元日
維月と維心は、夜明け前に起き出して、侍女達に準備を手伝われて着替えた。
夜が明けると、臣下達がやって来るからだ。
東の空が白々として来た頃に、準備を終えた維心と維月が並んで居間の椅子に腰掛けると、侍従の声が告げた。
「…臣下一同、王にお目通りを願って参っております。」
やっと目が覚めて来た、維月は思った。
…知ってる。
何しろ、おびただしい臣下の気配が、奥宮前の回廊からするのだ。
文官達が打ち揃って来ているのは、間違いない。
維心は、言った。
「入れ。」
扉が開かれ、鵬、祥加、公沙を先頭に、誠、公林、栄加、そしてその後ろに父親の公史、明加が居る。
記憶を戻した三人には、敵わないので序列が後ろになって、こうなっているのだが、特に公史と明加から、それに対する反感のようなものは、全く感じなかった。
鵬が、言った。
「王に於かれましては、昨年は我らをお守りくださり、平穏な世を与えてくださいましたこと、感謝致しますと共に、新しい年に際しまして尚一層のご発展を、臣下一同お祈り致します。」
維心は、頷いた。
「今年も、面倒のない平穏な世が続くことを祈る。」と、誠達へ視線をやりながら続けた。「月の宮へついて参る者は共に参れ。出発口へ向かう。」
鵬は、頭を下げた。
「は!」
臣下の列が、一斉に二つに割れて、侍従達が維月用の輿を持ってその間に急いで出て来る。
維月は、維心に手伝われて輿に乗り込み、そうして臣下達の頭を下げる前を、維心と共に出発口へと進み始めた。
歩くにつれて、維心と維月の同行する侍女がその後に続き、そしてその後ろから、誠、公林、栄加が続いて、そしてその後ろから、鵬達が立ち上がって、後ろへ続く。
次々に維心と行列が通り過ぎた後から、その後ろへと立ち上がってついて来て、大行列は出発口まで続いて行ったのだった。
出発口では、ついて行く任務につく、慎也と新月が軍神達と輿の最終チェックをしていた。
義心と義将、そして帝羽は荷物を自分で荷物の輿へと括り付けて、膝をついて王の到着を待った。
すると、向こうから大勢の気配がして、維心と維月を先頭に、臣下達がぞろぞろとやって来るのが見えた。
維心が到着して、維月を輿へと移している間に、誠、公林、栄加がさっと臣下の輿へと乗り込んで行く。
他、侍女達も普段のおっとりとした様子が嘘のような素早さで、臣下の輿へとサーッと乗り込んで行った。
「ご出発!」
新月が叫ぶ。
居並ぶ臣下が深々と頭を下げる中、輿はゆっくりと持ち上がり、そうして先頭を行く新月と軍神達の後ろを、維心達が乗り込んだ輿がついて浮き上がって行き、その後ろの王の荷物の輿とそれを守る軍神達が浮き上がり、侍女達の輿、誠達の輿、そして臣下の荷物の輿が浮き上がり、月の宮へ贈る品の輿が浮き上がった後、ようやく最後尾の軍神達と共に、義心と義将、帝羽は飛び上がった。
龍の行列は、空高く舞い上がり、そうして月の宮へ向けて飛び立って行ったのだった。
義心達は、最後尾の軍神達に紛れて甲冑姿で飛んでいた。
いつも先頭で皆を率いている義心からすると、最後尾からの眺めは珍しかった。
いつもはそんな所まで見ていないが、時々輿と輿の間が離れようとするのを列の上から監視している軍神に急げと急かされて、運んでいる軍神が皆の速度に合わせたりなど、微調整が成されているのが分かる。
背後は背後で、あれこれ大変なのだと義心は思い出していた。
今回は先頭は新月、最後尾は慎也が守っていた。
慎也が、義心に言った。
「義心は月の宮で立ち合い三昧か?」
義心は、飛びながら振り返った。
「そのつもりぞ。義将が最近、腕を上げておるので見てやろうと思うてな。」
慎也は、頷いた。
「こやつはやりおる。その昔の主を見るようで、負けると焦る時がある。己であれこれ考えて動きを変えて来るゆえ、油断がならぬのよ。我も、手空きの時に訓練場へ参ろうかの。」
義心は、苦笑した。
「来たければ来るが良い。が、今回は義将を見てやるつもりであるから、主ばかりには掛かれぬぞ?嘉韻に相手をしてもらえばどうか。あやつは良い相手になろうが。」
慎也は、顔をしかめた。
「あやつこそ面倒ぞ。負ける未来しか見えぬ。」
帝羽が、割り込んだ。
「こら。勝とうとせぬと勝てぬぞ?まあ、義心でも手こずる相手であるしなあ。」
義心は、笑った。
「我も嘉韻との立ち合いは楽しみよ。あやつの技を幾らか盗んで帰りたいもの。」
帝羽が、顔をしかめた。
「主はそれ以上やらんで良いわ。」
慎也が、笑った。
「筆頭の地位は遠いのう、帝羽よ。」
帝羽は、慎也を睨む。
「うるさいぞ、慎也。我に勝てぬくせに。」
慎也は、お、と目を輝かせた。
「やるか?我とて、腕を上げておるぞ。」
「望むところよ。」
義心は、そんな二人を横に遠慮気味に飛ぶ義将を見て、言った。
「義将、遠慮は要らぬぞ。こやつらを負かせるのなら、やるが良い。手を貸そうぞ。」
義将が驚いた顔をすると、慎也と帝羽がこちらを向いた。
「何を?負けはせぬわ。」
そうして、月の宮上空へと到着した。
話していた慎也は黙り、持ち場に戻って前を見る。
結界はすぐに先頭の新月を通し、そうして行列は、月の宮の到着口へと降りて行ったのだった。
やっと最後尾が降りきった時には、維心はもう、蒼と挨拶を終えて、維月の手を取って案内されて行くのが見えた。
いつものことだが、最後尾の慎也は蒼に渡す品を、嘉韻に説明して引き渡している。
先頭の新月は、軍神達に指示して荷物の移動やら、輿の移動を命じていた。
月の宮には何度も来ているので、皆どこに宿舎があって、どこへ部屋が割り当てられるのかを知っているので、案内を頼まなくても良いので便利だ。
今回は私的な訪問になっている義心と義将、帝羽は自分の荷物は自分で持ち、慣れた月の宮の中を、いつもの宿舎に向けて移動することにした。
荷物を持ち上げていると、誠が言った。
「義心。」
義心は、振り返った。
「なんぞ、洪。主とて月の宮のことは熟知しておろうが。」
誠は、頷く。
「分かっておる。が、我は前は筆頭でな。ゆえに良い部屋を割り当てて戴いておったが、今は四位であろう。どうしたものかの、あの頃と侍女も侍従も変わっておるし、知った顔が嘉韻ぐらいしか居らぬ。嘉韻はあの通り大忙しであるしな。」
そういえばそうか。
義心は、言った。
「しばし待て。」と、荷物を置いて、嘉韻の方へと飛んだ。「嘉韻、忙しいところすまぬな。」
嘉韻は、義心を振り返る。
「義心か。主は休みなのだろう?ゆえに王が遊んで来いと、明日から我にも休みをくださったわ。」
嘉韻も休みか。
義心は、頷いた。
「そうか、主との手合わせは楽しみであるが、とりあえず部屋のことぞ。我はいつもの所へ入るとして、洪…誠達はどこに?」
嘉韻は、笑った。
「王よりお聞きしておる。洪なのだろう?あの若い神は。ゆえ、元あやつに使わせておった部屋をと仰っておるわ。公李と兆加もぞ。そのように伝えてくれ。」
義心は、頷いた。
「ならばそのように。邪魔をしたの。」
嘉韻は、頷いた。
「明日、訓練場での。」
そうして、嘉韻は仕事に戻る。
義心は、誠達が待つ場所へと取って返して、元の部屋へ行けと知らせてから、それらの荷物も義将と分けて持ってやり、共に到着口より、移動して行ったのだった。




