公青
「公青!」公明は、むっつりと棒立ちしている公青に、慌てて言った。「早う入って来て挨拶をせよ!礼儀も知らぬと言われるのだぞ!」
公青は、仕方なく入って来て頭を下げた。
「…西の島中央の宮、公明の第一皇子公青でございます。龍王殿よりの求めに応じ、参じました。」
かつての公青に似てはいるが、しかしかなり若い。
そして、何やら己の感情を隠しきれていなかった。
維心は、うちの皇子ではあるまじき様だなと思いながらも、頷いた。
「忙しい中呼びたてのは悪かったが、こんな機でなければな。我が龍王、維心ぞ。」と、皆を視線で追った。「こちらから、炎嘉、焔、箔炎、漸、志心、高彰、駿、蒼、翠明、渡、仁弥、で、塔矢は喪中で来ておらぬ。これが最上位上位の王ぞ。」
公青は、また頭を下げ直した。
「目通り叶いまして恐悦至極に存じます。」
慇懃無礼にも見える。
礼儀は弁えているようだが、ここではそこまできちんとするつもりはないようだ。
何しろ、初めがむっつりと不機嫌にこちらを見ていたので、公青からしたらいきなり呼び出されて、腹を立てているのだろう。
それを表に出すのが、若いゆえなのか計算ずくなのかは分からなかったが、前の公青ならば計算ずくだろうと思っただろう。
が、思い出していない以上、今生の公青が、いったいどこまで公青なのか、皆には判断できなかった。
渡が、言った。
「なんぞ、始めから。」皆が渡を見ると、渡は空気など読まずに続けた。「たかが皇子が不機嫌に。無礼であるぞ、公青。大方宮が面倒なのに呼び出しおってと憤っておるのだろうが。違うか?」
公青は、ムッとした顔をした。
が、答えた。
「…分かっておってお呼びになられたか。」と、これだけの王に囲まれながら、怯みもせずに続けた。「宮はやっと面倒な臣下を粛清して落ち着いたばかり。父上も我も宮を開けるとなると、これ幸いと何をしでかすか分からぬのでございます。あれらを徹底的に抑え込むには、今少しという微妙な時期。ゆえに、ご挨拶が終わったなら、すぐに戻りたいと思う次第です。」
公明は、慌てて言った。
「公青、落ち着かぬか。太弦を置いて来たのだろうが。」
公青は、公明を睨むように見た。
「あやつだけで何とかなるなら、我とてもっとあちこち外出しております。父上、甘いのです。我らが見張っておらねば、まだまだ完全には元通りにはなりませぬ。我に一任されたはずではないですか。その我がこう申すのですから、誠にまだまずいのですぞ。」
維心は、ため息をついた。
「まあ良い、落ち着け。」と、渡を見た。「去年の正月にも公明と話したゆえ、我には公青の心地は分かるわ。臣下がまずいと宮の根幹が揺るぐ事態であるし、落ち着くまではこちらも安穏とはしておられぬもの。我は洪が居るし義心も居るゆえ、早う落ち着かせて今は問題ないが、中央の宮ではそうではないのだろう。」
焔が、言った。
「とはいえ、何があるのか分からぬのに、いつまでも宮の粛清に時を掛けていては、今のように平和な世でなければ面倒が起こって崩壊の危機に瀕しておったろう。公明は公青に一任しておるようだが、時が掛かりすぎておるぞ。一年も経ってまだ落ち着かぬとはの。公青、主は若いゆえ分からぬやもだが、そうであってもおクビにも出さぬのが王族ぞ。恥を晒しておるようなものよ。それを申して、何とする。我らに同情して欲しいのか?ならば早う帰れと言うて欲しいか。」
公青は、顔を赤くした。
恐らく、返す言葉がないのだろう。
炎嘉が、ため息をついた。
「…まあ良い、此度はこやつの胆力を見られただけでも良かったものよ。そこらの皇子では、緊張して思うておることの一部も我らに言えぬもの。これだけポンポン言えるなら、王も務まろうし。」と、公青を見た。「…主の祖父なら、宮で誰ぞが死んでおっても知られとうなかったら軽口を叩いて皆を笑わせ、おクビにも出さなんだだろうぞ。今少し外の皆の前に出て、慣れておくが良い。もっと狡猾に立ち回る術を学ぶのだ。宮の恥など、軽々しく口にするでない。」
公青は、睨むように炎嘉を見ていたが、息をついた。
「…は。肝に銘じまする。」
…記憶を持っておったとしても、まだ思い出しておらぬな。
公青と面識のある皆が、そう思って公青を見た。
思い出していたなら、公青はもっと上手く立ち回ったはずだからだ。
「…とにかく、一度座ったら?」蒼が、言った。「ほら、ここに。」
蒼は、公明が座っていた自分の隣りを、少し開けて二人座れるように寄り、場を作った。
公明は、公青に言った。
「そら、座るぞ。」
公青は、頷いてこちらへ来て、そこに公明と並んで座った。
蒼は、気を遣って言った。
「大変な時こそ息抜きも必要だよ。珍しい酒もあるし。ちょっと落ち着こう。」
公青は、じっと蒼を見た。
「…月の宮の王、蒼殿か。」
蒼は、頷いた。
「うん、そう。」
公青は、まじまじと蒼を見ながら、言った。
「主は他と違うの。何やら…懐かしいような穏やかな心地になる。」
公明が言った。
「こら、王なのだと言うのに。何を砕けた口調で話しておる。」
蒼は、笑った。
「別にオレは構わないけど。そもそも王になったらどのみちこうなるし。」
そうかも知れないが、今は皇子なのだ。
公青は、言った。
「…申し訳ありませぬ。何やら、蒼殿には安心感があって。さりとてその力には畏怖の感情も湧き上がるもの。」
蒼は、おっとりと微笑んだ。
「まあ、月だからね。やる時はやるけど、そんな時も滅多にないからね。」
月には、気を奪うという最終手段がある。
戦の時に、キレてそれをされたことがある、数少ない神が前世の公青なのだ。
なので、蒼はそう答えた。
が、今の公青が安心感がと言うということは、恐らく死ぬ前には蒼のことは友ぐらいに思っていたのだろう。
何しろ、宮で臣下が反乱を起こした時に、匿っていたのもまた、蒼だったからだ。
漸が、言った。
「我は主の祖父とかいう、公青には会ったことはないが、炎嘉に感じの似た腹の内を悟らせない狡猾な王であったとか。こやつはそれに似ておるのか。」
志心が、答えた。
「まあ、見た目と話し方は似ておるな。内容は、今も言うたように似ておらぬ。主の言うように、腹の内を探らせぬ飄々としたところがあったゆえ。翠明がよう知っておろう?」
翠明は、むっつりと答えた。
「我が父とも思うておった神であったしな。こうして見ると、かつての公青もこんな心地で我を見ておったのかの。若い神は、己が一人前だと思うて大層な口を利くが、その実年上の神から見たら全てが手の内のように透けて見えるもの。若い頃の己が、恥ずかしくなるわ。」
炎嘉が、笑った。
「南西の宮から中央を狙って討って出たものなあ。懐かしいことよ。」
翠明は、顔をしかめた。
「あの頃は若かったのだ。もう蒸し返すでない。」
志心が、笑った。
「己から言うておいて。」と、公青を見た。「これから如何様にも変わって参ろう。今は、外から侵攻して参ることもない情勢であるし、内に掛かりきりでも問題ないことに感謝せねばならぬぞ、公青。戦国ならこうは行かなんだ。」
公青は、頷いた。
「は。肝に銘じます。」
とは言うものの、どこまで納得しているのか分からない様だ。
そんな中、維心が何かに耳を澄ませて黙り込んでいるのに、隣りの炎嘉が気が付いた。
「…維心?なんぞ、何か気になることでもあるか。」
維心は、ハッと炎嘉を見た。
「…いや。何も。気の所為であった。」
しかし、そう言いながら密かに炎嘉に念を飛ばした。
《維月が念で話し掛けて来ておった。気になることを言うておる。後で話す。》
炎嘉は、その念を聞いたことすら維心にすら分からない様で、言った。
「…あちこち気にしておったら休めぬぞ?そら、盃が空であるわ。飲め、維心。」
維心は、頷いた。
「そうだの。」
そうして、炎嘉に盃を差し出して、酒を注がせた。
表向き、席では何事もなく会話を続けていた。




