臣下の交流
誠は、公林と栄加と共に、その昔、前世に与えてもらっていた、月の宮の部屋に集まって茶を飲んでいた。
かつて洪であった頃、蒼が人世の新しい物をここに揃えて、洪はそれに夢中になったものだった。
何しろ、昔から珍しい物は好きで、知らないものを突き詰めて行くことを至上の喜びとしていたのだ。
蒼は、ここを当時のままにしておいてくれていた。
懐かしく思っていると、公林が言った。
「ここは変わらぬな。蒼様も全くお変わりにならず。相変わらずの癒しの気で、心地よいわ。」
栄加も頷く。
「ここへ来ると、時が止まった気がするものよ。何の懸念もなく、ただ遊んでおっても問題のない安心感と申すか。此度はお役目でもなく連れて参ってくださった王には、感謝しかないわ。」
そう、三人は表向き、義心と同じく休めと言われてここへ同行したが、しかしその実、懐かしい月の宮へ連れて来てやりたいと思ってくれたようなのだ。
洪は、窓から見える庭を眺めながら、頷いた。
「我らは恵まれておるのよ。難儀して記憶を持って来て良かったことよ。王のお側に、何度生まれ変わっても参りたいと思うもの。何としても王のお役に立ちたいものよな。」
すると、そこへ侍女がやって来た。
「誠様。獅子の宮帥斗様、帥佳様、高彰様の宮七瀬様、七槻様、お越しでございますが。」
誠は、え、と顔を上げた。
帥斗は駿の筆頭重臣だし、七瀬は高彰の筆頭重臣なのだ。
「…我に?」
今生、まだ宮を代表するような筆頭ではない。
栄加は、言った。
「そら、主は今生もう四位であるから。来てもおかしくはなかろうが。宮同士の交流よ。」
まあそうか。
誠は、頷いた。
「…では中へ。」
公林が、茶を淹れようと立ち上がって茶器へ寄って行く。
侍女が下がって、七瀬、七槻、帥斗、帥佳の四人が入って来た。
七瀬が、言った。
「探しましたぞ、誠殿。我は高彰様筆頭重臣七瀬。こっちは息子の七槻。あの試験でただ一人文句無しの満点だったと評判の誠殿が、今回来ておると聞いて宿舎をお探ししておったが一向に見つからずで。光葉という軍神が、月の宮では部屋を賜っておるからそちらだと教えてくれて。」
試験が満点だったからか。
誠は、頷いた。
「七瀬殿、七槻殿。どうぞお座りください。」と、残りの二人を見た。「そちらは獅子の宮の。」
帥斗は頷く。
「我は重臣筆頭、帥斗、こっちは三位の帥佳。七瀬殿から話に聞いて、ならば我もこの機会にと参った次第。」
誠は、微笑んで椅子を勧めた。
「どうぞ、お座りください。ここは我が王妃様のお里で、我らはそのご縁でこうしてお部屋を与えて戴いておるのです。」と、栄加を見た。「こちらは栄加、そしてそちらは公林です。」
公林は、茶を皆の前に置きながら、会釈する。
そうして、また座っていた椅子へと戻った。
公林が座るのを待って、誠は言った。
「それで。試験のお話でしょうか。」
七瀬は、手を振った。
「いや、あの試験で満点を取る秀才と、会って話してみたいと思うたまで。ゆえに畏まって話さず、砕けてくれて良い。公式の席でもないし。」と、公林と栄加を見た。「そちらの二人とて、我らより博識なのは試験の点数で分かっておるしな。」
まあ、前世の記憶があるから。
三人は思ったが、黙って頷いた。
帥斗が、息をついた。
「主らはいずれ筆頭となり我らと接することもあろうかと。」と、帥佳を見た。「こやつは我の孫でそのうちに跡を継ぐし。」
七瀬が、言った。
「うちの息子の七槻もいずれはと。我は今四百だが、七槻は二百と少しで、まだまだなのだがの。今は、妃の教育係を任されておるのだ。」
妃の教育係と。
そういえば、最近に高彰の宮へ入ったのは、まだ百と少しの恵鈴だ。
となると、やはりそんなお役目も必要なのかも知れない。
…我も前世、まだ五十ほどの維月様をご教育したもの。
誠は、懐かしく思い出した。
栄加が、言った。
「そういえば恵鈴様はまだ百と少し。塔矢様は何事も不足なく育てられたと聞いておるが、足りぬことも?」
七槻が、答えた。
「いや、表向きは何も。ようできた方でありまする。が、我が宮には我が宮のやり方がございますし。王には、それをお教えするように命じられてございます。」
七瀬は、頷いた。
「ここだけの話、とにかくまだ幼い所がお有りであるので、王におかれてもまだ正式にはお迎えになっておらずで。奥の間にお呼びになることもまだ、一度もなく。七槻には、お世継ぎのことを考えて、一刻も早くそれなりにお育てするようにと重い責務に付かせておるのだ。」
高彰からしたら、子どころか孫ぐらいの意識になるほど年の差があるのだ。
まだ正式には婚姻となっていなくても、驚きはしなかった。
「…高彰様には、よう弁えておられる王であられることよ。確かに子供を娶ったと言われては、後々も面倒な噂も立つやも知れぬしな。対外的にも相応しい様にお成りになれば、自然お世継ぎにも恵まれよう。」
誠が言うと、皆は頷く。
とはいえ、臣下からしたら気が揉める事だった。
手を付けていないのだから、何か不足があったらあっさり返して破談、ということもまだ、あり得るからだった。
渋る王がやっと娶った妃なのだから、とにかく世継ぎの皇子だけでもと思うのだ。
その後破談になろうと、そこはもう臣下からしたら良かった。
七瀬は、七槻を見た。
「とはいえもうすぐ一年、賢しい方だとお聞きしておったのに、いくらなんでもそろそろ形になってはいないのか。同じ時期にお輿入れされた紅蘭様は、既に宮を立派に回しておられると聞く。」
獅子の宮のことに話題が振られたので、帥斗が言った。
「紅蘭様は来られた時から既に落ち着いておられて、それは良い妃であられる。何事にも出過ぎることも無く、さりとて控えめ過ぎることもなく、王も機嫌よくお過ごしぞ。うちは皇子が既に二人居られるゆえ、跡継ぎは問題ないが、王のご寵愛が深いので、そろそろまたと思うておる次第。幸運であったと皆で話しておるところよ。」
七槻は、息をついた。
「恵鈴様は愚かな方ではございませぬ。が、ここ最近は何やら別のことをお考えになられているような様で、どうにも気が入っておられぬと申すか。時々にため息をついておられたり…我が宮のやり方が、合わないのかと案じておる次第で。」
七瀬は、驚いた顔をした。
「なんと?やはり里では何の不足もないのに、ここへ来て宮のやり方に染まれと申すのが御心に重いのか。」
しかし、誠は言った。
「とはいえ、嫁げばその宮の王にお仕えにならねばならぬ。違うとは申せ、大きな違いもなかろうし、それでは妃は務まらぬ。恐れながら我が王妃維月様は、何もご存知なく月の宮からお輿入れされ、何もかもを龍の宮にて学ばれてあそこまでにおなりになった。全ては、その妃の心掛け次第で、出来ぬのならば宮を辞して里にお帰りになるお覚悟が必要かと。」
厳しいようだが、それが神世の現実だ。
王の求めに応じて励むのが、妃であるからだ。
帥斗が、息をついた。
「昔はそれを弁えておる女神が多かったものだが、今はのう。若い女神達は、否なら否で、我儘な者も増えておると聞く。紅蘭様もどういったご性質か分からぬうちは、我らも構えたものだったが、あのように出来た方だった。幸運だったと思うておるよ。とりあえず、まだお若い恵鈴様のこと、時をかけたら分かってくださるだろう。ここは根気強く。そのうちに皇子もお生まれになれば、お帰りになりたいと仰られても問題ないのだし。それまで堪えて頂かぬことには。」
七瀬は、頷いた。
「ここに重いわ。何しろ王が、あまりご興味もお有りにならぬご様子であるしなあ。」
誠は、それを聞きながら、これはまた王にご報告しておかねば、と思った。
面倒は、どこから起こるか分からないので、一応頭に置いておいて頂かねばならないのだ。
重臣達は、そうやって一見とりとめのない話を続けたのだった。




