大晦日
そんなこんなで、大晦日が来た。
正月の月の宮へ同行するのは、慎也と新月に決まった。
新月は蒼の息子であるし、慎也は父の慎吾がまだ月の宮で壮健にしている。
なので、ちょうど良いので行けと命じたのだ。
義心と帝羽には休みが決まっているので、宮を守るのは明輪と明蓮親子だ。
二人共に優秀なので、おっとりとした正月の宮ぐらいは、回すことはできる。
それに、義心も帝羽も屋敷に戻らず、宿舎に残るので何かあってもすぐに対応できた。
なので、あまり心配していなかった。
義心が、明日までにやっておかねばと訓練場に併設されている軍神執務室へと籠もっていると、扉の外から声がした。
「義心?居る?」
義心は、仰天した。
…この声。
急いで扉へ飛んで行って開くと、そこには維月が立っていた。
「維月様!外宮のこんな所にまで、お一人ですか?」
回りには、侍女すら居ない。
昔から、どこへ行くのも勝手に一人で行ってしまう維月なので、義心はハラハラし通しだった。
「一人よ。宮の中なのに何かあることなどないわ。それより、あなたお正月は休むのよね?宮は明輪と明蓮が担当すると聞いておるわ。」
そのことか、と、義心は頷いた。
「はい、明日からお休みを戴くために、只今書類の処理を。維月様こそ、明日からお出ましになるのにご準備はよろしいのですか。王は居間に居られるのでしょう。」
維月は、頷いた。
「維心様には申し上げて参ったわ。それより」と、義心にずいと近づいた。義心は思わず後ろへ下がる。維月は続けた。「心身を休めるのが目的なのよ。お正月は屋敷に戻らず宿舎で休むと聞きました。それでは、あなたが居ると皆があなたに頼るのをやめられませぬ。少し、旅行にでも出たらどうかしら?一度責務から離れてみないと、心から休むことなどできませぬ。維心様とて、時々にお出ましになってお休みになるのに。その側近が、疲れ切っておるなどあってはなりませぬ。」
義心は驚いた。
旅行?
「…旅行とて…行くあてなど。」
維月は、首を振った。
「どの宮でも歓迎されまする。他の宮の軍神達と、遊んで来ても良いかと思うの。ここに居たら、結局あなたは仕事をするでしょう?私達が居ないと尚更に。」
バレている。
義心は、下を向いた。
「は…ですが、ならば屋敷へ帰りますので。それでいかがでしょう。」
維月は、首を振った。
「同じことよ。屋敷まで聞きに来る者もおるでしょうし。ならば義心、あなた、今回私達と共に月の宮へ参りなさい。月の宮で休むのよ。」
義心は、仰天した。
月の宮で遊べというのか。
つまりは、維月と維心が見張っている中で、絶対に休ませようと言うのだろう。
「そのような!月の宮にお邪魔して蒼様にご面倒をお掛けするのは…。」
維月は、断固として言った。
「良いから!今更一人二人増えても蒼は構わないわ!月の宮へ参りなさい。そこで休みを取って、濁っている気を浄化して戻るのです!あなた、気付いてないけどとても疲れているのよ?帝羽には、もう申して来ました。」
帝羽も連れて行くつもりか。
義心は、息をついた。
疲れを可視化できる月相手に、大丈夫だという言い訳は通用しないのだ。
「…は…仰せの通りに。」
維月は、満足げに頷いた。
「ならばそのように。」と、微笑んだ。「大丈夫よ、維明にも頼んであります。あの子が居るのにおかしなことにはなりませぬ。分かりましたね?休むのです。」
そうして、一方的に宣言した維月は、そこを出て行った。
義心は、明日からもとりあえずここに居ると思って、終わらなくても明日に少しやればと思っていた書類仕事を、とにかく終わらせなければとそれから必死にこなすことになってしまったのだった。
義心は、必死にこなして書類仕事を終わらせると、屋敷に事の次第を知らせるために、久しぶりに戻った。
兄の義蓮が明日から三日ほど休みなので、屋敷に戻っているのだ。
義心が屋敷へ入ると、召使いの長が出迎えた。
「これは義心様!お珍しい、ようお戻りに。ささ、王より賜った酒などがご準備されております。義蓮様も義将様もお戻りに。どうぞ、広間へ。」
義将とは、兄の義蓮の息子で義心の甥だ。
義心は、頷いた。
「兄上にお話せねばならぬことが。参る。」
長は上機嫌で頷いて、義心を先導して広間へと向かった。
広間へ入ると、義蓮が驚いた顔をした。
「義心!主、よう戻ったの。朝会うた時には、戻らぬと申しておったのではなかったか。」
義蓮は義将と並んで座って、盃を手にしている。
義将が、立ち上がって頭を下げた。
「叔父上。」
義心は、返礼した。
「堅苦しくする必要はない。」と、義蓮を見た。「兄上、取り急ぎお話しておかねばと。明日から、我は月の宮へ参ることになりました。」
義蓮は、眉を上げた。
「…王は、やはり主を連れて参ると?」
義心は、首を振った。
「お役目ではなく、休めと仰せで。こちらで休むと申し上げたのですが、月の宮で休めと命じられました。帝羽も、なので共に月の宮へ参ることに。」
義蓮は、息をついた。
「…王は、ご存知なのだ。どうせ主が休むつもりもないことをの。何しろ主、屋敷にも戻るつもりもなかったではないか。忙しいのは分かるが、ゆえに王はそのように申されたのだろう。」
義心は、頷く。
「は。ですが、もし何かありましたらと。申し訳ございませぬが、明輪が難儀しておったら手助けをお願いしたいのです。」
義蓮は、頷いた。
「案じるでない。何とかなろう。我らが手助けするゆえ。」と、義将を見た。「これも役に立つようになって参ったし、最近では立ち合いも我から一本取るほどぞ。試験の成績も明蓮の次に良かったしな。そろそろ力を入れて、これを育ててくれぬか、義心。主には子が居らぬし、これを跡目に出来たら心強いのではないか?」
義将は、慌てて言った。
「父上、そのようなことを。叔父上はそれでなくともお忙しいのに、我のためにお時間を割いてもらうことなどできませぬ。」
義心は、義将を見た。
兄の子達の中でも、義将は一番筋が良い軍神だ。
頭も良く、学ぶ意欲が高いので、他の軍神達が試験より立ち合いだと訓練場で居る時も、折を見ては書庫に行って、必死に学んでいたのを義心は知っている。
他の甥達は任務で今、ここには居ないが、それは夜番を担当する下位の軍神だからだ。
義将だけが、かなり上位に食い込んで来ているので、もう夜番など滅多になくこうして屋敷に戻っていられるのだ。
義将は、何に対しても前向きで、学ぶ意欲に満ちていた。
なので、頷いた。
「…は。義将が我の後を継いでくれたら、我とて安心するもの。」と、ふと思った。「…ならば義将、主、共に参るか?月の宮で七日も過ごさねばならぬが、その間にできることは限られておる。あちらのコロシアムで、立ち合いでもやっておるつもりなのだ。正月休みの間、あちらで主を鍛えよう。これほどまるまる空いておる時はないゆえ、しっかり指南することができるぞ。」
義将は、え、と盃を下ろした。
「…誠に?よろしいのですか、叔父上。」
義蓮は、何度も頷いた。
「そうせよ、義将。義心に徹底的に仕込んでもらえる機など、これを置いてないぞ。常は我も我もと上位の奴らが義心に群がるゆえ、主は遠慮して近付けぬだろう。行って参れ、主は三日の休みだったが、我が残りの四日を肩代わりしてやるゆえ。」
義蓮も、義将が息子達の中で殊の外優秀なので、何としても伸ばしてやりたいらしい。
何しろ義心は婚姻しておらず子が一人も居ないので、家を継ぐのは義蓮の子のうちの誰かになる可能性が高いのだ。
義心は滅多に屋敷に帰らないが、筆頭になったその時から、父は義心を跡目に決めて、死んで行ったのでここの主は義心だ。
が、義心は家のことは義蓮に任せて、別に王から屋敷を賜ってさえいる。
そちらには召使いも置かず空のままだが、義心は兄の気持ちを考えて、あちらが自分の本宅なのでといつも言っていた。
義心の荷物も、なのでここには無かった。
微妙な兄の立場が分かるので、義心は兄の希望を汲んで、優秀な義将を育てようと思っていた。
義将は、顔を赤くして嬉しげに頷いた。
「はい、父上。しっかり学んで参ります。ありがとうございます。」
義蓮は、同じく嬉しげに頷いた。
「ならば荷の準備を。」と、側に控える召使いの長に頷き掛ける。長はその場を辞して行った。義蓮は続けた。「急がねば。明日の朝には出るのだろう。酒はそこそこにして、準備を進めるが良いぞ。」
義将は、頭を下げた。
「は!」と、義心を見た。「叔父上、ならば我はどうしたら良いでしょうか。」
義心は、答えた。
「明日の夜明け前に、出発口へ。荷を輿に積み込んで、王と共に月の宮へ発つ。」
義将は、頷いた。
「は!ではそのように。」
そうして、義将はその場を離れて行った。
義心は、これはこれで後進を育てることができるので、良かったのかもしれない、と思っていたのだった。




