妃の茶会では
維月は、奥の間近くの畳の間へと皆を呼び寄せて、そこで茶と菓子を前に皆と歓談していた。
場が落ち着いて来たら、合奏でもしようかと楽器も端に寄せて準備はさせてある。
が、皆が笑い合いながら話しているのに、椿は暗い表情で、ただ座っているだけだった。
それを気にしながらも、皆で場を白けさせてはと話題をとっかえひっかえしていたが、さすがにもう誤魔化しきれないようになって来て、綾が堪らず言った。
「…椿。維月様の御前で、いつまで黙っておるのですか。場の空気を乱すつもりなら、控えの前へお戻りなさい。」
椿は、顔を上げた。
「そんなつもりは…」と、維月を見た。「維月様、昨夜は王は控えに戻られずに、炎嘉様と飲み明かされて。今朝も、王の侍女が着物を取りに参って、そちらから王達の集まりへと出掛けてしまわれましたの。」
それは、箔炎は避けているから。
維月は、言った。
「…王が、友に会って話が弾んで結局飲み明かされるのは多いことですわ。まして、炎嘉様と箔炎様は長く友であられるし、同族であられるのですからそんな事もございますでしょう。今は少しの事でも大事に思えるのやもしれませぬが、そのように悩まれるようなことではございませぬわ。」
維心様は、飲み過ぎてフラフラでも絶対に帰って来るけど。
維月は思ったが、そう言った。
「でも…まるで避けておるような。我は、夜明けまでお待ちしておりましたのに。」
え、寝ずに待ってたの?
維月は思いながら、それは重いなと思っていた。
多香子が、言った。
「我は、王がお帰りになったのがいつだったのかも知りませぬ。が、遅くまで宴の席に居られたと、朝侍女から聞きましたわ。王は我を起こしてはならぬと、わざわざ違う寝室へ入って休んでくださっておりました。我はそのお気遣いに、逆に感謝したほどですけれど。」
志心ならそうかもしれない。
維月は思った。
維心は、何があろうと維月の隣りで寝ないと気が収まらないようで、維月が自分の部屋で寝ていても、いつの間にかやって来て狭いのに隣りで寝ている。
王によって対応は違い、そこに相手の気持ちが透けて見えると言ったらそうかもしれない。
だが、大概は箔炎のように、勝手に友の王と共に時を考えずに話し込み、泊まり込んで帰って来なかったり、帰って来ても疲れていて話しにならなかったりする。
そこに、こちらを気遣うという意識はあまり感じられなかった。
王とはそんなもの、という風潮があるからだ。
とはいえ、維月はもう学んでいた。
王の責務は大変に重く、多くの事を判断して全てがその判断の先に結果となって出て来るので、普段から結構な事をその頭の中で考えて、処理している。
全てのことが上手く回るよう、他の王に助けてもらう事も一度や二度の事では無いので、付き合いはとても大切だ。
羽目を外せる時があるなら、もろ手を挙げて歓迎し、楽しむ気持ちも分かるのだ。
「…前は遅くなっても帰って参られました。王には、なので侍女を通じて今宵はお戻りくださいと、言伝を送っておきました。いくらなんでも、毎夜となるとあまりにもご配慮がないと思うのです。我は、間違っておらぬと思うております。」
綾が、ため息をついた。
「昨日、維月様も申されましたわね。一歩退いて距離を置いてご様子を見た方が良いと。あなたは、結局箔炎様を追い詰めておしまいになっておるのですよ。それでは、王であられるのに極端な決定もなさるかもしれませぬ。我らは、妃でしかないのです。何事も、王がお決めになることに、逆らうことはできぬのですから。箔炎様に、決定的な決断をさせる材料を、己から与えてはなりませぬ。」
椿は、驚いた顔をした。
「それは、我を離縁なさるということですか。」
綾は、頷きも首を振りもしなかった。
「ない、とは言えませぬ。ゆえに、強引に出てはならぬのです。王の愛情の上に、胡坐をかいてはならぬのですから。心とは流動的なものなのですから。」
せっかく、皆で他の話題でなんとか場を明るくしていたのに、今の雰囲気は最悪だ。
恐らく、黙っているが明日香も恵麻も、こんな状況に息苦しく感じているだろう。
綾もイライラしているし、多香子も素が出てしまいそうな険しい顔だ。
維月は、自分しか言えない事を、言う事にした。
「…こちらは、穏やかに談笑する場として設けました茶席。このままそのような態度で居られるのならば、皆様にもお誘いした我が申し訳なく思うもの。控えにお戻りくださいませ、椿様。我の茶会は和やかでなければなりませぬ。」
椿も驚いた顔をしたが、壁際に立ち並ぶ、椿の侍女達も驚いた顔をした。
維月の侍女が、進み出て椿に頭を下げた。
「お立ちくださいませ、椿様。扉へご案内致します。」
ようは、維月に出て行けと言われたわけで、侍女達はそれに従おうとしているのだ。
椿の侍女達が、慌てて寄って来て椿の腕を着物袖越しに掴んだ。
「椿様!龍王妃様の命でございます。早う!」
侍女からしたら、それに逆らってさらなる面倒が起こることを危惧しているのだ。
椿はそれでもショックを受けた様子で、維月を見た。
「…我に、出て参れと仰るのですか?」
維月は、頷いた。
「はい。ここは公式の場であって友が内々に集まっておるのとは違いまする。弁えてくださいませ。」
「さあ!」維月の侍女が強く言った。「侍女殿、早う外へお連れくださいませ。」
鷹の侍女達は、皆で椿を引きずるように気を使って座椅子から立たせ、そうしてそのまま、まだ愕然とした顔をしたままの椿を、外へと運んで行った。
椿が回廊へと連れ出されて、扉が閉じられてから、綾が深々と畳に額を付けて頭を下げた。
「龍王妃様、誠に申し訳ありませぬ。我がしっかりとご教育できておらなんだのが悪かったのでございます。」
しかし明日香が、横から言った。
「そのような。前妃のお子であって、綾様よりお年上の義理の娘であられるだけですのに。まして、嫁いで先は己の責任ですわ。」
維月は、頷いた。
「綾様がお悪いのではありませぬ。我こそ、強引に命じてしもうて申し訳なく思います。しかしながら、皆様がお気を遣っておいでなのを感じて、このままではずっとこのように過ごさねばならないと案じまして。椿様には、内省のお時間を与えた方がよろしいかと思いましたの。控えの間で、我らが申し上げたことを、ようお考えになってくださればよろしいかと思います。」
だが、あの様子では無理かもしれない。
維月は、ため息をついた。
多香子が、言った。
「これで良かったと思います。昨日から、椿様は正気ではないのではないかと思うほど、あのようなことばかりでした。龍王妃様の御前であるのに、あれこれと己の話ばかりをなさって。綾様のお言葉も、維月様のお言葉も、全く聞いておられぬような様でありました。我とて、あのまま続くのならば、控えに戻るのをお許しいただこうかと思うたほどですので。」
相変わらずハッキリ言うわね。
維月は思ったが、多香子はさっぱりとしている性質なので、本当に我慢がならなくなって来ていたのだろう。
明日香が、頷いた。
「多香子様の仰る通り。我とていつ、場を辞するお許しを戴こうかと思うておったぐらいですから。我とて、王がお若い見た目になられて悩んだものでしたが、今は吹っ切れておりますわ。王は、特に我の待遇を悪くなさることもなく、これまで通りに扱ってくださるし、そもそもが、そこまで宮でも一緒に居る夫婦でもありませんでしたので。でも、椿様のお話しを聞いておりましたら、我までまた不安になって参る心地でしたの。居た堪れなくて。」
やっぱり、みんな困っていたのね。
維月は、頷いた。
「さあ、ではもうこれはこれまで。楽しいお話しを続けましょう。そうですわ、シュークリームを焼かせておったのを忘れておりました。持って来させましょうほどに。皆で味わいましょう。」
暗い顔をしていた、綾が顔を上げた。
「まあ。楽しみですこと。」
維月は微笑んで頷き、そうして椿の事を考えないようにして、茶会を再開させたのだった。




