合流
妃達の会話は、皇子皇女達のことに移っていた。
まだここに居る妃達の実子達は百年ほどなので、本来まだまだ婚姻までには時があるのだが、それでも良い嫁ぎ先を探すには、早くから押さえておかねばならないので、皆一生懸命だ。
昨今の皇子も、なかなか婚姻しようとしない風潮が広がっているので、まだあまり口答えもしない年頃から決めておきたいと思うようで、皆何とかして良い所をと戦々恐々としていた。
綾が、言った。
「維月様、そちらは皇子皇女共に多くいらっしゃいますが、どのようにお考えでありますか?」
維月は、黙って聞いていたが、息をついた。
「…そうですね。維明はそんな気はないの一点張り、維斗はまだ破談になったばかり。将維と葉月は月の眷属でこちらへ戻って励んでおり、婚姻とは程遠く。」
明日香が、言った。
「とはいえ、維知様は?維明様のお跡は、維知様と聞いておりますが。」
そうか、維知ももう成神だ。
維月は、答えた。
「…確かに。ですが維明ですらあの様子なので、維知は何も考えておらぬようですわ。王も我も維知のことまで考えが及んでおりませんでした。とはいえ、普通ならそろそろ一人ぐらい、と考えねばなりませぬところ。」
維知は、幼い頃から接しているが、素直で愛らしい性質だった。
が、育って来てやはり龍らしく、謹厳実直で維明ほどではないものの、維心と通じるところのある少し頑固な様子も垣間見れた。
維斗の子なのでそこまで顕著ではないし、臣下も接しやすいようだったが、龍王の血族らしく見た目は威厳もあり、凛々しいが冷たい印象はあった。
そういえば、最近は維知とはあまり、腰を据えて話してはいなかった。
「維知様のお顔は存じませんわね。どういったかたですか?」
多香子が言う。
維月は、言った。
「維斗によう似ておりますわ。とはいえ、我が王にも雰囲気は似て。我が王を、今少し親しみやすくしたら維知、という感じかしら。維明は我が王そっくりですが、維斗は我にも似ておる所があるなと分かるぐらいですので、維知もそれを引き継いでおるのでしょうね。性質は…やはり龍の王族ですので。皆様には少し、気難しいとお感じになるやもしれませぬ。」
綾が、言った。
「まあ維知様なら。紡にもお年は近いので、お話相手にもなりましょうか。」
維月は、苦笑した。
「そうですね。ですが次の龍王である維明があの様子なので、維知もまだまだ考えておらぬようで。何より、母親があのようなことになったばかり。龍の宮ともなると、同じく北西の龍の皇女でもダメだったかと、その地位の難しさを感じたようですわ。そもそもが、あの子らは気力が強いので…我は月の眷属なので問題ありませんでしたが、それなりにお体のお強い方でないことには。妃が務まらないのですわ。」
そうか、龍王の妃ともなると、それがあった。
皆は、それを思い出した。
強い気を身に受けると、死ぬことも多いのだ。
その昔、それで龍王は妃を娶らないと言っていたと聞いた。
明日香が言った。
「五代龍王様の時に、長年お一人でいらしたのは、そのせいもあってとそういえば聞いておりますわ。龍王様は大変なのですね。」
維月は、苦笑した。
多分、それは維心様の体の良い口実だったんだろうけど。
「…そうですね。我が王にお聞きすると、気に入った女神の気力が足りないと殺してしまうし、いっそ誰も娶らない方が四方丸く収まるとか、思ったとか。まあ、お気に入る方がいらしたとも聞いていないので、体の良い口実であったのでしょうけれど。我はたまたま、月の眷属で問題なく、我が王にも御心おきなく選ばれたのだと思います。」
それも運命なのかもな。
維月は、維心に会いたくなった。
なので、もう戻ろうと皆を見回した。
「…さて、そろそろ戻りましょうか。長らく放置しては、王におかれましても拗ねておしまいになるやも知れませぬし。」
綾は、息をついて頷いた。
「そうですわね。王にはいつなり側を離れると、お寂しそうなお顔をなさるから。」
維月は、立ち上がって多香子を見た。
「多香子様、ではまた。共に参りたいところですが、今月末までゆっくりとお過ごしくださらねば。」
多香子は、立ち上がる皆に寝台から頭を下げた。
「はい。また滞在中にお越しくださいませ。お待ちしておりますわ。」
維月は頷き、そうして、妃達を連れて、王達が集う応接間へと戻って行ったのだった。
応接間では、炎嘉と維心はこちら側に座り、他は畳の上に上がって楽器を手に話していた。
「あら。」維月は、言った。「楽を?」
維心と炎嘉が、振り返った。
「戻ったか、維月。その通りよ。公青が来て、琴の腕前も見ておきたいと思うてな。」
維月は、促されるままに炎嘉と維心の間に座りながら、言った。
「まあ、公青様?」
月からは見ていたが、まだ面と向かって会ったことはない。
炎嘉が、言った。
「そうよ。そら、そこに。」
畳の上を見ると、公明の横、皆の間に混じって、確かに公青らしい若い神が居た。
公青は、畳の上で頭を下げた。
「西の島中央の宮第一皇子、公青でございます。」
維月は、思わず言った。
「まあ…公青様そっくり。」
佇まいまでも、それは似ている。
維心が、言った。
「面識のある者たちは皆そのように。」
維月は、ヤバい不躾だった、と慌てて礼を返した。
「公青様。龍の宮王妃、陰の月の維月でございます。我はお祖父様の公青様をよく存じ上げておりますので、失礼しました。」
公青は、頷く。
「は。」と、まじまじと維月を見つめた。「…陰の月…ということは、陽の月も?」
維月は、頷いた。
「はい。我の片割れ、十六夜と申しますの。」と、窓から空へと視線を移した。「十六夜。来る?」
十六夜の声が答えた。
《行く。》と、目の前にいきなり出た。「親父と話してて、ちょうど降りててさ。」
いつもなら月に居て、光となって降りて来るはずの十六夜が、目の前に当然出たので皆仰天した顔をした。
「こら!いきなり出たらダメだってば!」
蒼が、畳の向こうで言う。
分かっていても、維心並みに大きな気の十六夜が、いきなり目の前に出るのは圧力もあって皆、かなり驚くのだ。
危機感を覚えるからだった。
「…慣れぬ。」志心が、顔をしかめた。「いきなり出るのは何度経験しても驚く。気が大きいのだ、少し考えぬか。」
十六夜は、志心を振り返った。
「親父は上手いこと気を抑えて出るけどさ、オレはまだそこんとこ調整できなくて。」と、急に焦った顔をした。「あ、公青!」
見ると、公青が青い顔をしていたかと思うと、畳の上で前にばったりと倒れた。
「公青!」
公明が、急いで公青を支えているが、もう転がった後だ。
焔も、公青の顔を覗き込んだ。
「公青!」と、白目を剥く勢いで気を失っている公青を、顔をしかめて見た。「ああ、ダメだ。まあ、若いのにこんなのがいきなり目の前に出て来たらなあ。我でも一瞬、息が詰まったほどよ。」
維月は、十六夜に訴えた。
「もう!だから急に出ないでって言ってるのに!」
十六夜は、言った。
「すまねぇ、そんな驚くとは思ってなくてよ。みんな出るなって言うけど、結構平気だから。」
「平気ではないわ!」
炎嘉が言う。
十六夜は、ため息をついた。
「仕方ねぇなあ、出直すわ。しばらく転がしといたら目が覚めるだろ。また来るわ。」
「え、十六夜…」
蒼がそう言った時には、十六夜はまたパッと消えていた。
「もう!騒がせるだけ騒がして!」蒼は、公青を見た。「…治癒の対に運ぶ?」
公明は、案じて顔色を青くしている。
が、維心が言った。
「気を読んでも面倒ない。驚いて気を失っただけぞ。そのまま畳の上に寝かせてやるが良い。そのうちに目を覚ますわ。」
そんな扱い?
維月が驚いていると、炎嘉も言った。
「問題ない。何やら寝ておるような安静な気。気を張って疲れておろうし、何か掛けてやって寝かせておけ。楽は後から続きをやれば良いわ。妃も戻ったし、話でもしよう。」
高彰の件も話しておかねばならぬし。
炎嘉はそう思って、言った。
蒼は、仕方なく侍女達に命じて掛け布団を持ってこさせて、そうしてそこで、公青は寝かせて置かれることになったのだった。




