使者
西の島中央の宮では、公青がやって来た慎也に顔をしかめていた。
龍王が、顔を見せよと言っているらしい。
…また面倒な。
公青は、思った。
父の公明が何度も公の場に連れて出ようとするのにも、ここまで断って来たのだ。
が、龍王から命じられては断るという選択肢はなかった。
「…しばし待て。こちらも準備がある。我がここを離れると、宮を守る者が居らぬからこそ残っておるのに、それを龍王殿はご存知なのだろう。」
慎也は、答えた。
「我は我が王の命じられるままに参りましたので、詳しいことは。」
だろうな。
公青は、息をついた。
「…分かった。」と、立ち上がった。「ならば参る。が、長居はできぬ。主、先に帰ってそのように申せ。後から参るわ。」
慎也は、首を振った。
「お連れせよとの命でございます。我はこちらでお待ち致します。」
公青は、心の中で舌打ちした。
…どこまでも役目に忠実だの。
公青は、その場から音を立てて足を踏み鳴らし、出て行ったのだった。
公青は、父が残して行った筆頭軍神の太弦に言った。
「…父上は止められなんだと見える。仕方ない、我は行くが、すぐに戻るゆえ。主はその間、臣下を見ておれよ。粛清も終わったばかりであるし、滅多なことにはならぬと思うが、我が居らぬとなると分からぬから。」
太弦は、頷いて頭を下げた。
「は!あの折全て罰して今は宮の中も落ち着いたものでございます。どうぞご安心を。」
公青は頷いたが、分かっていた。
祖父から父に代替わりしてしばらく、落ち着いていた宮も、父が狂っていた期間に乱れておかしな臣下が増えていた。
が、公明はそれに気付かず元通りに治めていた結果、案外にバレないとあちこちで臣下が助長し、真面目な者が馬鹿を見るような宮になってしまっていた。
それに気づいた公青が、軍神達と共に密かに宮をコツコツ正していたが、公明はすぐに切り捨ててしまう公青を咎めた。
公青からしたら見せしめのつもりでやっていた事だったが、王が甘いならと更に助長して面倒な輩も増えた。
そのうちに、さすがの公明もそれに気付いて、やっと本腰を入れ始めたのが去年始め。
全部任せると公青に丸投げされて、公青はこれ幸いと知っている者達全てを粛清し、今に至る。
が、やはり公青が居ないとなると、まだ気が緩む輩も居るのだ。
だからこそ宮を離れたくなかったが、龍王はそんな事情も知らずにこうして呼びつける。
腹が立ったが、他の皇子が時々に顔合わせなどしている中で、公青だけそれを免れるはずもなかった。
公青はため息をついて、さっさと豪華な公式の着物に着替えて、じっと待っていた慎吾に伴われて、月の宮へと向かったのだった。
王達は、そんな公青の思惑も知らず、公青が到着するのを待ちながら、会話を続けていた。
「…そういえば、どうよ、駿、高彰。」炎嘉が言う。「妃を迎えて、少しは落ち着いたか。」
駿が、頷く。
「思ってもいなかったほど、穏やかな毎日ぞ。紅蘭は大変に落ち着いて、物を知った女でな。あれこれうるそう言うこともないし、こちらが呼べば嫌な顔もせずに来るし、呼ばねば部屋で侍女たちを相手に茶など飲んだり、こちらに押しかけて来ることもないし、逆にそれがさみしいと感じるほど、放っておいてくれる。聞けば答えるが、聞かねば口出しして来ることもないし、妃とはこれほどおとなしいものなのかと驚いておるところ。まあ、宇州の娘の瑤子もそんな感じではあったが、あやつの場合はおとなしすぎて、居るのか居ないのか分からぬ様であったしなあ。」
箔炎が言った。
「本来、妃とはそんなものよ。主のは極端過ぎたのだ。ならば紅蘭は、上手くやっておるようだの。」と、翠明を見た。「緑楠は上手いこと育てておるようよ。」
翠明は、頷いた。
「まあ、持って生まれた性質もある。志穂は落ち着いておるが、美穂はあんなふうだったろう。紅蘭は生まれついて落ち着いた性質であったし、躾やすかったようだ。うちの皇女があちこちで迷惑を掛けるのは、もう懲り懲りよ。ここのところ、面倒が起こるというたらうちの皇女絡みであったし、紅蘭のことは案じておったが良かったことよ。」
焔が、高彰を見た。
「して?主はどうか。」
高彰は、答えた。
「恵鈴はまだ若いゆえ。学びが間に合っておらぬ所もあって、筆頭の七瀬の息子の七槻をつけてあれこれ教えさせておるところ。とはいえ、素直であるし問題ない。我からしたら子供か孫かという心地であるから、今少し育ってからとまだ閨を共にはしておらぬしな。今は子育てしておるような感じか。」
炎嘉が、眉を寄せた。
「…塔矢が居らぬゆえ申すが、まだその程度と?我が孫のことであるし、我は可愛がるばかりで躾には関わっておらなんだが気になっておったのだ。まだ百を超えたばかりであったしな。さては、あやつら焦るあまりに、勢い恵鈴を嫁がせたか。」
高彰は、苦笑した。
「良い、別におかしな性質でもなし。基本的なことは知っておるし、何でも素直に学んで、コツコツ励んでおる。表向き、まずい所などないのだ。ただ、妃として我が宮で立ち回るには今少し。ゆえに、これからだと思うておるよ。」
炎嘉は、頷いた。
「ならば良い。主がそのように申すのならの。面倒なら、一度婚約状態に戻り、こちらで学ばせてから改めて嫁がせようかと思うただけ。」
高彰は、答えた。
「それでも良いが、それではあれが足りぬと言うておるようなものであろう?恵鈴が哀れよ。ゆえに別に良い。」
やはり、せめて成神している神でなければいろいろあるのかも知れない。
皆は、そう思って聞いていた。
維心が、言った。
「…ところで志心よ。」皆が、維心を見る。維心は続けた。「多香子はもう良いようよ。手術の日取りなど決めねばならぬだろう。話し合ったのか?」
志心は、頷いた。
「その通りよ。婚儀のこともあるし、多香子には早う回復してもらわねばならぬ。ゆえ、今朝体調を見てこちらの治癒の者と話して、今月末にでもと思うておるのだが、明花を借りても良いだろうか。」
今月末か。
維心は、頷いた。
「良い。始めから明花にさせるつもりであったし、それで毎月あれをここへやっておるのだ。細かい日程の調整は、直接明花とやり取りすれば良い。命じておこう。」
志心は、頷いた。
「感謝する、維心。礼はまた宮へ送ろう。」
維心は、手を振った。
「要らぬ。これまで毎月毎月送って来てくれておるが、そんなために手を貸しておるのではないからの。主はとにかく、多香子を助けることだけ考えれば良いわ。維月も案じておるし、早う気を楽にしてやりたいだけよ。」
志心は、また頷いた。
「では何かの折には必ず我が龍の補佐をしようぞ。」
焔が言った。
「その術だが、確か成功率が低いとうちの治癒の者が申しておったが。やれと言われたら、白虎の王妃であるし躊躇うと。」
維心は、頷いた。
「我もそう聞いておる。うちの明花でも成功率は六割。普通なら五割を切るらしいの。」
翠明が、割り込んだ。
「こら、志心殿の前で。少しは遠慮せぬと。」
志心は、首を振った。
「良いのだ、翠明。その通りであるしな。」と、焔を見た。「ゆえに明花に頼もうと言うのだ。白虎の治癒の神でも、龍ほどにはできぬと多香子の施術に尻込みしおった。維心にばかり手間を掛けてはと思うておったが、やはり龍に頼むよりないのだと判断したのよ。少しでも、成功率の高い方向から施術してやりたいゆえな。」
本来、王は己の宮の中で全てを収めてしまいたいもの。
何しろ、他の宮の厄介になると、頭を下げねばならないし、そんなことも己で出来ぬのかと言われるので、嫌がるのだ。
志心は、それを多香子が倒れた始めからやっている。
月の宮に預け、龍の宮の治癒の神に診せて、あちこち頭を下げっ放しだ。
それだけ、多香子を助けたいと思っているのが分かって、維心も何としても助けてやりたいと思い始めていた。
そこへ、慎吾の声がした。
「王。公青様、お連れ致しました。」
維心は、ハッと振り返った。
「…これへ。」
慎吾は頭を下げて、そうして扉を開くと、そこからは皆の知る、公明の父親の公青そっくりの、今は息子の公青が、不機嫌そうな顔で立っていたのだった。




