案じられる気配
維月は、王達が先に上がって、一旦控えの間に戻ったと聞いて、妃達に束の間の別れを告げて、維心の対へと戻った。
ここ月の宮には、維心の対があり、他の王達が控えの間に戻るのとは違い、自分の対へと戻るからだ。
維心の対は蒼の奥宮にも近く、家族扱いなのだ。
維月が維心の対へと戻ると、そこには維心が寛いだ様子で座っていた。
「維月。戻ったか。」
維月は、頭を下げた。
「お待たせしてしまいました。杏子もやって来て、話をしておりまして。」
維心は、維月に手を差し出した。
「良い、これへ。」
維月は、その手を取って維心の隣りへ座る。
維心は、その顔を覗き込んだ。
「…どうした?何やら浮かぬ顔。恵鈴か?」
維月は、分かるのねと維心を見上げた。
「…はい。どうにも七槻と離れるのを嫌がるので、他の妃の方々もさすがに勘付いてしまわれて。杏子が同じく月の眷属で感情が見えるので、明かしてしまいましたの。なので、私も言うよりありませんでした。しかしながら、ご納得して頂けたかどうか…。」
去り際の恵鈴からは、不満の色しかなかった。
恵鈴からしたら、まだ妃ではないのだから、何がいけないのかと思うのかも知れない。
若い女神が初めて恋を知ると、役目よりも己の感情に頑なになるものだ。
維心は、息をついた。
「こちらでも、高彰とそのことについて話したばかり。」維月が顔を上げると、維心は続けた。「あれは気にしておらぬようだった。前世の記憶があるからの。自分がそれを持っておらぬのに、妃に心まで求めてはおらぬのだ。務めさえ果たしてくれたなら、想う女は別で正妃に迎える。そういった考えよ。主には到底理解できぬだろうがの。」
維月は、息をついた。
「いえ、感情的には理解できずとも、もう分かっておりますわ。王の皆様が、そのようにお考えになることは。ですが、それでは恵鈴様があまりにも哀れ。恋した殿方とは一緒になれず、王からも省みられず生きるなど。昔は珍しいことではなかったのでしょうが、今では多くの妃達が愛されて幸福にしております。それを横目に見て、尚堪えよとは酷なのではと思うのです。」
維心も、ため息をついた。
「まあ、親が決めるとそうなるわな。上手くやるところもあるのだがの。さりとて親も、不幸にしようと決めるのではないのに。より良い所へと急いだ結果、恵鈴には難しいことになってしもうたものよ。とはいえ…塔矢とて聡子を失ったばかり。今恵鈴が騒動を起こせば、あやつも休まるまい。」
そもそもが、高彰は良い王なのだ。
その選択に誤りはなかったと思う。
が、そこで恵鈴が心惹かれたのは、王ではなく臣下だったのだ。
「困りましたこと…。やはり、歳が離れておるとこのようなことになるのでしょうか。そういえば、神威様はこの度来られていませんわね。お誘いすると申されていたのに。」
維心は、頷いた。
「我もそのように。蒼が申すには、やはり見えるものがあるので、自分は今年は行かぬ方が良いと返事を返して来たそうな。もしかしたら、高彰と恵鈴のことも、アヤツには見えておったのやも知れぬの。」
やはり、縁がなかったのかしら。必ず大人になれば、妖艶な美しい女神になるでしょうに。
維月はまたため息をついて、夜の宴に出る準備を始めたのだった。
その頃、恵鈴は先に高彰の仕度を手伝った。
と言っても、侍女達があらかたやってしまうので、恵鈴はそれを見ているだけだ。
高彰は大きいし、過度に体に触れられるのを嫌がるので、さっと慣れた侍女に替えてもらうのがいいらしい。
妃とはいえ、高彰からしたら、恵鈴から見ても、まだそこまで深い付き合いのある感覚ではないし、恵鈴も遠慮して近づかず、高彰も側に寄ることはなかった。
そんなこんなで先に着替えが終わった高彰が、出て行くのを侍女達と頭を下げて見送って、恵鈴は自分も着替えに戻った。
が、気が進まない。
母も父も今回は居らず、庇ってくれるはずの祖父の炎嘉も、あんなことを言って恵鈴を困らせた。
良かれと思ってくれたのだろうが、それでも恵鈴にはありがた迷惑だった。
…七槻は、どうしているのかしら。
恵鈴は、ふと思った。
今回も、七瀬と共に来ているはずだ。
だが、王達の揃う場には同席できず、いつものように側に控えてはいない。
…七槻に相談さえ出来たら。
恵鈴は、思った。
なので、自分の侍女に言った。
「…紗英。七槻はどこに居るのかしら。」
紗英は、答えた。
「はい、恵鈴様。恐らく臣下の控えに居るのではないでしょうか。ここ月の宮では、コロシアムの方に軍神宿舎があり、そこに臣下達もお部屋を戴くのだと聞いております。我らはこの宮の侍女達と同じ控えを戴いておりますの。」
軍神宿舎…。
つまりは、男ばかりの場所だ。
とても密かに訪ねて行くことはできそうになかった。
「…少し、聞きたいことがあって。どうしたら良いかしら。」
紗英は、困った顔をした。
「まあ。ですがこれより夜の宴でありますし…その前にとお考えでありますか?」
恵鈴は、頷いた。
「ええ。皆様とのお話で…宮のことも出て参りましたの。これ以上、我のことで王に恥をかかせるわけには行きませぬし。」
紗英は、それを聞いて頷いた。
「分かりました。しばしお待ちくださいませ、とりあえずお着替えを済ませて。あちらへ他の侍女をやって、七槻殿にこちらへ参るように申しますわ。宴席の方には、遅れる旨をご連絡させます。」
恵鈴は、ホッと息をついた。
「お願い。七槻が居たら、我も安心よ。」
紗英は、頷くと他の侍女達にさっさと指示を出し、あれこれ手配を始めた。
恵鈴は、帰ったら離される七槻なので、この機会に話したいことを皆、話してしまおうと、七槻が来るまでに、話したいことを頭の中で考えていたのだった。
その頃七槻は、誠の部屋から出て、与えられた宿舎へと、七瀬と師斗、師佳と共に回廊を歩いていた。
外宮の回廊から出ようとしていると、あちらから見知った侍女が歩いて来るのが見えた。
「…あれは、恵鈴様の侍女の政子ではないか?」
七瀬が言う。
七槻は、頷いた。
「確かに。何やら急いでおる様子。何かあったのでしょうか。」
二人が立ち止まったので、師斗が言った。
「ならば我らは先に戻っておるゆえ。ではな。」
七瀬は、頷いた。
「ああ、ではまた明日。」
師斗と師佳は、外宮を出て行った。
二人が去った後、やっと政子は七瀬と七槻の前に到達した。
「良かったこと、お呼びしに参るところでしたの。七槻殿、恵鈴様が御用のようで。」
七槻は、驚いた顔をした。
「誠か。宴の席で何か?」
礼儀などには通じていて、粗相は無さそうなのに。
七槻が思っていると、政子は首を振った。
「いえ、控えの間に。王はもうお出ましでありますが、恵鈴様にはご不安なことがお有りのようで。先に七槻殿と話しておきたいと仰せで。」
七瀬は、息をついた。
「また何ぞ?七槻は侍従ではないのだぞ。」
政子は、息をついた。
「そう仰いますな。これも最後のお役目と思うて、お話を聞いて差し上げて欲しいのですわ。」
七槻が、眉を上げた。
「最後の?」
父上は、まだ王にお役目を降りたいことを話してはいないのに。
政子は、頷いた。
「はい。我らお側についておりますので聞いたことでございますが、このご行幸が終わったら、恵鈴様のご教育は、清子殿に入れ替えるとのことで。」
「え、清子殿に?」
清子は、王の侍女長だ。
つまりは、王は先に考えてくれていたのだ。
「それは良いことぞ。」七瀬は、言った。「そうか、こちらもそろそろと思うておったところで。ならば良い、こちらに居る間が最後なのだし、よくよくお話を聞いて差し上げるが良いぞ、七槻。」
七槻は、父に頭を下げた。
「は。では行って参ります。」
そうして、七槻は政子と共に、王達の控えの間へと向かった。
七槻は、これが最後で、跡を清子に引き継ぐのなら、少しでも良いようにしておかねばならぬと、気を引き締めていたのだった。




