第3話(2)
俺は三条の運転する覆面パトカーで管区のパトロールに出た。正確に言えば、空き巣のあった数か所を巡るドライブだが、三条は気を利かして、犯罪頻発箇所でもある駅前や繁華街も回ってくれた。
「御蔵駅前は最近でかいショッピングモールが出来て、要警戒地区になっています。少年犯罪もそうですが、暴力団まがいの連中がヤバい薬を扱ってるって噂もあって。うちは何でも課なんでそっちにも人員割かれてます」
ハンドルを握りながら三条が俺に色々説明をしてくれる。駅前は俺も引っ越してから何度か生活必需品の調達に訪れているので知らない場所でもないが、やはり新参者としては情報は多い方がいい。
因みに俺は御蔵駅より二つ向こうの普通しか停まらない駅近アパートに住んでいる。内示を受けてすぐ越したから、人事の推奨物件に乗っかるしかなく可もなく不可もない感じだ。
「空き巣もそうだが、薬物も大きな事件に繋がるよ。そこを潰せるなら、潰し切らないと」
「そうですね。さすがですっ」
いや、まったくさすがじゃないし。
賑やかなショッピングモールを抜け、次の駅に行くまでの間に繁華街がある。先ほどまでの明るい雰囲気から一変して、怪しげな店が軒を連ねていた。
「ショッピングモールの若い連中に渡る薬物は、ここら辺から出ているんです。外国人も多くて。うちの管内では最も危ない場所ですね。主に一課の豊島班が担当してます」
豊島班。そう言えば、同じフロアで何となく異質な雰囲気の刑事たちがいたな。普通は殺人課(所謂一課なんだけど)の刑事は目つきが悪く、人相も大概なんだけど、ここの署は殺人事件が少ないこともあってそんな印象がない。
それでも、暗い表情をしている一団がいたので、そこが豊島班かなと思い当たった。こういうあまり事件のない管区では、麻薬や暴力団を担当する班が、一番闇に近いんじゃないだろうか。
「この住宅地で3件のうち2件が起きてます。管区で最も大きい住宅地なんで当たり前と言えばそうなんですが」
目的の場所に着いたのはもう午後3時を回っていた。ただ、ここでの事件は、起きたのがこのくらいの時間だ。それを考えていたのであれば、三条は意外に優秀だな。
「昼間というのに人通りが少ないな」
「こういう住宅に住んでる人は、ほとんど共稼ぎなんですよ。今はそれが普通かな? あと少し経つと、今度は小学生や中学生の帰宅時間になるんで、エアポケット的な時間なんでしょう」
「家の感じから見ると、築10年くらいか……。新婚で入る人は少ないだろうから、三条の言うのは正しいな」
まだローンも残っているだろう。女性の社会進出を言うまでもなく、平日の昼間、人通りが少ないのは当然のことかもしれない。
「あの家ですよ。最初の空き巣があったのは」
住宅街の中ではひと際目立つ、立派な日本家屋だ。
「へえ……豪邸だな……生垣も立派だ」
「この地を宅地にする時に土地を売ったほうですよ。地主さんなんです。話聞いてみますか?」
そうかと思ったが、その通りだったらしい。ここで目立った家であることを自認してか、当初から玄関前には防犯カメラを設置していた。だが、三条が言ったように事件当日、このカメラは作動してなかった。
「いや、いいよ、調書以上の話はないだろう」
俺は玄関前に複数付けられた防犯カメラを見上げた。事件を受け、最新式のものに変えたようだ。陽の光に反射するそれは、人の動きによってレンズの位置を変えていた。
「内部を良く知る者の犯行だと睨んで、友人知人、親戚から出入りの営業まで調べたんですけどね。他の2件と照らし合わせても決定的なのはなくて」
「そうか……」
これといった容疑者も今のところ上がっていないという。お手上げ状態というのも謙遜じゃないらしい。
事件が起こった他の場所も回り終わり、俺たちは署にもどるべく車を走らせた。
「犯行に及んでる時間も長くないようだな」
「はい。大物はPCくらいで。後は現金やアクセサリーが主なので効率的ですね……」
「流行りの闇バイトではない証拠か。他になにかあるか?」
ハンドルを握る三条は少し首を傾げた。
「そう……ですね。数ヶ月前、別の管区で連続した空き巣と同一犯だろうと僕らは見ています。あちらもプロの手口らしくて」
「だろうな。恐らく下準備もきっちりしてるはずなんだ。防犯カメラの映像が残っていないもっと以前から」
「そこまで計算してるってわけですね」
「多分だけどな……何か、ないかなあ」
遺留品保管係にいた時、防犯カメラの映像も預かっていた。最初の頃は、暇に飽かしてそれを眺めていたものだ。もちろん、捜査の役に立つかもと下心満載だったんだけど。そう言えば、その時もなんの役にも立たなかったな。
防犯カメラは何も起こらなければ、短い周期で上書きされる。それを知っていれば、十分に下準備をすることも可能だ。意外に自宅に設置したものの方が長く残っている場合がある。だが、それもまた今回は一週間が最大だった。
結局、管区を回っただけの一日が終わった。報告書にも特筆すべきことは何もない。
「初日なんだから、こんなものだろう。まずは土地勘を養って欲しいから欲張らなくてもいいぞ」
帰り際、都並班長とのミーティングで言われた。確かに、来てすぐ金星とかあるわけない。捜査なんて全ては地道なものだ。都並班のみんなが毎日積み上げてきたのに、突然俺が解明するなんて誰も思っていないし、願ってることでもないだろう。
「土曜日、歓迎会するから空けておいてくれ」
「はい、ありがとうございます」
土曜日か。次の非番の日に、また美月に会いにいくつもりだった。確か日曜日が非番だった気がする。多分気を使ってくれたんだろうけど、逆に深酒するわけにいかなくなった。
――――それとも、その次の週にするかな。
刑事にだって人間関係が大事だ。いや、それこそが大事な気がする。同じ班の仲間も仲間でありライバル同士でもあるが、横の情報が取れてなくては事件を解決できない。それは班の中だけでなく、密接に関係している他の班や部署ともそうでなくてはならない。
これは、俺が遺留品保管係という隙間に追いやられてつくづく思ったことだ。もし、捜査課の連中に横の繋がりがあったなら、人間関係が良好なら、俺みたいな懲罰人事を食らった刑事に手柄を横取りされることはなかったはずだ。