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その頃妃達は

維月は、綾と他の妃達と共に、嬉々として脱衣所へ入った。

例の如く、侍女たちには下がらせて、妃だけで助け合って着物を脱いで、タオル一枚で湯殿へと向かう。

紅蘭は驚いたようだったが、皆がさっさと着物を脱ぎ捨てて行くのに、思い切って自分も着物を脱いだ。

「浴衣を着ないなど初めての経験ではありますが、皆さまがそうなさるのなら。」

それには、明日香が答えた。

「こちらへ来たらこのようにと、皆さまで話し合った次第です。我など、ここへ初めて参った時から、宮でも侍女を遠ざけてこのように入りますの。やはり風呂は、こうでなければ。」

綾が、微笑んだ。

「我とて同じでありましょう?紅蘭。宮では一人で入ると誰も風呂には寄せ付けなかったのを覚えておりますか。」

紅蘭は、そうだったのかと頷いた。

「はい。まあ確かにそうでしたわ。いつの頃からか、綾様にはお一人で入ると侍女も遠ざけていらして。だからでしたのね。」と、何やら考え込みながら、まだ帯を解いてもいない恵鈴を見た。「恵鈴?皆さまをお待たせしてしまうわ。手伝いましょう。」

恵鈴は、ハッと顔を上げた。

「あ、はい…。申し訳ありませぬ。」

明日香が、タオルで体を申し訳程度に隠しながら、言った。

「仕方がありませんわ、皆の前であのように…。炎嘉様も、お祖父様であられるのに、今少しお気遣いになってくだされば。」

維月が、言った。

「恐らくお祖父様であるからこそでありましょう。お父上もお母上も居られぬゆえに、やりにくいのならやりやすいようにとお気を遣われたのやもしれませぬわ。」

明日香は、渋々頷いた。

「はい…。」

恵鈴も着物を脱いで、そうして妃達は湯殿の中へと向かった。

…念の為、十六夜の結界を防音にしちゃおう。

維月はそう思い、さっと十六夜の周りから見えない結界の力に、防音の力も加えた。

これで、何を話していても、隣りの王達に聞かれることはないはずだ。

維月は、極力皆が暗い雰囲気にならないように、明るく言った。

「今夜も清々しく心地よさそうなこと。皆様も、どうぞ湯を楽しんでくださいませ。」

綾が、維月の気遣いに気付いて、同じく明るく微笑んだ。

「はい、維月様。誠にお正月は、あちこちの湯殿を堪能できて嬉しい限りですわ。西の果ての温泉も、大変に心地良く…もちろん、この月の宮の開放感にはまさるものはございませんけど。」

維月は、湯を体に掛けてから、足を浴槽へと踏み入れた。

「毎度のことではありますが、確かにこの開放感は月の結界なくしてなかなかにあり得ませぬものね。」

妃達も維月に倣い、次々と湯に浸かって行った。

維月は、浴槽の底の岩に座り、ホッと息をついた。

庭がとても開放的に見えるが、しかしあちらからはこちらが全く見えない仕様になっている。

十六夜の結界は、とても便利なのだ。

「…里も変わりました。」維月は、しみじみ言った。「我が幼い頃は、露天風呂などこちらには無く。それでも大浴場はあったので、よく兄と泳いで叱られましたわ。」

綾が、フフと笑う。

「まあ、活発なお子様でありましたのね。我は…父に厳しく躾けられましたので。」

今生の綾の父は、前世の息子の燐だ。

燐は、母そっくりの綾を、今生こそは幸福にと、幼い頃には我儘にならぬよう、厳しく育てたと聞いている。

維月は、言った。

「我が父は碧黎でありますので。かなり緩く育てられたのではないかしら。兄も我にはとても甘かったし。」

あの頃は、何も覚えていなくて、ただ家族でここに居ることが楽しかった気がする。

父のことが大好きで、十六夜が大好きで、回りは好きな人達に囲まれて、幸せな幼少期だった。

その後、前世を思い出して今に至る。

かなりの長い年月だが、人であった昔はもう遠く、数百年が数十年ほどの感覚だ。

…前世の人の頃の五人の子達も、今は蒼と恒だけしか残っていない。

長女の有、次女の涼、三女の遥は今頃黄泉でどうしているだろうか…。

維月が遠い目をしてそれをしみじみ思い出していると、突然に浴場の戸が横へと開いた。

え、と皆が振り返ると、そこには浴衣を着た、蒼と杏奈の間の娘である、杏子が立っていた。


「あ…」杏子は、驚いて足を止めた。「申し訳ありません、誰か居るなと思いましたが、妃の皆様とは思いもしませず。」

維月が、慌てて言った。

「まあ杏子ではないの。」と、皆に言った。「皆様、蒼の皇女の杏子ですわ。恵鈴様ともお年は近いかと。ご一緒してもよろしいでしょうか。」

皆は、頷く。

「はい、もちろんですわ。」綾が、答えた。「杏子殿、遠慮なさることはないのよ。浴衣も、良ければ脱いで。」

杏子は、おずおずと頷いた。

「はい。失礼します。」

杏子は、浴衣を脱いで側に置くと、タオルを手にこちらへ来た。

湯で体を流す間、維月は言った。

「毎年お正月は杏奈様と北へ参られるのではなかった?今年は行かなかったのね。」

杏子は、浴槽に入って来ながら頷いた。

「はい、維月様。どうやら母は、あちらで我の相手を見つけたいと思われているようで…それを知ると、急に煩わしく思うてしもうて。此度は残るとお父様にお願いしましたの。」

常は、お祖母様と呼んだり、名で呼んだりと変わる杏子だったが、今回は名で呼ぶことにしたらしい。

何しろ、維月の前世の息子である蒼の子なので、孫といえば孫だが、今生の維月にとっては違うのだ。

維月は、答えた。

「まあ…。確かに杏奈様には、ご実家を納弥も選ばずで、お寂しいようであられましたけど。杏子はこちらで縁をと望んでおるのですか?」

杏子は、頷いた。

「はい。あちらに不満があるのではないのですが、この地を離れる心地にはどうしてもなりませず。お母様には、残念に思われて、それでも根気強く言えばあちらでと、此度も何度も共にと申されて。お父様がもう子供ではないのだから己で決めさせよと、諌めてくださってやっと残ることをご承諾くださったのですわ。」

杏子も、百を過ぎて二百に近くなってはいる。

維月は、息をついた。

「まあ…蒼がそのように申すのなら。あなたの良いように決めたら良いかと思いますよ。」

明日香も、頷いた。

「はい。何と言っても北は遠いですわ。我とて想像もつきませぬ場所。見てみたいとは思いますが、なので嫁ぐなど恐ろしく感じてしまいます。とても心細く思いますでしょうし。」

紅蘭が、言った。

「とはいえ、島の中ですら全て見たことのない我からしたら、一度旅してみたいとは思いますわね。どこまでも続く広い大地とは、どのようなものでしょう。憧れますわ。」

ほとんどを宮の中で過ごす皇女が、嫁いで妃となってとなると、それはそうだろう。

維月が、言った。

「まあ。あちらにご興味がお有りですか?」

明日香が、言った。

「それはそうですわ。見たことのない場所など、やはり気になりますものです。」

綾も、頷く。

「はい。蝦夷の地でも目新しく思いましたのに、大陸ともなるとどのようなものなのか。気に掛かります。」

維月は、首を傾げた。

「そうですね…ならば、まずは北西など。同じ大陸でもほど近く、着物も似ており習慣も近しく訪ねやすいかと。白龍の宮ならば、我も娘が居るので気安いですわ。来年は、新年をあちらで過ごせるように、王にお頼みしてみましょうか。」

皆が、目を輝かせた。

「誠ですか?まあ、大陸へ参れるなど、願ってもないこと。是非に訪ねてみたいですわ。」

明日香も紅蘭も、それに黙って聞いていた桜、楢、楓も表情を明るくさせている。

ただ一人、恵鈴を除いては。

杏子が、それに気付いて言った。

「…あら。恵鈴様、どうかなさいましたか?」

…杏子は知らないから。

維月は、言った。

「…恵鈴様は、物思いがお有りなのですよ。」と、恵鈴を見た。「恵鈴様、それほどにお気がかりですか?ご相談にのりましょうほどに。ご懸念を申してくださいませ。」

恵鈴は、顔を上げる。

皆が、恵鈴を見つめて、その言葉を待っていた。


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