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最終話(1)


 海沿いのハイウェイを嘗めるように走り抜ける。季節は秋に変わり、澄み切った青空が高い。朝日が前方から昇り車窓に飛び込んできていた。鼻歌が飛び出すほど気分が上がる。


「さあ、もう少しだ」


 休養期間が終わり、ようやく出勤できるようになった。実家から職場のあるS市まで行く道すがら、美月のいる『学園』へと向かう。ふた月ぶりの訪問だ。

 彼女には実家に帰ってから何度か手紙を出した。検閲されるので普通のことしか書けないが(検閲されなくても普通のことしか書けないが)、整った文字での返信も届いていた。


 いつものことだが、今日行くことは伝えていない。ドタキャンを恐れてのことだが、驚かせたい気持ちもあった。美月が俺の訪問に驚くなんて期待してはいなかったけれど。


 ――――彼女、先輩のことが好きなんですよ。


 三条の根拠のない予言を思い出す。あの時は何を馬鹿なと鼻で笑った。だけど美月の母親から聞いたことで、もしかしたらなんて淡い予感も胸の内に秘めている。



「あら、お久しぶりです。怪我されたって聞きましたがもう大丈夫なんですか?」


 施設の受付で、顔見知りの職員に言われた。


「はい。おかげ様で。今日もよろしくお願いします」

「いつものところで待っていてくださいね」


 2ヶ月ぶりに訪れたここは相変わらずだ。前庭の花壇が秋らしい小ぶりの花々に変わり、中央の桜の葉が色づき始めていたことくらいが季節の移り変わりを示していた。

 今の時間、入所者は授業中か作業中だ。美月は当然授業を受けるべき年齢だが、既に高卒の資格を持っているため必要ない。大学の講座も毎日はなく、今日は自習の予定と聞いている。

 椅子に座り待っていると、ほどなく面会室と施設を繋ぐ扉が開いた。髪がまた伸びたかな。肩にかかるくらいのストレートヘアに透けるような白い肌。くっきりした眉と切れ長で黒目勝ちな双眸が目に飛び込んでくる。


「や、やあ。美月、元気だったか?」


 教務官に付き添われていたが、身長も伸びたのか、いつの間にか大人の教務官よりも背が高くなっている。顔が小さくて手足が長いから、八頭身といったところだ。俺は立ち上がり、そのままぼんやりと眺めてしまった。


「風間さん……も、元気そうでよかった……」


 あれ、どうしたんだろう。いつものポーカーフェイスじゃないぞ。


「どうした? 美月……気分悪いのか?」


 慌てて彼女に駆け寄ろうとすると、教務官が身構えた。こういう突然の動きはここではご法度だ。それに気付き、立ち止まる。


「大丈夫、座ってください」


 美月も俺の行動に驚いたのか、いつもの調子に戻して椅子に座るよう俺に促す。二人、何か照れくさいような雰囲気を漂わせながら席に着いた。


「体はもう平気なの?」

「ああ、心配かけたかな? お母さんがいらして、驚いたよ」

「あの人、本当に行ったんだよね。私もびっくりした。頼んでおいてなんだけど」


 頼んでおいて……。彼女ははっきりそう言った。俺の動悸が速くなる。お母さんの言ってたのは嘘じゃなかった。美月が俺を気にしてくれたんだ。


 ――――しかし、考えてみれば普通のことかな。下手すれば死んでてもおかしくない場面だった。いくら彼女でも刺されたとあれば気になるだろう。


 刺された。彼女が犯した罪も刺殺だった。俺は事なきを得て、やった奴も殺人犯でなく殺人未遂か傷害罪だ。

 ――――森崎も生きていれば……なんで死んじまったんだ。チャンスはあったはずなのに。


 森崎の死因は失血死だ。刺されてから数分は生きていただろうというのが検視官の報告書にあった。助かったかどうかはわからないが、何故救急車を呼ばなかったんだ。スマホもすぐそばにあったはずなのに。もしあんたが助かっていれば、美月は……。



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