》
いきなり聴こえた声に、そこにいる三人は、目を丸くした。
蒼は、構わず言った。
「でも、ご飯ぐらい食べさせますよ。」
メイアが、頷いた。
「トウヤ様にもいろいろ戴いて、こうして生きております。」
しかし、碧黎の声は答えた。
《物質としての空腹は満たされても、その実その糧より摂取するはずの、我の気が主らに浸透せぬからだ。塔矢の所で何不自由なく面倒を見てもらっていたのに、日々焦りが募ってじっとしておられなんだのではないのか?それは、身の危険を感じ取っていたからぞ。このままではマズい、と本能が告げておったのだ。どちらにしろもうマズい。具合が悪うなったのは、人の遺骸のせいではない。ここまで歩いて力を消耗しておったから。主らは、主らの神の地へ戻って糧を得る必要がある。》
まじかよ。
蒼は、三人を同情して見た。
何かのきっかけで、こんな所に飛ばされてしまい、こんなことになっているのだ。
蒼は、ダメだろうな、と思いながらも、聞いた。
「あの…そうしたら、次元の扉を使えば、帰れますよね。碧黎様には、その次元を特定して帰してやることができますか?」
碧黎は、答えた。
《出来る。それらは我の管轄の命ではないゆえ、さっさとあちらの神に返したいところであるが、そうしてもそれらがこちらへ飛ばされた原因が分からぬでは、帰してもまた戻って参るぞ。己の管轄外の命なのだし、己で何とかせよと言わずで良いから、本来簡単に戻すところであるがな。まあ…あちらの神に話を聞いて来ても良いがの。》
マジか。
蒼は、いつにもまして協力的な碧黎に、食い気味に言った。
「お願いします!このままこちらで死なせたら、寝覚めが悪いですし!」
碧黎は、ため息をついた。
《正月から面倒な。まあ良い、行って参るわ。我とて己の命の世話だけでいっぱいいっぱいよ。他の命にまで責任を負わされとうない。早う返したいし、聞いて参ろう。しばし待て。》
碧黎の声は、そこで途切れた。
三人は呆然としていたが、蒼は言った。
「今のはこの地の全ての面倒を見ているこの地そのもの、碧黎という命だ。主らの神に交渉に行ってくれる。その間、主らは月の宮で待つが良い。」
三人は、まだわけが分からないようだったが、とりあえず頭を下げた。
「ありがとうございます。」
蒼は、後は碧黎に任せておこう、と、サイア、ライラ、メイアの三人を客間へ案内するように言い、また王達が集う応接間へと、戻って行ったのだった。




