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妃達の元日

その頃、維月は紅蘭、恵鈴、楓、綾、明日香、桜、楢と挨拶を済ませて、寝台に座る多香子を取り巻いて椅子に座っていた。

それぞれの前には、小さな一人用のテーブルがあり、そこに茶と菓子を載せてある。

多香子の顔色はとても良く、寝台に座ってはいるが、きちんと着替えて化粧もしてあり、いつもと変わらない。

麻耶の薬が、きちんと効いている証拠だった。

綾が、涙ぐんで言った。

「誠に…ここまでにおなりとは。安堵致しました。これできっと完治されますわ。」

多香子は、微笑んだ。

「ご心配をおかけしてしもうて。我はもう、いつもならあちこちしておるのですが、疲れてはならぬと今朝お越しになられた王が申されて。寝台から降ろしてくださいませぬの。」

維月は、フフと笑った。

「志心様には正妃にと望まれておるのですから。万が一と思われるのでしょう。案じてならないのですわ。」

多香子は、困ったように微笑んだ。

「王にまでご心労をおかけしてしもうて。とはいえ…手術は今朝、今月末と決まりましたの。」

…決断したんだ。

維月は、息を飲んだ。

志心と今朝、そう決めたのだ。

なのでそれまでに少しでも良いようにと、志心は安静にしておくように言ったのだろう。

「…ならばその折、我も里帰りを。」多香子が、維月を見る。維月は、続けた。「お側に控えますわ。」

多香子は、驚いた顔をしたが、頷いた。

「…心強いですわ。お心遣い、ありがとうございます。」

綾が、そっと涙を拭って微笑んだ。

「まあ。月の陰陽が見守ってくださるのなら、きっと上手く行きますわ。我も心安く宮から祈っておりまする。」

明日香が、言った。

「その、手術ですが、それは龍の宮の治癒の神が?」

維月は、頷く。

「はい。我が宮の立花の跡を継いだ、大変優秀な明花という女神が、ずっと多香子様の治癒を担当しておりますゆえ。長となるまで長い時を治癒術の鍛錬に使って参った者で、我らはあれを一番に信頼しております。神世広しと言えども、明花以上の治癒の神は居らぬと思うておりまする。なので、志心様がお許しになるのなら、明花にさせたいと我は思うておりますが…。」

多香子は、頭を下げた。

「誠に有り難い仰せ。我が王も、龍王様にお願いしようと仰っておりました。我もそのように。維月様がそう仰ってくださるのなら、明花が担当してくれましょうし、安堵致しました。」

…良かった、白虎の治癒の者にと言い出したら、明花は手出しができないから。

維月は、ホッと息をついた。

無理やりに、押し付けることはできないので、案じていたのだ。

維月としては、何より成功率の高い明花を使って欲しかったが、その種族の誇りもあるし、どう言い出すかわからなかったのだ。

明日香は、頷いた。

「龍の治癒の神は当代一なのだとか。それならば我も安堵致しましたわ。」

維月は、微笑んで頷いた。

「はい。」と、それを黙って聞いている紅蘭を見た。「時に紅蘭様、もう宮には慣れましたか。駿様は?」

紅蘭は、頭を下げた。

「お気遣いありがとうございます。もう、すっかり慣れて。皆様よくしてくださるので、もうまるで己の里に居るような様で。駿様も、思ってもいなかったほどに穏やかでお優しい方で。嫁ぐまでは義務と思うておりましたが、今ではあちらより他に嫁ぐことなど考えられぬと思うほどでございます。」

綾が、微笑んだ。

「良かったこと。案じておりましたが、あなたがあちらで幸せにやっておると噂を聞く度に、良かったと思うておりましたの。長らく良い縁を待っていて、良かったのですね。」

紅蘭は、頷いた。

「はい、綾様。いつなり御文をありがとうございます。心強く感じて励んでおりますわ。」

やっぱり、紅蘭はどこに嫁いでも上手くやれそうとは思っていたが、駿も気に入って大切にしてくれているらしい。

維月は安堵して、次に恵鈴を見た。

「恵鈴様は。高彰様とは穏やかにお過ごしですか。」

恵鈴は、頷いた。

「はい。到らぬ所もさりげなくお教えくださり、お優しい方です。時に宮で違う対応などもあり、戸惑うことはありますが、高彰様はお忙しいので教育の者をつけてくださって。それに教わりながら、何とかやっております。」

恵鈴の表情は、穏やかだ。

ということは、高彰もまだ若い恵鈴のことを慮って、上手くやってくれているらしい。

とはいえ教育の者をつけているとは、恵麻が居たらハラハラしていただろう。

維月は、言った。

「聡子様のご不幸もあり、お里の方では大変でありましたね。宮のこともあって、恵鈴様にはいろいろ気の張る一年でありましたでしょう。」

恵鈴は、頷いた。

「はい…。父が嘆いていて、母もそちらに大変で、我のことなど構っておられぬご様子で。ですが七槻なつきが補佐してくれるので。問題ありませぬ。」

七槻?

維月が首を傾げると、綾が言った。

「まあ、七槻とは?」

恵鈴は、ハッとして扇を上げた。

「あ…あの、我の教育の者で。七瀬の息子でございます。」

七瀬とは、高彰の筆頭重臣だ。

入れ替わりが激しい臣下達の中で、重臣としては若くで最近に筆頭に座った男だった。

その息子ということは、恐らく恵鈴とも歳が近いだろうし、優秀だろうと思われた。

多香子が言った。

「まあ。ならば優秀な臣下をつけてくださっておるのですね。それならば恵麻様も、ご案じでしょう。」

恵鈴は、扇の向こうに赤い顔を隠して、頷いた。

「はい…。とても優秀でいつなり側で、我が粗相をせぬように見ておってくれます。」

維月は、ハッとした。

…恵鈴から、懸想している気配を感じる。

まだ本神も気付いていないような微かなものだが、維月はそんなことに敏感だった。

維月は、なんでもないように言った。

「それをお役目と高彰様に命じられておるのですから。王の御為にと、一生懸命なのでしょう。高彰様は良い臣下をお持ちのようですこと。」

何も知らない他の妃達には、なんでもない返しのように聴こえただろうが、恵鈴にはその言葉の中に、あくまでも七槻はお役目として、王命だから励んでいるのだ、と、気付いて欲しいと願いを込めて、維月はそう言った。

恵鈴は、少しハッとしたように目を開いたので、維月は上手く伝わったかな、と期待する。

とはいえ維月にも、七槻の意図など分からない。

美しい恵鈴に懸想していないとも限らないのだ。

しかし、王の妃と臣下など、どう考えても面倒の種でしかない。

どちらにしろ、七槻の想いがどこにあろうと、恵鈴が淡い恋心を七槻に持っているのは問題だった。

それを、本神すら気取っていない今、摘んでおくのは気取った維月の役目だと思っていた。

明日香が、言った。

「時に楓様、誠にいつなり我が王がお邪魔して申し訳ありませぬわ。お若くなってから、やれ立ち合いだと昔の様にお戻りで。あちこちお出掛けで、宮でも困っておりますの。」

楓は、茶碗を置いて微笑んだ。

「まあ、我こそですわ、明日香様。我が王とて、そちらへよくお出掛けになって。前世も仲の良い友であったのだと大層お喜びで。」

確か、明日香の夫の仁弥は、楓の夫の渡の前世の臣下の颯だったと維心が言っていた。

渡は那佐という神で、今も王達の間では那佐と呼ばれている。

二人は何も覚えていない頃から、仲の良い友だったが、両方が若返った今、また交流が盛んなようだった。

行き来が盛んなので、楓と明日香はお互いにその世話を命じねばならず、会えばこうしてお互いにそれを労うわけだ。

妃達はそうやってとりとめもない話に花を咲かせ始めたが、維月は恵鈴の浮かない表情は、チラチラと気にして見ていたのだった。

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