第10話(5)
「ご無沙汰しています。風間さん」
「あなたは……橘さん……」
入院から一週間が経ったころ、品のいいワンピースに身を包んだ美人が病院を訪ねてきた。美月の母親だ。
「突然、こんなところに押しかけてきてすみません」
「いえ、こちらこそ、とんだ姿をお見せして……」
美月の母親とは、逮捕後はもちろん、裁判中にも何度かお会いしたことがある。長く話したことはないが、俺が美月の逮捕に関わっていたことも、裁判所や今の施設に出向いていることも知っている。どう思われてるのかはわからないが。
「よくここがわかりましたね……」
俺は美月の『学園』に伝言を渡していた。都合でしばらく会いにいけないことを。彼女が俺の訪問を待っているか否かは別にしても、何も知らせずにおくのは良くないと考えたからだ。面倒な相手と思っていても、急に来なくなったら捨てられた気分になるんじゃないかと勝手に想像した。
「美月が気にしていたので……教務官の方が教えてくれないのは、もしかしてと」
「もしかして……?」
ああ、そうか。教務官がどう伝えたかは知らないが、勘のいい美月のことだ。俺が死んだとでも思ったかな? まさかな。
「事件のことはニュースで存じていました。でも、まさか怪我をされた刑事さんが風間さんだったとは」
「面目ないですね」
「いえ、とんでもないです。ご無事でよかった。それに思ったより元気そうです。美月も安心すると思います」
「あ……はい」
美月は俺を心配してたのかな。毎月訪れるのを、1回飛ばしただけで? 逆にわざわざ行けないことを教えたからか? 相当なことがない限り、俺は美月に会いに行くと思われてるってことか。実際そうだから、間違ってないけど。
「あんなに取り乱した美月を見たのは初めてでした」
「え……」
「だから私も、風間さんの状況を自分の目で確かめようとここまで足を運んだんです」
「そう……でしたか」
『風間さん、もしかして重症なのかもしれない。お願い、確かめて』
いつも俺が会ってるあの部屋で、美月はそう訴えたらしい。にわかには信じられないが、彼女にそんな態度を取らせたのは驚きだ。そして、やっぱり嬉しい。心配させたのは申し訳ないけれど、素直に嬉しかった。
「美月は風間さんを信頼しているようです。出頭を促された時も素直に応じたのは風間さんのお陰だと思っています」
それは違う……。俺は彼女を逃がそうとした。それこそ、不祥事刑事たる所以で。
「あの……こんな時になんですが……少しお伺いしたいことが……」
俺はずっと聞きたいと思っていたことを、病室のベッドにいながら尋ねた。
「美月さんは、森崎先生と、本当のところどういう関係だったのでしょう。あの事件から3年経った今でも、お……私にはどうしてもわからないんです」
「それは……」
美月の母親は、少し困ったような表情をした。俺は言ってしまったことを後悔したのだけれど。
「私たちにも、美月は何も言いませんでした。けど……」
「けど?」
「美月はずっと、孤独だったのだと思います。私たちが想像するよりも。いえ、美月すら気付いてなかった。先生は、その孤独から美月を救おうとしたのだと思います。それこそ、命がけで……」
『わかった気がする』
彼女があの時気付いたのは、自分が孤独であったことなのか。それとも、その闇から救おうと、あの教師がしていたことなのか。
――――どっちにしても、よくわからんな。命がけねえ……そんなの、かないっこない。
俺は彼女に気付かれないようにため息をついた。
「風間さん、今後のこと、私たちも不安で仕方ないのです。頼れるのは風間さんだけです。どうぞよろしくお願いします」
辞去するという母親は、改めて俺に頭を下げた。
「お……私で出来ることでしたらなんでもお手伝いします。本当に、何でもおっしゃってください」
俺はベッドの上で、深々と頭を下げた。
お母さんは、証拠写真と言って、俺の写真を撮っていった。俺は病院のパジャマのまま、アホみたいにピースサインをして見せた。
彼女の言動から、美月が愛されているのは十分に伝わって来た。それだけでも、俺は怪我したことが無駄ではなかったと思えた。




