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回廊にて

綾の輿が会合の宮へと続く、回廊の入り口に差し掛かっているのが前に見えた。

あちらはこちらに気付いて、そのままそこに留まって維月の輿が近付いて来るのを待っている。

運んでいるのは侍従なので、急げとも言えず、維月はそのままじっと綾の横に並ぶのを待った。

輿がそこへ到着すると、綾は維月に頭を下げた。

維月は、言った。

「綾様。お久しぶりでございます。」

綾は、顔を上げた。

「維月様。多香子様とこちらへ参った時以来でございますわ。」

維月は、頷いた。

「参りましょう。」

綾は頷いて、そうして輿は並んで進み出した。

「綾様には、お元気になられましたか?あの後、ショックで寝込まれているとお聞きして案じておりました。」

綾は、答えた。

「もう大丈夫です。椿のことがあったばかりで、多香子様までと耐えられなんだのですが、あれから多香子様は薬湯のお陰で回復して来ておられるとか。安堵致しております。」

維月は、頷いた。

「多香子様のことは、我とて案じてなりませんでした。王が正月にあちらで麻耶に会った事をお思い出しになり、問い合わせてみたのが良かったようです。麻耶は優秀な薬の女神でありますので。」

綾は、頷いた。

「最近では、恵麻様からも御文を戴きまして。どうやら聡子殿が、かなりお悪いご様子…。こちらへ上がる前も、多香子様が薬湯で持ち直した事をお知らせし、一度神威様にお願いしてみたらとお返事を書いて参ったところですの。」

維月は、聡子も悪いのを忘れていたと、頷いた。

「それは良いことですわ。何でも薬で治るとは思えませぬが、もしや効く物もあるやもしれませぬものね。」と、ふと脳裏に塔矢の輿が、龍の宮を飛び立って行くのが見えた。「…だからかしら、塔矢様は宴の席には出られなかったのですわね。今、こちらを飛び立って行かれるのが見えました。」

綾は、言った。

「ならば、聡子殿を案じておられるのでしょう。戻られて、もしかしたら神威様の宮へ問い合わせの使者を送られるやも知れませぬわ。」

維月が頷くと、輿は会合の宮へとはいった。

そして、大広間の前まで来ると、輿は降ろされた。

侍女達が、わらわらと寄って来て維月に手を貸し、輿から降りるのを手伝ってくれる。

綾も同じく侍女に手伝われて輿を降りると、大広間の前の侍従が維月に頭を下げた。

「王妃様。」

維月は、頷いた。

「扉を開きなさい。」

侍従は頷いて、声を上げた。

「王妃様、西の島南西の宮綾様、お着きでございます!」

そうして、扉は開かれた。

開いた扉の向こうから、一斉に二人に視線が刺さるのを感じた。


壇上では、維心やその他の王達が、こちらを見ているのが分かる。

維月は、ベールの中で扇を高く上げたまま、そちらへ向かって歩いた。

維心が、手を差し出した。

「これへ。」維月は、その手を取る。維心は、維月を斜め後ろへと座らせた。「常より顔色が良いようよ。輿は楽か。」

維月は、頷いた。

「はい。座っておれば良いので。」

侍女達が、さっさと維月の着物の裾を整えて、後ろへと下がる。

炎嘉が、言った。

「ほう、今夜もそれを着けてくれておるのだの、維月。余程気に入ったようぞ。」

炎嘉にもらった装飾品のことを言っているのだ。

なんの事はない、今回のテーマカラーを紅と決めたので、それに合わせてこれを出して来ただけなのだが、維月は微笑んで頷いた。

「はい、炎嘉様。やはり紅玉がついておる装飾品は、これが一番かと。」

炎嘉は、嬉しげに頷いた。

「主は紅がよう似合う。何ならまだ良い品があるゆえ、またこちらへ送らせようぞ。使ってやってくれたら、職人も喜ぶのだ。それを作った奴は、己の作った物を龍王妃が身につけたと神世での価値が爆上がりしてな。滅多な物は作れぬようになったと最近更に励んでおる。」

維月は、そんなことになるのね、と驚いたが、微笑んだ。

「それは楽しみですこと。」

維心が、言った。

「別に常身に着けておるわけでもあるまいに。大袈裟であるわ。」

炎嘉は、笑った。

「妬くでないわ、維心。維月好みの物を作らせたら良いのよ。どうせ己の好みばかりであるくせに。」

維心は、歯ぎしりした。

「うるさい!最近は維月の意見も聞いておるわ。」

維月は、慌てて言った。

「維心様、もちろん龍達が作った物も気に入っておりますから。今夜着けておらぬだけですわ。ほら、着物が紅なので。合わせましたの。」

維心は、むっつりと言った。

「…とはいえ主は、着物が赤いとすぐそれを着けるではないか。」

だって、出来がめっちゃ良いんだもの。

維月は思ったが、答えた。

「紅のものはあまり持っておらぬので。他は金剛石か龍王の石、青玉でありましょう。」

稀にトパーズとかもあるけど。

維月は、困ってしまった。

志心が、それを気取って割り込んだ。

「こら。良いではないか、誰が作った物でも維月が気に入って美しければ。それより維月、いろいろ気遣いすまぬな。多香子も感謝しておるぞ。かなり良うなって参っておるのだ。主も一度訪ねてやってくれたら良い。」

維月は、控えめに頷いた。

「はい。我もお会いしたいと思うております。」

焔が、言った。

「そうよ、それよ。」

炎嘉が、眉を寄せた。

「どれよ?」

「だから月の宮。正月はどうする。蒼が余程のことがなければ月の宮で良いと言うてくれておるから、来年は月の宮であろう?ならば多香子も少しは顔を見られるのではないか?」

言われてみたらそうだ。

座って和やかに茶を飲むぐらいなら、きっと負担にはならない。

維月が思っていると、志心は頷いた。

「そうだの、遠出させるわけには行かぬし、正月から多香子を放り出して遊んでおるのもと思うて、月の宮以外ならやめておこうと思うておった。月の宮に決めてもらえたら助かるが。」

恐らく、違う宮に決まったら、志心は単独で月の宮へ行くつもりだったのだろう。

炎嘉は、頷いた。

「ならば今回も蒼に頼むか。神威にも一応、声は掛けておこうぞ。あやつも楽しんでおったようだし、来るやも知れぬ。月の宮なら来慣れておるしな。」

すると、十六夜の声が割り込んだ。

《蒼はいいって言ってるぞ。じゃあ来年の正月はうちで決まりだな。》

炎嘉が、頷いた。

「頼んだと申しておいて欲しい。また何か持って行くゆえな。」

十六夜は、答えた。

《分かった。》と、声を真剣なものに変えた。《…ところで、どうせ分かることだから言っておく。塔矢は来ねぇぞ。喪中だからな。》

え、と皆が窓の外へと目を向ける。

まだ明るい空に月は出ていたが、十六夜の姿はない。

中に居るからだ。

「…それは、もしかして。」

維心が言うと、十六夜は答えた。

《聡子が逝った。》維月と綾が驚いた顔をするのに、十六夜は続けた。《塔矢が戻るのを待ってたようにな。元々、寿命はもうなかったんだ。二百年近く前に死んでたはずだった。逝ったばっかだから、まだ何も対応してない。恵麻と塔矢は嘆くばかりって感じだ。》

…流れのままにそうなったのね…。

維月は、思った。

月の宮はある意味歴史の流れから取り残されたような感じの場所だが、外は違う。

聡子の時間は里へ戻った事で動き始めて、そうしてこうなったのだろう。

炎嘉は、息をついて言った。

「…塔矢は気の毒であるが、こうなるのが分かっていたようだったしの。最期に立ち会えて良かったではないか。」

焔も、頷く。

「戻るように言うて良かったの。とはいえ、気の重い年末になってしもうたことよ。」

皆は、頷く。

維心は、言った。

「…告示されたら何か悔やみの品を送ろう。」

維月は、頭を下げた。

「はい。ではそのように。」

塔矢の亡くした妃との間の娘が逝った。

塔矢を恵麻が、慰められていたから良いなと維月は思っていた。

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