第4話(2)
N県警の地下一階。そこが俺の仕事場だった。すりガラスの両開きのドアの向こうにカウンターがあり、その後ろにはスティールの棚が所せましと立ち並ぶ。そこには段ボール箱がこれでもかと押し込まれていた。暖房は効いているが、師走に入ってから足元が冷えて仕方ない。
「風間、これ頼むわ」
「はい。一課高見班の担当ですね」
そこに俺と同い年くらいの刑事が新たな段ボール箱を持ってやってきた。事件に関係のある品々だ。大抵は調べた後、証拠にならない事件上ではガラクタを持ってくる。これが事件解決時には返却されるのだが、受け取る人がいない場合はここに居座ることになる。
「そう。今扱ってる殺人事件さ。なかなか魅力的だぞ」
「はあ……」
田舎町で起きた殺人事件。そんな凶悪事件が滅多に起こらない地方だから、殺人となると県警が扱うことになる。その県警だって、年に何度もない大きなヤマだ。若い刑事が鼻の穴大きくするのもわかるが、不謹慎な奴だな。ま、俺みたいな曰く付きの刑事にしか、本音が言えないのだろう。
「手柄上げたいですね」
「そうなんだよっ。頑張るぜ」
被害者がいるのだろうに、めちゃくちゃ目を輝かし嬉しそうだ。鼻歌交じりで書類にサインすると、さっさと帰ってしまった。
俺の仕事は、中身に入っているのが書類と合っているか確認し、PCに入力し、番号をつけ正しい棚に移すことだ。
物凄い単純作業だが、楽しいこともある。証拠にはならなかった被害者や事件に関係ある物品。そこにも何か物語るものはないのか想像するからだ。楽しいって、俺もちょっと不謹慎かな。
――――タロットカードだ。変色してるのは血か。現場にあったんだろうな。
段ボール箱には被害者のものと思われる洋服やアクセサリー。こまごまとしたものが入っていた。全てが一つずつ丁寧にビニール袋に入れられている。これは鑑識の仕事だ。その中に血染みのついたタロットカードがあった。アールデコ調の表柄にシックな絵柄が占いの道具と言うより調度品のようだ。
「おい、風間。そのタロットカードさ。おまえ詳しいか?」
突然の大きな声に、俺は思わずカードを落としそうになった。
「高見さん……」
県警捜査一課高見班長。ここの押しも押されぬエースだ。この事件を解決すれば昇格間違いなしと言われている。高見さんは事件で詰むと、どういうわけか俺のところへやってきてぼやくんだ。ここで話すことで、頭の中のぐちゃぐちゃを整理するんだろう。
正直、こんなふうにやってくる刑事はさっきの若いのもそうだけど少なくない。なんだろな。そのうち俺が県警内部の秘密を一手に握るフィクサーになったりして。小説の読み過ぎか。
「いえ、すみません。全くです。でも、綺麗ですね、このカード」
「なんだ……。そうだな。今回初めて調べたけど、この柄は人気はあるけどオーソドックスなものではないらしい。最近の絵柄だとさ」
「はあ、アールデコ調だから、その頃のかと思いましたが、違うんですね」
「ああ、違う」
「煮詰まってるみたいですね」
わかってて聞くのは意地悪だろうか。でも、それを吐き出しに来てるわけだからな。俺は段ボール箱の中に遺留品を戻しながら尋ねた。
「ダイイングメッセージとかいうさ、リアリティのないものに振り回されてるんだよ」
ダイイングメッセージ。これって機密事項だな。さっきの若いのも言ってなかった。もちろん、マスコミにも秘密にしてるやつだ。俺は部外者だから、ニュース以上に知ることはない。