時の流れ
それから、瞬く間に時は過ぎて行った。
誠からの願い出で、治癒の若い女神が神威の宮へと預けられることになり、麻耶について薬草の知識を一から学んでいるらしい。
明花はその子が若いのを案じて、頻繁に文を送っているようだ。
その文遣いには、あちらの宮に慣れている、光葉が行っているらしかった。
維月も若い女神のことなので、困ったことはないかと気遣っていろいろ送ってやっていた。
しかし、その奈々花という女神は前向きで、案外に楽しんで毎日を過ごしているらしい。
己が学んだことを、明花にも文でせっせと送って来ているのだと、明花から聞いていた。
その明花は、月の宮へと月に一度出掛けて行っては、多香子の診察をしていた。
驚いたことにあれから5カ月、今は霜月だが、明花自身が告げたタイムリミットが近付く今、多香子の容態は安定していた。
息切れもなくなり、訪ねて来た志心と庭を散策したりも、できるようになっているらしい。
とはいえ、少し無理をするとまだ息切れを起こすので、それほど長い時間は歩けないようにしているようだったが、間違いなく改善しつつあった。
今日も、月の宮から戻った明花が、維心と維月に報告に来ていた。
「戻ったか。どうであった?」
維心が言うと、明花は答えた。
「はい、王よ。多香子様には先月より更に良い状態におなりで、月の浄化も手伝ってかなりの回復の兆しを見せておられます。このご様子ですと、年明けにはもしや、施術をできるのではないかと期待しておる次第。それは、此度月の宮でお会い致しました、志心様にもお伝え致しました。」
維心は、頷いた。
「そうか。やはり麻耶の知識は並大抵ではないの。あやつのお陰で希望がどんどんと膨らむようぞ。とはいえ、油断はできぬ。」
明花は、頷いた。
「はい。あの施術自体が、かなり難易度の高いものでございますので。もちろん、最善を尽くしますが、本来成功率は6割と言われておりまする。何しろ、心の臓を一度止めるので、それを再び動かせるかどうかに掛かっておりまして。」
維心は、頷いた。
「それは、志心には?」
明花は、答えた。
「はい。お伝え致しました。」
成功率が6割…。
維月は、まだ施術をしたわけでもないのに、ドキドキとした。
一度止めた心の臓が、また動き出すためにはなるべく多香子を良い状態に持って行かねばならない。
明花は、続けた。
「…奈々花が申すには、麻耶殿は先月から調合を少し変えて、更に心の臓の復活を促すように、キツめのものにしておるのだとか。もう、その薬にも耐えられる状態になっているとの判断であるそうで。今月にそれが功を奏しておるのを、確認できて良かったと思うております。また、あちらに報告をしておこうと思うております。」
麻耶は、考えて変えてくれているのだ。
維月は、心底麻耶に感謝して、言った。
「麻耶には感謝しかありませぬ。また何か贈ってやりましょう。」
維心は、頷いた。
「主がそうしたいなら贈ってやるが良い。」と、明花を見た。「ご苦労だった。下がって良い。」
明花は、頭を下げた。
「はい。御前失礼致します。」
そうして、明花は出て行った。
維月は、維心を見上げた。
「維心様、急いではならぬと思いますわ。慎重に多香子様のご様子を見極めてから、施術した方がよろしいかと。普通でも成功率が六割と聞きましたら、万全を期した方が良いと思います。」
維心は、息をついた。
「分かっておるが、志心と多香子が決めることぞ。維月、確かに多香子は主の友であるし、その命を留めたいという主の想いは理解しておる。志心は我の友でもあるし、手助けしてやろうとも思う。が、我からしたら、多香子の生死は本来あまり関係のないことなのだ。我が臣下を使うことは許しておるが、施術の時期などに口出ししようとは思わぬ。そんな筋ではないからぞ。我が麻耶に問い合わせたり、明花を月の宮へ派遣したりするたびに、志心はわざわざ我に礼を送って来ることから分かろうが。他の宮の妃のことに、そこまで手を貸すのは過ぎておるのよ。そもそも、この五カ月間、明花をあちらへ派遣してやっておる上に、施術をさせる前提になっておろう?本来なら、志心の臣下の白虎の治癒の神が見るべきことなのであるぞ。主ははき違えておる。」
維月は、反論しようとして、口を閉じた。
そうなのだ、いわば人世で言うところの、他人の家のことなのだ。
それを、友達夫婦のことだからと、いちいち一から十まで口出しをして、こちらの勧めた医師に見させ、手術の時期まで口を出すのは間違いだ。
それは、分かった。
「…分かっておりまする。ですが、多香子様のことであるから。仲の良い友なのです。維心様からしても、志心様は友であられましょう?」
維心は、頷いた。
「今も申したように、志心は我の友であるし、主の心地も分かるつもりよ。だが、あれらのことはあれらが決めることぞ。我らがいちいち全てを指示するのは間違っておる。我らは、考える材料を与えて静観するのが良い。いくら多香子が心配だからと、口出しするでない。あまりに干渉が過ぎるなら、明花をあちらへ行かせることを許さぬぞ。これが、主と我の間のことで、外からこうせよああせよと申して来たらどう思うのだ。もちろん、我は他の言うことなど聞かぬで決めるが、鬱陶しいことこの上ないわ。ゆえ、志心にそんな恥ずかしい真似はできぬ。」
維心が、釘を刺して来ている。
維月は、それを感じた。
この五カ月、維月は月の宮のことばかりを案じて、十六夜に多香子の様子を聞いたりと、務めもそこそこにそちらのことばかりだった。
薬の件にしても、本当に効いているのか、月の宮の治癒の者達に毎日聞いているぐらいだった。
明花からの、報告だけでは満足できていないのだ。
一度懸念材料ができると、頭の中がそればかりになるのは維月の悪い癖だった。
維心がじっと維月の目を見つめて、維月の答えを待っているので、維月は自分のこの数か月の様を振り返り、頭を下げた。
「…はい。申し訳ありませぬ。良かれと思うておりました。何かあったらすぐに手を差し伸べられるようにと、常に見ておるべきだと…。ですが、仰る通り、外から常に関わられておったら鬱陶しいとお考えになるやもしれぬとやっと思い当たりました。維心様に恥ずかしいとまで口に出させてしまい、申し訳ございませんでした。」
維心は、フッと息をついて、頷いた。
「分かったなら良い。これよりは、見守るだけにするのだ。こちらは、出来る事は皆やっておる。選択は、あれらに任せるが良いぞ。そも、月の眷属は肝心の所で手を差し伸べる事ができぬ決まりであろう。あまりにこのことばかりに必死になっておったら、いざその時になった時、何もできぬと心を病むことになるぞ。神のことは神が。月の宮で面倒を見てくれておるだけでも特別扱いなのだ。主は宮の仕事に注力するが良い。」
維心は、案じているのだ。
維月が、もしここまでして多香子を失った時の心持ちを。
維月自身、維心が言うように肝心の所で手を出せない自分に、歯ぎしりしたい心地ではあった。
なので、できることは何でもしてやろうと、あれこれ口出ししようとしてしまう。
だが、本来麻耶に礼をするのも志心の役目で、維月の役目ではない。
だからこそ、維心はそうしたいならすれば良いと言う言い方をしたのだろう。
洪が戻っているので宮は滞りないが、確かに最近の維月は宮の仕事を最低限しかこなしていなかった。
まずは自分の務めだと、維月は維心に頭を下げて、内宮へと宮の様子を確認するために向かったのだった。




